120話.ヤクザ、釣られる
ところで、件のティエロが率いる彼の商会には表の顔が存在している。
ヤクザにおけるフロント企業のようなものだ。裏稼業、犯罪組織と言っても食事はするし服は着る。法によってヤクザ組織との様々な交流を禁じられた現代社会とは違い、一般社会との繋がりは極めて緊密である。
きっと、それは自然なことなのだろう。
統治者が有り、法を敷くならば、その支配に逆らって利益を得ようとする輩は必ず現れるものだ。
ティエロらが法を破ってまで提供する「商品」は、主に都市外での違法行為。
顧客たる富裕層の屋敷に通い、頻繁に都市外へ出かけても怪しまれない職業。
彼らの表の顔は――お花屋さん、である。
「……おや。これはこれは」
夕暮れ時、軒先の鉢植えに水をやっていたティエロが来客に気付いて顔を上げた。
大商会の主に傅いているよりも、こうして鉢植えの世話をしていた方がよっぽど似合っている。使い込まれた前掛けは古いけれど清潔で、動きやすいよう各所を縄で縛ったミュセは草木染の淡い色合いが目に優しい。
来客を見上げる表情は柔和そのもので、とても――人殺しには見えなかった。
「……まあ、ウチも似たようなもんか」
「なにかおっしゃいました?」
手の汚れを軽く払い、ティエロはその場で立ち上がる。
「ラーマイネ商会へようこそ。大したもてなしもできませんが、歓迎いたしますよ」
黄昏時のことだ。
来客の顔立ちは判然とせず、輪郭も茫洋として正体は定かではない。
ただ――招きに応じ、意匠化された果樹が刻まれたドアをくぐるとき、その横顔がランプに照らされる。
剃り込みの入った坊主頭に、眠たげな両の眼。
機械油の染み込んだ青いツナギ姿が、扉向こうの暗がりへと消えていく。
「さて。本日はどのような商談ですか? 篠原さん」
頼りない蝋燭の火に照らされる店の内装は、犯罪組織のフロント企業と聞いてイメージするようなそれとはかけ離れていた。
かといって、花屋のそれとも違う。
観葉植物こそ置かれているものの、数は少ない。代わりにあるのは重たそうな本や無数の小物入れ、そして写真立てのように置かれたガラス板。
「押し花を額に入れてるのか……」
「人気の商品でしてね。この都市じゃあ花束は高すぎる上にすぐ枯れてしまう。だからこうして保存し、朽ちぬ愛の証として恋人に贈るんです。篠原さんもおひとついかがですか? お安くしときますよ」
アルカトルテリアにおける自然への憧れを形にしたような工芸品。
多種多様なハーブ、香辛料を精油に漬け込んで熟成させたポプリの大瓶は夏の名残を思わせる芳香で室内を満たし、植物の種子を小分けにしたガラスの瓶には中身を示す花や葉が括りつけられていた。
物珍しくはあるが、篠原にはあまり興味のない分野だ。促されるまま席に着いた篠原の前に、酒器と酒瓶が供される。
「花に関心がなければ――こちらなどいかがです? 毎晩、仕事上りにこいつを一杯やるのが楽しみでしてね」
「……いただくよ」
口数も少なく、手のひらに握り込んでしまえるような酒器を受け取った。
注がれるのは、甘い香を放つ薔薇色の果実酒だ。干した杏や林檎、薔薇の果実を蒸留酒に漬け込んだものだが、想像よりも甘くはない。一息に呷ると、喉がカッと熱くなり、あとから薔薇の実に含まれる酸味が効いてくる。
――伏見の緊張は誰の目にも明らかだ。
口数は少なく、視線は忙しなく泳いでいる。強い酒を呷ったのも喉が渇いていたからだろう。
柑橘類の果汁を混ぜたチェイサーを用意しながら、ティエロは両眼を細める。
篠原は実務畑の住人だ。普段の、新技術試験場に関連する取引なら当たり前にこなせる。当初は目利きも出来なかったが、最近では鉱石や粗鉄などについてよく学んでいるようだ。
けれど、交渉や折衝に向くような人材ではない。
手工業組合によくいるタイプだ。職人肌で面倒見が良く、多少乱暴だがリーダーシップはある。一方で思考は保守的、利益の最大化よりも保有する財産の保護を優先しがち。
交渉事にはあまり向かない人材だ。その程度のことは調べがついているし、何よりティエロ自身が良く知っている。利益を度外視してまで資材を卸した甲斐があったというものだ。
伏見殺しの犯人を突き止めた千明組の連中が篠原を送り込んだのか?
脳裏に浮かんだ疑問を、ティエロは胸の内で否定する。
千明組はティエロの同類だ。もし犯人の正体を突き止めたのなら、有無を言わさず息の根を止めるだろう。探りを入れるならば篠原は使わない。
「さて……篠原さん。いったいどのようなご用件でしょう。先日のご注文でしたら既に手配を……」
「商談だ」
チェイサーと果実酒、どちらを呑むのかしばし迷って、けれど篠原は酒器を手にした。火が点きそうな息と共に、貯め込んでいた言葉を吐き出す。
「武器が売りたい。あの、ファウラ・ラドにあるようなしょぼい火薬なんて比べ物にならないくらい強力なヤツだ。兵器っつった方がいいか?」
兵器。
これはまた、聞き捨てならない単語が飛び出してきた。
ある程度耳ざとい者ならば、千明組の連中が強力な武器を所有していることなど知っていて当然だ。エルフの村を二度も焼き払った油に、遠隔爆破可能な謎の缶の中身。馬の要らない馬車だって平気で街中を乗り回している。
アルカトルテリアはあくまでも商業都市だ。戦争とは縁がないが――戦争経済ならばよく知っている。涎が出るくらいに。
こんな事態に陥る前に、篠原へ商談を持ち掛けていた。その時は、
「――武器の類は売れないと、以前は断られてしまいましたが。これはまたどのような心変わりで?」
聞くまでもなく、ティエロは答えを知っている。
ただし、それはティエロが知らないはずの情報だ。誘いだとしてもその手には乗らない。
返答に窮したのか、それとも動揺を隠すためだろうか。篠原は両手で顔を覆い、俯く。指の隙間からは苦々しい声が漏れてきた。
「兄貴が、な。伏見の兄貴が、誰かに殺されちまったんだ。……ティエロさん、心当たりはねぇか?」




