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異世界ヤクザ千明組  作者: 阿漕悟肋
鏡面相克都市・ファウラ=ラド 上
125/130

124話.ヤクザ、拷問する

 チェーンソー。

 日本刀、大鎌などと並び、やたらとゲームで評価されがちな武器の一つである。

 見た目はいかにも恐ろし気で、駆動するエンジン音には威圧感を覚える。しかし実際の切れ味はそう良いものではない。(そしてそもそも武器じゃない。)

 チェーンソーが大木をも切断できるのは、細かな刃で何千回、何万回と切りつけているからだ。柔らかな木材であればともかく、刃筋が立たない金属にはまるで役に立たない。人の骨すら満足に切断できるかどうか。

 ただ――皮膚を切り裂き、肉を抉り、尋常ならざる痛みと恐怖を与えながら治らぬ傷を与えるのに、これほど手軽な道具もない。

 床に転がされたティエロの目の前に、三ツ江は首を落とした鶏の死体を落とした。

「ほら、ちゃんと見えるかな? 美味そうな鶏肉だろ?」

 麻袋を被った男がティエロの身体をまたいで、チェーンソーのエッジを落とす。回転する刃は触れるだけで鶏の羽根を散らし、ミンチ状の肉片がティエロの顔にこびりつく。

「そういやコレどうするんスか? スタッフが美味しく召し上がるんスか?」

「チェーンソーの刃のとこには機械油が流れてんだよ。こんなん食ったら腹壊すぞ」

「そっスかー、勿体ねぇ。でもまぁ仕方ないっスよねー。おーい、ティエロさん? 分かるかな。この鶏が三分後のお前の姿だよ?」

 髪を掴まれて三ツ江と向き合ったティエロの表情は、明らかに分かっている表情だった。抜けて千切れる髪など気にしていられる余裕もなく、この場から逃げ出そうと身じろぎする。

 そんなことしても無駄なのに。

「ああこら、逃げんなって。……人の身内殺しておいて、自分が死ぬのは嫌なタイプ?」

 平坦な声に、押し殺した怒りが混じる。

 三ツ江の脳裏に浮かぶのは無残に切り刻まれた伏見の死体だ。あれだけのことをして、この男は、自分だけは助かろうと藻掻いている。

 その怒りは理不尽なものだ。伏見の手も決して清くはない。直接手を下しはせずとも、多くの失踪、不審死に関与している。もし因果が正しく巡るのならば、何回殺されたって足りはしないだろう。

 けれど、三ツ江にはそんな理屈などどうでも良かった。


 人を殺してはいけない?


 そりゃあもちろん。


 復讐には意義がある?


 ないだろう、そんなもの。


 自分が手を汚さずとも、いずれ罰が下るんじゃないか?


 そうだといいね。


 ひらひらとしたミュセを踏みつけて、三ツ江はティエロを固定した。

 より強く恐怖を与えるべく、顔の前を通ってチェーンソーはゆっくりとティエロの腹へと向かう。

 回転数はゆるやかに。このままそっと押し当てれば、柔らかな布地を裂いて、ティエロのはらわたをゆるゆると引きずり出してくれるだろう。

 意識さえはっきりしていれば、ティエロにもその様子がはっきりと見えるはずだ。

 呼吸を乱し、脂汗を垂れ流しながら、けれどティエロはじっと動かずにいる。当然だろう、下手に動けばチェーンソーの刃がどこに当たるかも分からない。痛みを避けるために異なる痛みを選ぶならば勇気が必要だ。そして今、ティエロにそんな余力はない。

 ただひたすらに、いずれ自身を切り裂くであろう刃を見つめる。

 鼓動の如く駆動するガソリンエンジンが歯車を回し、ブレードに沿ってチェーンは空を裂いた。

 三センチ、二センチ、一センチ。

 前触れのように服が引きちぎられて、ティエロはようやく悲鳴を上げた。

 彼に値札がついていたころ、よくそうしていたように。

「……耳が聞こえないってのは大変だよなー、本当に」

 独り言のように呟いて、三ツ江は胸ポケットからメモ帳を取り出した。ゴルフのスコアを記録する際に使うクリップペンシルで何かを書き、その場に落とす。

 鶏ミンチに触れてピンク色に染まっていくメモ用紙には、こんなことが書いてあった。

「ここで死ぬか、それとも千明組の奴隷として一生命令に従い続けるか。……どっちがいい?」

 恐怖の臨界にあっても、涙の滲む視界に映るメモ用紙の文面は確かに翻訳される。

 最後に垂らされた蜘蛛の糸。

 ティエロには、選択の余地などなかった。

「しっ、従う! 従うから、助けッ……!!」

 ――すがるティエロの言葉に応じて、青い燐光が彼の身体を包み込んだ。

 アルカトルテリアの戒律。

 契約の成立を示す証。

「え、あぁ……?」

「いやぁ、いい取引だったね本当に。これからはウチの奴隷として頑張ってな!」

 三ツ江はそう言うけれど、当然聞こえてなどいない。

 朗らかな笑みと共に、メモ帳を見せた。

「最初の命令。動くな。次の命令までじっとしていろ」

 契約は絶対だ。

 ティエロが得たのはここでの安全。対価として、彼に対する命令権を差し出した。

 命令通り動けなくなったティエロからチェーンソーは遠ざけられて、三ツ江は手錠の鍵をジャージのポケットから取り出す。

「いやぁー、聞き分けが良くって助かったっスよ。聞こえてないだろうけど。やっぱ死体の処理って面倒くさいっスからねー」

「なんで、こんな……ッ! ここは、都市の外だろう! 契約がなんで……!」

 ティエロが怯えていたのは、ここがアルカトルテリアの外だとそう思い込んでいたからだ

 見慣れない建物の様式。

 自身を殺す理由のある三ツ江。

 チェーンソーという未知の凶器が、さらにティエロの恐怖を助長させた。

 トドメは、ティエロの服が切り裂かれたことだ。私有財産が保護されるアルカトルテリアにおいては有り得ないはずの現象。

「この部屋、変わってるっしょ? 元は普通の地下室なんスけど、ガラス繊維を作るために色々改造したんよ。あ、ちなみにその服は俺が買ったヤツ。いやもー、本当に助かった。マトロさんみてぇなファッションだったら詰んでたかもしれないし」

 相手に聞こえていないことなど承知の上だ。自分がすっきりするためだけに、三ツ江はティエロに説明する。

「つーわけで、お前はまんまと俺らの罠に引っかかっちゃったんだよ。もちろん篠原の裏切りも仕込みな。でなきゃ、こんなに上手く監禁なんて出来ないし」

「……留飲を下げるのはいいんだけどよ。ちょっとこっち手伝ってくれねぇ? なんかこの袋脱げねぇんだけど。あと臭い」

「ウッス、ちょい待ってくださいねー」

 チェーンソーを持っていた男が背中を向けて、三ツ江が麻袋を脱がしにかかる。

 動けなくなったティエロには二人の背中しか見えなかった。音も聞こえず、ただ眼球ばかりをしきりに巡らせる。

「あー、ようやく人心地ついた。麻袋被ったままチェーンソーなんて扱うもんじゃねぇなー。怖ぇのなんの」

 男物のミュセに身を包んだその男が振り返っても、その相貌は判然としない。

 ランプをかざし、ティエロの顔を覗き込んで――

「よう、ティエロさん。何日ぶりだっけ? えー、確か……俺が殺されて以来だったかな」

 千明組若頭、伏見。

 死んだはずの男が、現実としてそこに居た

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