121話.ヤクザ、暗躍する
「兄貴が、な。伏見の兄貴が、誰かに殺されちまったんだ。……ティエロさん、心当たりはねぇか?」
「……そんな、何の……」
冗談ですかと続くのだろう。知らないふりにも余念がない。呆気にとられた間抜け顔から、あやふやな笑みを浮かべ、ティエロは最後に愕然と顎を落とす。
その反応は演技だが、しかし驚いていたのも事実だ。千明組は伏見の死をひた隠しにしている。それは身内に対してもだ。秘密を明らかにしたことはもちろんとして、篠原がその事実を知っていたことがティエロには少々意外だった。
とはいえ――意外だというだけの話だ。どうということもない。
「伏見様が亡くなられたというのは――いつのことですか」
「……分かってんのは三日前までだ。ラオとかいうヤツと会ってから行方が分からなくなって……次の日には、兄貴の死体が玄関先に転がってた」
篠原は知る由もない。伏見を殺したのは、目の前にいる男だ。
その死体を無残に切り刻んだのも。
遺体を組に届けたことすら、ティエロの指示だ。
「……そのあと、伏見さんはファウラ・ラドに向かったはずです」
表情にはおくびにも出さず、ティエロはただ、無関係を装って言葉を吐く。
「私も面談の場におりました。ラオ祭祀はファウラ・ラドへの通行証を渡しておりましたから、おそらくそのあと何者かに……」
「ああいや、違う。今日はそんな話をしに来たんじゃないんだ」
「そう……なんですか?」
予想と違う反応に、ティエロは肩透かしを食らう。
千明組の人間は自分たちの同類だと思っていたのだ。暴力や詐欺、好ましからざる商いを営む輩は他人を足蹴にするくせに自らの痛みには敏感で、身内が殺されたとなれば復讐にやっきになるものだろう。そう考えて手頃な身代わりをいくつかリストアップしていたというのに。
「そりゃ、こっちに来てから兄貴はよくやってくれたよ。頭が下がる思いだ。他の人間だったらどうなってたことか」
伏見というまとめ役がいたことは、千明組にとって幸運だった。転移直後の混乱を治め、速やかに情報を収集し、アルカトルテリアの一角に食い込むことが出来たのだ。その功績は組員の誰もが認めている。
まぁ伏見は色々と予習済みだったし。
「でもな、大事なのは次なんだよ。こっから組の実権は三ツ江の兄貴とお嬢が握ることになるんだ。文句はねぇけど、伏見の兄貴より上手くは出来ないだろ。……こっちは下のもん食わせてかなきゃいけねぇんだ」
――篠原が預かる新技術試験場には、今、良い流れが生まれつつある。
手工業ギルドから弾かれた者、能力はあれど親方衆に嫌われて新たな技術を試せない者、夢物語でしかないようなアイデアを形にすべく訪れた者。
真っ当な仕事を得られない子どもたちも、新技術試験場では必要不可欠な労働力だ。身分や出身、経歴を越えられる仕事場として開拓されつつある。
ただし、それも千明組の運営が上手くいっていればの話だ。
新技術試験場の資金は千明組から供給されている。開発されている技術は未だ利益を生み出さず、資金を止められればあっという間に干上がってしまうだろう。
果ては身売りか倒産だ。
千明組の先行きが不安視される以上、篠原としては他に資金源を探すほかにないが、多額の投資を受ければ自主性を損なうことになるだろう。
必要なのは、新技術試験場が独自に金を稼ぐ仕組みだった。
「ティエロさん。まずはこいつを見てくれねぇか」
華やかだったテーブルの上に、篠原は円筒状の物質を置く。
この世界で製造したものではない。日本から――異世界から持ち込んだものだ。見たことはなくとも、その名は誰だって知っている。
製造は容易く、発明から百年以上経っても使い続けられた大ベストセラー。
ヤクザにとって、ドスやチャカと同じくらい親しみのあるその物質。
名を、ダイナマイトと言う。
「これが火薬よりも強力な兵器……ですか?」
武器ということで警戒しているのだろう。触れることはせず、ティエロは遠巻きにダイナマイトを観察する。
日本で製造されたとは言っても、真っ当な企業が作ったものではない。自家製だ。最近では含水爆薬が主流になり、ダイナマイトを製造する会社はめっきり減ってしまった。
昔を懐かしんだ山喜が時々作り、キャンプ場でダイナマイト漁などしていたものだ。こんな形で役に立つとは思ってもみなかった。
「火を近づけないでくれよ。もし爆発したらアンタの商会ごと木っ端みじんだぞ」
篠原の言葉にティエロが身を引く。
私有財産が保護されるアルカトルテリアでも、物は壊れるし人は死ぬのだ。経年劣化はもちろん、陶器を落とせば割れるし不意の事故で命を落とすこともある。
壊そうと思っても壊せないが、壊れるときは壊れる。不条理ですらあるこの都市特有の法則だ。
今回の場合、不注意で着火してしまったら二人とも死んでしまうだろう。机の上にあったランプを遠ざけながら、篠原は話を続ける。
「ひとまず用意出来るのは三十本。それを担保に、製造ラインを組むための投資を頼みたい」
「製造ラインとは?」
「あー、えぇ、なんて言えば伝わるかな。黒色火薬に比べて、ダイナマイトは製造過程が多いんだ」
作り方は分かっても材料が揃わない。そんな感じだ。
主な材料はグリセリン、硝酸、硫酸、セルロースなど。十九世紀に生まれたダイナマイトはそれ以前の化学や技術を組み合わせて作られている。千明組に存在する書籍や現地の技術を使えば製造は難しくないが、即座に量産できるわけでもない。
ただし、過去の研究者に比べれば楽な道のりだ。現代人である篠原は、ダイナマイトが作れることを「知って」いる。
「……残念ながら、私どもではそれほどの資金を用意出来るかどうか……」
「回りくどい話はいい。アンタなら有力者と繋ぎも取れるだろ」
マトロやアクィールも有力者だが、そちらのルートを使えば三ツ江やお嬢にこの商談が知られてしまう。
武器の販売禁止は伏見の決めた方針だ。二人はその方針に従うだろう。若衆に過ぎない篠原は裏切者として扱われる――そんな展開は願い下げだ。
「アンタにはダイナマイトに投資したい人間との繋ぎを頼みたい。最低限必要な額はこんなもんで、そっちの取り分は投資額からの二割。……悪い話じゃないだろ?」
「ふむ……」
口元を押さえ、ティエロは篠原が提示した羊皮紙に目を通す。
大雑把な開発計画と、月ごとの予算だ。予想通りティエロに出せる額ではないが、この程度なら確かに出資者を探すことは難しくないだろう。
伏見の死後に慌てて作られたものだ。計画書には細かい粗が散見されるけれど、ティエロはあえて指摘しない。粗が目立つということは、すなわち付け込む隙が多いということだ。
ただ。篠原の提案には一つ、最も重要なポイントが欠けていた。
「その、ダイナマイト。篠原さんは火薬より強力だとおっしゃいますが、はたしてどの程度のものでしょう? それが分からなければ、私どもとしても……」
「――じゃあ、実際に見てもらいましょう」
この展開を予想していたのだろう。
テーブルに転がっていたダイナマイトを掴み、篠原は席を立つ。
「準備はもう出来てる。うちに着くころには真夜中だが……そちらさんも、夜は得意だろ?」




