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異世界ヤクザ千明組  作者: 阿漕悟肋
鏡面相克都市・ファウラ=ラド 上
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126話.ヤクザ、困惑する

「……え、なんだその顔。なんかあった?」

「なんかって……えぇ、えぇ!?」

 お嬢は伏見と棺とを何度も見比べて、

「あー……うん? あれ?」

 三ツ江はこれでもかと首を捻って身体を傾げる。

 困惑しているのは伏見も同じだ。訝しそうに眼を細めながら、湿った前髪を掻き上げた。

「……マジで何があったの?」

「いや実はですね、さっき、玄関先に兄貴の死体が」

「お前何言っちゃってんの」

 状況も理解出来ぬまま、とりあえず伏見は棺へと向かった。二人の視線はその木箱と伏見をいったりきたりしている。原因がそこにあるのは明白だ。

 木箱の蓋を持ち上げて、伏見は自身の遺体と対面する。

「……俺やん……」

 関西弁が出た。

 多くの血を失い、やつれてはいたけれど、棺の中に横たわる遺体の顔は毎朝鏡でみる自分自身だ。

 全身を見聞し、着ていたスーツやサングラスを眺め、最後にパンツのゴムを引っ張って、

「俺だわ……」

「伏見さんのアイデンティティは股間にしかないんですか?」

 お嬢からツッコミが入る。

「いやマジでどうなってんだコレ。どうして俺が死んでるんだよ……」

「逆に兄貴はいつ帰ってきたんスか。このそっくりさんはともかく、そっちの方が気になるんスけど」

 屋敷に届けられた遺体について、三ツ江は単なる勘違いだと判断したらしい。伏見が二人いるより、人が生き返るよりもその理解こそが自然だろう。

 けれど、伏見にとっては違う。

 遺体の首筋に手を伸ばし、傷口に触れた。頸動脈を縦に裂く、内側から膨張した醜い傷跡。

 冷たく鋭い刃がぷつと突き刺さったその感触が思い出され、伏見の背が怖気に震える。

「……昨日は、会談のあとでファウラ・ラドの下見に行ったんだよ。そしたら街中でいきなり襲われて、気ィ失って……殺された、はずだった」

 ふいに、伏見の視線が玄関へと向けられる。

「こう、血がドバドバ出て、すーっと意識がなくなってよ。気付いたら、組の玄関にぼーっと突っ立ってた」

「……どういうことっスか?」

 尋ねられたところで分かるわけもない。

 ただ、伏見はその後のことをありのままに語る。

「んでよ、変な夢を見たなと思って、パジャマに着替えて……寝た」

「パジャマに」

「そこ掘り下げる必要ある?」

 ともあれ、それが全てだ。

 ファウラ・ラドへと向かった伏見は殺されて、その遺体は翌朝届けられた。

 一方で、遺体よりも早く――伏見は屋敷に居た。忽然と、まるでその場に発生したように。

「そのあとは、あんまり眠れなくてよ。水汲んでお湯沸かして、そこでシャワー浴びてたわけだ」

「そういえば……」

 お嬢が起きたとき、確かに誰かがシャワーを浴びていた。伏見はそこに居たのだ。最初から、二人が伏見の遺体と直面したときにも、ずっと。

 状況はようやく理解出来たけれど、原因、原理は一切不明のままだ。

 言うべき言葉を探して三人は考え込み――最初に口を開いたのは、考えることに飽きた三ツ江だった。

「それはそうとして、兄貴。殺されたっつーことだったら、犯人の顔も覚えてるんスか?」

「あん? そりゃ覚えてっけど……。ティエロってヤツだよ。ラオ祭祀の子飼いの。どっからどこまで関わってるかは分からねぇけど」

「んじゃ、とりあえずソイツやっちゃいましょう! ほら、生きてるとはいえ、ソイツが兄貴を殺したわけで」

「お前さては面倒くさくなってきたな?」

 ツッコミを入れながらも、伏見は三ツ江の提案について思考を巡らせる。

 伏見の身に何が起きたのか、その復活の理由はさておいても、ティエロを放置しておくわけにはいかないだろう。

 復讐以前の問題だ。ティエロが伏見を殺したのは、内部分裂を誘発させて千明組を解体、所有する知識や技術を吸収するためだった。例え伏見が生きていようとも、ティエロやラオは次の手を用意するだけだ。

 何より――

「三人で何やってんですか?」

 屋敷の縁側から篠原が顔を出して、伏見はとっさに棺の蓋を閉じた。

「――ん。何か血腥いような。誰かが怪我でも?」

「別に何でもねぇよ。匂いは多分、三ツ江が鶏を絞めたからだろ」

 誤魔化す伏見の背中を、二人は不思議そうに眺める。篠原は伏見の嘘にすっかり騙されて頷いた。

「着替えたらすぐ手伝うんで。ちょっと待っててください」

「おうよ」

 篠原の顔が引っ込み、その足音が聞こえなくなるまで伏見は黙り込む。

 安堵の溜息のあと、伏見は二人に顔を寄せた。

「いいか? とにかく、このことは誰にも言うなよ。知らせたって混乱するだけだ」

「そりゃ構わねぇっスけど……」

「こっちの世界がどれだけファンタジーか知らねぇけど、人が生き返るなんて尋常じゃねぇ。知られたらあとあと面倒だろ」

 人が生き返ることが当たり前なのだとしたら――トルタス村はあのゴブリンもどきを恐れることなどなかっただろう。蘇生手段があるのならば、人々は真っ先にその方法に手を伸ばすはずだ。

 秘密を守る方法は二つ。

 伏見の死を知る者に、復活を知らせてはならない。

 一方で、伏見の生存を知る者には、伏見の死を告げてはならない。

「……とりあえず、組の人間には俺が死んだっつーことは伏せておく。この死体は――俺と間違われた誰かの死体っつーことにしてな。グラサン取って顔を潰しときゃなんとか誤魔化せるだろ」

 その作業は伏見本人がやるしかない。それを考えれば気は重くなるけれど、四の五の言ってられない状況だ。

「で、俺を殺したと思い込んでる連中を釣り上げる。俺が生きてるってことにすりゃ、連中は勝手に勘違いしてくれるはずだ。千明組は伏見の死を隠して閉じこもってる、だったらもっとちょっかいを出してやろう、ってな」

 思わず、三ツ江とお嬢は顔を見合わせた。

 ふっと気が抜けて、お互いに笑いだす。

「……なんか俺面白いこと言った?」

「や、いえ、そのですね。さっきまで、三ツ江さんとそんな話をしてたんですよ」

 伏見の計画は、お嬢が考えた計画とそっくりだった。

 伏見だったらこうするだろう――という想像を伏見本人が口にしたのが可笑しくって、つい笑ってしまう。

 二人が伏見の復活を受け入れられたのは、ちょうどこの瞬間だった。

「だったら、伏見さんは身を隠さなきゃですね。早く中に入って下さい。ご飯の準備は私たちがしますから」

「隠れるんなら外がいいっスよね? 親父がトルタス村まで行くはずなんで、その荷物ん中に紛れ込みますか。だったら箱とか用意しないと」

「……なんか急に仲良くなってない?」

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