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異世界ヤクザ千明組  作者: 阿漕悟肋
鏡面相克都市・ファウラ=ラド 上
123/130

122話.ヤクザ、爆破する。

 ――夜も更けて。

 昼夜を問わず誰かが何かを試してる、そんな新技術試験場にも、ひと時の眠りが訪れていた。

 まるで祭りの後のよう。黒土で覆われた広場のあちこちには消された焚火のあとが残り、その周囲には男どもが、毛布にくるまって雑魚寝している。

 酒でも飲み過ぎたのだろう。寝るなら中で寝ろと、何度言っても聞きはしない。彼らにとって工房は神聖な仕事場で、煮炊きや睡眠など出来ないらしい。

 冬までにまた宿泊施設を増やす必要があるなと、そんなことを考えながら、篠原は事務所の扉を開けた。

 冷えて乾いた空気の中に、誰かの寝息が聞こえる。

 かざしたランプの火に映える濃い蜂蜜色の頬。化繊の毛布ごと、細い腕でその身を抱いた一人の少年。

 よほど寒かったのだろう、頭まですっぽりと毛布をかぶり、そのくせ長い素足は椅子からすらりと伸びている。

 緩いウェーブのかかった白髪の隙間から、焦点の合わないテディの瞳が篠原を見上げた。

「ん。親、方ぁ?」

「……お前なー。寝るときゃちゃんと布団で寝ろって言ってんじゃねぇか」

 険しかった篠原の表情が、わずかに緩む。

 事を起こす前のことだ。緊張もあったのだろう。千明組がそうであるように、新技術試験場もまた、篠原にとって何物にも代えがたい居場所になりつつあった。

 赤子のようにむずがるテディの身体を、篠原はひょいと抱き上げる。

 肉の薄い少年の身体は氷のように冷え切っていたけれど、事務所にはベッドもなければ布団もない。仕方なく、テディを長椅子に寝かせて椅子の上のクッションやそこらの布切れで乱暴に埋めていく。

「わぷ」

「後で迎えに来てやるから、とりあえずそこで寝とけ。……あと、これからデカい音がするけど気にするな」

「うぇい……」

 クッションを抱きしめて、テディはむにゃむにゃと眠りに落ちて行った。

 ほっとできたのもここまでだ。外にはティエロたちが待っている。

 新技術試験場はもう、篠原の居場所だ。例え責任がなかろうとも、篠原はここを守っただろう。それに組を裏切るわけでもない。

 三ツ江とお嬢が組の実権を握れば、いずれ運営に行き詰まるだろう。武器の製造、販売を禁止した伏見の方針に逆らおうとも、組が困窮してしまえば認めざるを得ないはずだ。

 眠るテディに背を向けて、篠原は事務所奥の扉に手をかける。

 ――ティエロがダイナマイトの効果を見たいと言い出すのは予想していた。爆発の威力がどうの、黒色火薬と比べてどうのと口で語るより、実際に見てもらった方が早いだろう。

 篠原が事務所を訪れたのは、その為のスタッフが待機していたからだ。

 開いた扉の向こう、明かりもつけずに彼らはいた。

「……なんでアイツ寝かせてくれなかったんですか」

「いや、俺らも布団で寝ろっつったんだけどな。お前の帰りを待つんだって聞かねぇんだよ。愛されてんなァ、オイ」

「はぁ……」




 篠原が事務所の扉から出てくる様子を、ティエロは指定されたサークルから遠巻きに眺めていた。

 消石灰で地面に描かれた半径三メートルほどのラインは、ダイナマイトの試験のために用意された安全地帯だ。まだダイナマイトも設置していないのだからそこに居なくともよいのだが、ティエロはその中心に立っていた。周囲にはティエロの部下が何人もたむろしている。

