127話.かみさまからのねがいごと。
部屋から出て、煙草に火をつける。
深く煙を吸い込みながら、伏見はここ数日のことを思い返していた。
ファウラ・ラドの神さまと遭遇し、両祭祀と面談し、殺されて――生き返って。
それからは、特筆すべきこともない。
お嬢と三ツ江に表を任せ、伏見はトルタス村に身を隠しながらティエロ襲撃の算段を立てていた。自身の遺体でダイナマイトの威力を測っていたのもこの時だ。
実行役の篠原すら伏見の死を知らぬまま作戦は進行し、結果、ティエロを奴隷にすることが出来た。
とはいえ、それは――それだけの話で。
伏見の死を知る者はラオを筆頭にまだ存在している。口止めをするなり、勘違いだったと誤認させるなり、なんらかの方法で対処しなければならないだろう。
そして何より、伏見が復活した理由が不明のままだった。
神学者――レイエは断言する。
『――神さまが人を生き返らせるのは、神話の中での話です。墓の中から起き上がる死体は、ただ埋葬が早すぎただけ。亡くなられた方は生き返りません』
ティエロの反応を見る限り、彼が伏見を殺害したのは間違いないのだろう。伏見が悪い夢を見たわけでもない。
ならば、この状況はどういうことだ。
死んだはずの伏見は、今、生きてここに居る。
これまでも異世界の不可思議な法則には触れてきたけれど、そのたびに伏見らは裏で実験と検証を繰り返して理解してきた。けれど今回ばかりはそうもいかない。 死だ。
試しに死んでみました、なんてわけにもいかない。
生き返らなければそれで終わり。
――切り裂かれたはずの首筋に、伏見は手を伸ばす。
鋭い刃物による切り傷だ。痛みはそれほどでもなかった。ただ、鼓動と共にあふれ出る血の生暖かさ、失血により遠のく意識と死の手触りが伏見の脳裏にこびりついて離れない。
あんな感触は、もう二度とごめんだ。
「あっれ、まだこんなところいたんスか?」
背後のドアが開いて、三ツ江がひょっこり顔を出す。
「兄貴、灰が手に落ちちゃってるっスよ」
「……ああ、わりぃ。ぼーっとしてた」
手に落ちた灰を払う。いくらも吸っていないというのに、残りはもうわずかだった。
最後の一息を吸いきって、三ツ江が差し出した携帯灰皿にフィルターを捨てる。
「誰に見られるか分からねぇからな。まだしばらくはこうして逃亡生活だ」
「それなんスけど。ティエロが兄貴の話を漏らしたのは、ラオと……なんて言いましたっけ、もう一人の祭祀だけらしいっス。二人からどこまで漏れたかはまだちょっと分からねぇっスけど」
「そりゃ助かる。ま、そうそう触れ回っていいような話でもないだろうしな」
これでひとまず、次の目標は決まった。
二人の祭祀から伏見が死んだという認識を消して、同時に組の安全を確保すること。
ティエロの件よりも、さらに難題だ。
「……そういや、お前はあんまり気にしてないのな。俺が死んだこと」
「え、バリバリ気にしてるっスよ? 生きてるからいいっスけど、それはそれとしてきっちりケジメつけなきゃダメじゃないっスか」
「それなー」
伏見にとって、復讐は二の次だ。
実行犯であるティエロは既に潰した。残りは組にとって無害であればそれでいい。ティエロに伏見殺害を指示した件で脅迫するなり、商売上でよい関係を築くなり、方法はあるだろう。
ケジメをつけたことには――ならないだろうけれど。
「まぁ、そういう話じゃなくてよ。気持ち悪いとか思わねぇの? 普通何か思うだろ、人が生き返ったりしたら」
「そりゃゾンビになったりしたら気持ち悪いかもしれないっスけど……」
上手く言葉にできず、三ツ江は頭をひねる。
三ツ江にとっては答えるまでもない問いだ。何故そんなことを聞くのかは分からなかったけれど、分からないなりに答えを出す。
「生きてるからいいんじゃないっスか? 死んでるよりは生きてる方がいいっスよ、多分」
「そうか。……まぁ、そうか……」
三ツ江の言葉は、何の答えにもならなかったけれど。
きっと三ツ江は正しいのだろう。死んだことを思い悩むより、生きてこれからのことに頭を使うほうがよっぽどいい。
三ツ江のように単純には振る舞えないけれど、胸の内は、少し軽くなった気がした。
「そんで、これからのことっスけど。次はどうするんスか? どっから潰します?」
「潰すの前提かよお前……。マジおっかねぇ」
もたれかかっていた壁から離れ、伏見はしゃんと背筋を伸ばす。
「自分よりもデカい相手を潰すんなら、それなりに準備しねぇ、と」
――いつの間に、ここにいたのか。
さっきまで誰もいなかったはずの廊下に、少女がひとり、ぽつんと立っている。
陶磁のごとき白い肌、髪は雨後の蜘蛛の巣に似て、編まれた緒が腰にかかる。肉の薄い手足を長衣で覆い、腰帯には金と貴石で飾られた槌が吊るされていた。
鏡面相克都市・ファウラ=ラドの神。
召し連れるリウレライト。
ただ、アルカトルテリアの外縁で出会った神とはわずかに容姿が異なっている。セト、鉱山側のリウレライトは髪が短く、また手足も剥き出しにしていた。
鏡写しの双子の片割れ。
目を伏したまま、リウレライトは無垢な面差しを二人へと向ける。
「まつろわぬ君よ。この争いを――止めては、くれぬだろうか」
それは。
二度目の、神さまからのお願いだった。
――もうちょっとだけ続くんじゃよ。
具体的には十分後辺りに。




