125話.ヤクザ、いる。
「貴――貴様、何故生きて……!?」
「……そういうセリフを素面で言っちゃうとかすげーな異世界人……。羞恥心とかねぇのかな」
呟きながらも、伏見は若干嬉しそうだった。もしかするとそう言われたかったのかもしれない。
床に転がされたままのティエロと目を合わせるため、伏見はしゃがみ込む。
「あんときとは逆の立場だなァ、オイ。つっても聞こえてねぇんだけどよ」
爆発による衝撃波に鼓膜を破られたのだろう。ティエロの耳には乾いた血の跡が残っていた。どれだけ大声で語り掛けても届かない。
だからこそ、言えることもある。
「爆弾の威力調整、結構苦労したんだけどなァ。お前、ビビッて後ろ下がってただろ」
「なんで……いや違う、そもそも何故契約が成立して、何が……?」
噛み合うはずのない会話だ。そうでなければ「異世界人」などという単語を口走ることもなかっただろう。
三ツ江からメモ帳を借りて、伏見はペンを走らせる。
「お前は最初っから間違えてたんだよ。一体、俺の代わりに誰を殺したんだ?」
「そんなこと、有り得るはずが……!!」
そう、有り得ない。
元の世界ならまだしも、この異世界において、伏見と同じ外見の人間など存在しないはずだ。黒のスーツ姿、サングラスを掛けたオールバックのヤクザなんて。
「ま、俺の代わりに殺されたっつーのは分かったからよ。あとは犯人を捜すだけだ。俺を殺したって都合よく勘違いしてくれたみたいだからな。監視もなく、楽に動けた」
勘違いなんかじゃない。
ティエロが殺し、その遺体を切り刻んだのは間違いなく伏見だった。
「篠原に接触した時点で察しはついたから、あとは潰すだけ。元々、ウチに敵対する連中が現れるのは予想してたからな。この都市で、安全に敵を潰す方法もいくつか研究してた。その一つを使ってみたわけだ」
マトロとの件には間に合わなかった手法だ。爆弾、衝撃波による制圧は有効だったため、あとは実際に検証するだけ。そのための実験体はちょうどティエロが用意してくれていた。
「チェーンソー、怖かったろ? まともに考える頭が残ってれば、ここがアルカトルテリアだって気付くことも出来たかもしれねぇのになァ」
虚実を入り交ぜて、ティエロに現状を説明した。
到底納得など出来ないだろう。契約によって奴隷にされたことはもちろん、伏見が生きていることなど信じられるはずもない。
だから、伏見は最後の一言をメモ帳に綴る。
「命令。俺の言葉は全て信じろ」
「――はい」
最後の処理を済ませて立ち上がり、伏見はメモ帳を三ツ江に手渡した。
「他の連中は任せるわ。契約させたら、あとは適当に口封じしといてくれ。……俺が死んだっつーこと、誰にも口外させるな」
「ウッス。兄貴はどうするんスか?」
「タバコ吸ってくる。ちょっと……疲れた」
言うなり、伏見は踵を返して部屋を後にする。
疲れていたのは本当だ。爆破前から待機していたためほぼ徹夜で、廊下から差し込む日の光が目に痛い。
そもそも拷問や暴力沙汰は肌に合わないタチだ。
ただ、それだけならばこうまで疲労はしなかっただろう。歩きながら首筋、ティエロに切り裂かれた頸動脈をさする。
――何者かに襲撃され、意識を奪われて、それから。
起きたときにはもう伏見は拘束されていた。喋ることすら出来ず、言い訳じみたティエロの口上を聞かされた挙句に薄刃のナイフで頸動脈を縦に裂かれて――それで、おしまい。
言い訳のしようもない、明確な死。
その後のことは三ツ江の推測通りだ。遺体を切り刻まれたころにはもう伏見の意識はなかった。
遺体と対面した三ツ江は復讐を望み、お嬢は伏見の跡を継ぐべく決意して――それから。
「だって、伏見さんが死んでいることを、犯人だけが知っているんですから」
「……なんかお嬢、兄貴みたいなこと言うっスね」
当然と言えば当然だ。
必死に頭を回転させて、お嬢は伏見の物まねをしていた。
実際のところ、伏見のやり口は決して難しいものではない。シンプルな詐欺の手口だ。騙す相手の思い通りに事を運びつつ、裏では逆転の準備をしている。この異世界に存在する法則をすり抜けながら。
お嬢の物まねは、その半分。
乏しい証拠から相手の意図を推測し、向こうから動いてもらう。
あとはどう出し抜くか――だけど。
「伏見さんと同じようには、出来ないかもしれませんけど……」
お嬢には伏見のような知識もなく、なにより今は騙すべき相手の顔すら分からない。不安要素は数え上げればきりがなかった。
「でも、ウチには伏見さんが遺した財産があります。それを使えば、多分」
「あの、お嬢。ウチは結構お金持ちなんスけど、すぐにはカネにできねぇ債権が殆どなんでそんな期待されても……」
「そういうのじゃなくて! ……伏見さんがいろんなもの作らせたり調べさせたりしてたじゃないですか。まずはそれを全部調べないと……」
お嬢と三ツ江による体制が始まろうとしていた、その時。
「おう、お前ら朝っぱらから何話してんの? メシは?」
背後からふらっと、誰かが声を掛ける。
ネクタイもつけず上着もなし、ワイシャツとスラックスだけの恰好。開かれた胸襟には傷一つなく、整髪料をつける前の髪は無造作に垂れていて、けれどトレードマークの金縁サングラスはいつも通り。
「……え、何だその顔。なんかあった?」
割と普通に、伏見がそこにいた。
もう少し盛り上げろよ。