「それで、あの篠原って人は本当に信頼出来るんですか?」

 そのうちの一人、背の高い痩せぎすの男がティエロに話しかけた。

「ダイナマイト……とやらの威力はともかく、今回の件は話がうますぎやしませんか。連中にとっちゃ、オレらは身内殺しの仇でしょう。そんな相手に商談なんて、どうも……腑に落ちません」

「まぁ、怪しんではいるのでしょうね。かと言って確信もない。証拠など残してはいませんし、彼が死んだのは都市外のことです」

 視線は篠原に向けて、ティエロは薄笑いのまま言葉を続ける。

「そして、私たちはここにいる。アルカトルテリアは契約と金が支配する都市ですよ? 彼らは私たちの髪すら切れない。私たちが犯人だと知られたところで、何ら不利益はないのです」

 母が子に言い聞かせるような、優しい口調。

 伏見が殺される直前、最期に会ったのがラオ祭祀やティエロである以上、疑われるのは計算ずくだ。かといって千明組には復讐の手段などない。暴力を振るうことなど出来ず、公に訴えたところでラオの資金力があれば簡単に揉み消せる。

 だから、伏見の遺体を切り刻み、組の屋敷へと届けた。

 ある種のメッセージだ。従わなければ殺す、というシンプルな警告。

 篠原が商談を持ち掛けたのは良い兆候だろう。伏見を殺した犯人が誰か、分かっているからこそ篠原は商談を持ち掛けた。

 声が届く距離まで近づいてきた篠原を見て、ティエロの部下は静かに引き下がる。

「お待たせして申し訳ない。今からダイナマイトを爆発させるんで、まずは円の中に入っていただけますか」

 篠原の言葉に、ティエロたちは素直に従う。

 黒色火薬の危険性を知っているからこその反応だろう。火薬を知らない世界の住人ではこうはいくまい。

「まず、段取りを説明します。爆破の準備が出来たらウチのもんがランタンを振るんで、その後俺が合図を出します。爆発は十秒後。絶対に円の外へは出ないでください」

 ただし。

 技術も科学も未発達の異世界だ。現代人にとっては知っていてもおかしくない常識的な知識でも、彼らは知らない。

「あ、合図来ましたね。いいですか? 爆発の前に大きく息を吸い込んで、爆発の瞬間には息を止めて下さい。はい十、九、八……」

 蛍光塗料でうすぼんやりと光る腕時計を見ながら、篠原はカウントを始めた。

「……七、六、五、はい息を吸って!」

 いきなり出された指示に、ティエロたちは否応なく従わされる。

「三、二……」

 一、のカウントは行われず。

 篠原は肺の空気を全て出し切り、目を閉じて、耳をふさぎながらその場にしゃがみ込んだ。

 ――爆弾の威力とは、その驚異的な燃焼速度により発生する衝撃波である。

 衝撃波とはすなわち音だ。

 伏見がマトロに対する盗聴を成功させたように、アルカトルテリアにおいて、音は私有財産に含まれない。音による攻撃など戒律の外。

 爆弾から身を守るには、地表近くに身を伏せ、口を開け、耳をふさいで目を閉じるべきだ。

 息を止め、ダイナマイトの威力を観察しようと目を見開き、立ち尽くしたままのティエロたちは――悲鳴すら上げられないまま、背後からの爆発に意識を奪われた。




 眠りに落ちていた新技術試験場の人々が、爆発音に叩き起こされる。

 彼らはまず自らの仕事場が無事か確かめ、そのあとに何が起きたのかと首を捻った。

 原因はすぐに判明する。深夜に忍び込んだはた迷惑な誰かさんが火薬を爆発させたのだ。抉られ、焼け焦げた地面の跡を見れば明らかだった。

 犯人の姿はどこにもなく、見回りをしたが怪しい人物はみつからない。

 タチの悪いいたずらだろうと結論づけた彼らは寝不足のまま少々早い朝食の準備を始め――だから、消石灰で描かれた円と、わずかな血の染みには、翌朝になるまで誰も気付かなかった。

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