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異世界ヤクザ千明組  作者: 阿漕悟肋
鏡面相克都市・ファウラ=ラド 上
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119話.ヤクザ、相談する

 襖を閉めて、三ツ江はようやく一息ついた。

「こーゆうのはどうにも向かないっスねぇ……」

 伏見が死んだという事実を伏せ、ひた隠しにし、その事実を知っているかもしれない相手を釣る。

 これまで、そういうのは伏見の役割だった。けれど頼りになる兄貴分はもはや弁舌を振るうこともなく、ならば三ツ江が代わりを務める他にない。

「……なるべく兄貴のマネしたつもりなんスけど、どうっスかね?」

「上手に出来てたと思いますよ?」

 三ツ江の背後から、当然の如くお嬢が顔を出す。

 何のことはない、最初から見ていたのだ。最初の来客が門前に設えたドアノッカーを叩き、三ツ江が玄関を出たその瞬間から。

 他人と正面から向かい合っているとき、嘘つきは表情を作るだろう。ただし、相手の視界から外れたとき、彼らは不意に本当の表情を漏らすことがある。

 お嬢が監視していたのは、それだ。

「んー、誰も怪しくは見えなかったんスけどねー」

「ファティちゃんとマトロさんは、多分関係なさそうです。驚いたり考え込んだりするような仕草はありませんでした。彼女は……ちょっと怪しいですけど」

 彼女、と口にしたあたりで、お嬢の視線は襖の奥へと向かう。

「レイエさんがっスか?」

「憶測の域は出ませんけど、伏見さんがいないと聞かされてすぐ三ツ江さんにターゲットを切り替えたのは怪しいかな、って」

 襖の防音性などないに等しいものだ。会話を聞き取られないよう、顔を寄せ合って三ツ江とお嬢は言葉を交わす。

 灯された獣脂のランプに照らされたお嬢の横顔には、わずかな照れと、人を疑わなければならない罪悪感が見て取れた。

「いやぁ、あれはがっついてるだけだと思うっスよ。誰でもいいっつーか、藁にも縋るっつーか。断定はできないっスけど」

「……ですよね」

 人を見る目、こそ信頼できないものはそうそうないだろう。嘘を見抜くことなど本質的には不可能だ。挙動不審な人間は嘘を疑われるものだが、単なる対人恐怖症のケースもあれば、もっとささやかでどうでもいい嘘をついている場合だってある。

 他者を疑う行為は、ただひたすらに不毛だ。

 まず疑わなければ、真実にたどり着けないとしても。

「伏見さんはこれまでどうしてたんですかねー……」

「兄貴のはなんつーか、とにかく慎重だったっスよ。マトロの件だってこっちの勝ちが決まるまで手ぇ出しませんでしたし、エルメの村の件でもなるべく俺らに危険が及ばないよう……」

 はたと気付いて、三ツ江が顔を上げる。

「そっか、段階を分けてたんスよ」

「段階?」

「完全な成功から完全な失敗まで、何段階にも分けてシナリオを作ってたんスよ。保険かけたり根回ししたりしながら、最悪の状況の前で踏みとどまれるように」

 マトロの件だってそうだ。表向きはマトロの指示に従い、実際に商談を進めながら、裏では手間暇かけて裏切りの算段をつけていた。

 得られる利益はケースによって違っても、想定される最悪の事態は明確だ。

 この異世界で、千明組の組員らが居場所を失い、孤立すること。

 主導権を奪われてしまえば、所有する知識も技術も全て奪いつくされてしまうだろう。

 金の卵を産むガチョウは、縊り殺されてしまうのが世の常だ。

「……これからは、私たちが伏見さんの代わりをしていかなきゃならないんですよね」

 静かにお嬢は決意を口にするけれど、三ツ江は緩い笑みと共に頭を振った。

「そういう、代わりだのなんだのはあんま考えない方がいいっスよ? 真似すんのはいいっスけど、兄貴は兄貴でお嬢はお嬢なんスから。代わりなんて出来ませんし、お嬢にしか出来ないやり方がきっとあるっス。それより……」

 ぱん、と手の甲で持っていた紙束を弾く。

 伏見の依頼でファティが用意した、アルカトルテリアの犯罪組織リストだ。

「この、ティエロってヤツ。報告書で見た名前っス。篠原と向山の両方に商談を持ち掛けてて、実際に取引もあるはずなんスよ。んで今はラオ祭祀の子飼い……ちょっとあからさまに怪しくねぇっスか?」

 三ツ江に促されて覗き見た書面には、ティエロという人物の略歴が記されている。

 とりわけ目を引くのはここ数か月の動静だ。

 元々アクィール商会の下で手を汚していた彼らは、マトロの誘いを受けてその計略に手を貸した。トルタス村においては討伐隊に混じってゴブリンもどきの女王をを生かし、のちの襲撃にリスト繋がる原因を作り出した実行犯だと推測される。

 伏見らの仕掛けによってマトロが借金漬けにされてからは状況を静観していたが、事件が闇に葬られたことによって安全を確信し、新たな飼い主を求めてラオ祭祀の下へ。

 ――ティエロという男は、最初からそこにいた。

 ただ、伏見の視界に入っていなかったというだけで。

「……うちに計画を邪魔された犯罪者が、一番怪しいラオ祭祀の下にいて、今は篠原さんたちと接触を図っている……」

 現在の状況を、お嬢は指を折りながら確かめる。

「ちょっと分かりやす過ぎませんか?」

「このリストがなければ多分気付かなかったっスよ。ホント、兄貴は手回しがいいっスねぇ……」

 感心しているのか、それとも周到でありながら自分自身にだけは間に合わなかった伏見の手回しに皮肉を感じているのか。

 どちらともとれる沈黙のあと、三ツ江は紙束を畳んでポケットにねじ込んだ。

「とにかく、やることやりましょう。篠原と向山にはティエロを警戒するよう連絡して、どっからどこまでが兄貴の死に関わってんのか証拠を集めて……」

「あと、レイエさんの件も。彼女との契約はどうします?」

「そういやそんなんもあったっスね」

 襖一枚隔てた向こうにいる来客を思い出して、お嬢と三ツ江は行動を開始する。

 今は二人で組をコントロールしなければいけないのだ。他の組員にも、伏見の死は伝えていない。

「とりあえず、彼女は泳がせておこうかと思うんです。怪しいってだけで今回の……件に関わっている証拠はありませんし。こっちの知識は必要ですから、契約で縛ったほうが監視も安全に……」

「ん。お嬢の考えなら基本なんでも賛成っスよー」

「お夕飯の献立じゃないんですから……」

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