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異世界ヤクザ千明組  作者: 阿漕悟肋
鏡面相克都市・ファウラ=ラド 上
118/130

117話.ヤクザ、不在

「わったしっがきっましったよー!」

 伏見の遺体が届けられてから一夜明けた、翌日の夕暮れ。

 犯人と思しき者の接触はなく、待ちぼうけした末にやってきたのはアクィール家の一人娘、ファティだった。

 門を開けた三ツ江と目を合わせた瞬間、ふっと真顔になって両手を下ろす。

「おはようございます。伏見さんはご在宅でしょうか」

「その誤魔化しはちょっとキツくないっスか?」

 三ツ江の無慈悲なツッコミにも、動揺すら見せない。さすがは祭祀の娘、というべきだろうか。商売用の笑顔が染みついている。

「あー、えっと。兄貴はまだ帰ってきてねぇんスよ。逆になんか知らねぇっスか」

「夜には帰るって言ってたんですけど……。もしかすると、まだ外にいるのかもしれませんね」

「……外に?」

 わずかに低くなった声のトーンには気づかず、ファティは得意げに口を開いた。

「ええ。交渉のあと、セトの街を見て来るって別れたんですよ。……こちらから人を出して探させましょうか?」

「いやー大丈夫っスよ。子供じゃないんだし、自分で帰ってくるっス。それよか、今日は兄貴に何の用事っスか」

「そんな大した要件じゃないんですよ? 資源調査の人員リストとか、そういう細かいお仕事ばっかりで……。あ、あと」

 ふと思い出したように、ファティは背後へと振り向く。

 門のすぐ横に止められた馬車から、もたもたと降りる人影が見えた。細部にまで細工の施された客車を傷つけないよう必死になっているらしい。

 ぼさぼさの長い髪とだらしなく着崩れたミュセ、そしてこちらを向いた大き目の尻には見覚えがあった。

「神学者のレイエさん。こちらに来る途中で見かけたもので、拾ってきちゃいました」

「拾ってきちゃったっスかー」

 二人に見守られながら、レイエはようやく馬車を降りてこちらへと振り向く。身だしなみを整える間もなく、大げさなくらい丁寧に頭を下げた。

「こんな時間に、手土産もなく失礼します……! あの、ふしみんはご在宅でしょうか……!」

 どっちかと言えばふしみん呼びの方が失礼な気もするが、それはともかく。

「……ふしみんはご在宅じゃないんスよ。そちらさんは何の用で?」

「よ、用ってほどのことではないんです、けど……。ほら、先日伏見さんに雇っていただいたじゃないですか。その流れで、正式に雇っていただけたかなぁ、なんて……」

 言葉こそ弱気だが、見開かれた両目はらんらんと輝いていた。

 学問には金がかかるものだ。学者にとって、パトロンの有無は死活問題なのだろう。

 要は椅子取りゲームだ。学者なんて無駄飯食らいを雇えるほど裕福な商人はそう多くない。老齢の学者が退くまで待つのが定石だが、後継者の座すら既に何人何十人と順番待ちの列が並んでいる。

 今回のように新たな椅子が設けられるのは非常に稀なことだ。レイエの眼差しは、食らいつかんばかりに三ツ江へと注がれていた。

「んー……長くなりそうなんで、とりあえず上がって貰えるっスか。ファティちゃんも、良かったら一緒に」

「お誘いは嬉しいんですけど、もう日も落ちますから。伏見さんが帰るまでお邪魔する訳にも行きませんし……」

「帰るまで待つって選択肢があったことにびっくりっスよ?」

 伏見に関わることであれば、この大人びた少女はどこまでも素直になれるらしい。今日だって、用事にかこつけて伏見に会いに来ただけだったのだろう。

 伏見が死んだことなど、知りもせずに。

「……なんだ、伏見は居ないのか」

 声と共に、 三人目の来客が門の影から顔を出した。

 暗がりに立っていても、その特徴的なシルエットで正体は自ずと知れる。アクィール祭祀代行、マトロだ。

 全体的に蟹っぽいその髪形が門に引っかかり、ぐんにゃりと曲がって、けれど門をくぐった途端にぴんと弾かれて元に戻る。

 バネでも仕込まれているのだろうか。

 背後から現れたマトロを見上げて、ファティは露骨に顔をしかめた。

「誰かと思えばマトロさんじゃないですかぁ! こんなところでお会いできるなんて光栄でぇす!」

「この……ッ! 人を煽るためにしか使えないような顔芸、一体どこで覚えた! 君には恥も外聞もないのか!」

 マトロ以外の誰にも見せることなく、ファティはその「恥も外聞もない表情」を収めて肩をすくめた。

「恥? 恥って言うのは、権力を笠に着て、私みたいな子どもに結婚を迫ることじゃないんですかぁ?」

「マトロ様に浮いた噂の一つもないのは、そういう……」

 ファティの煽りにレイエが乗っかって、マトロはいよいよ茹で上がる。こめかみから左頬を引きつらせ、拳を固く握り、それでも反論しないのはファティの言葉がすべて事実だからだろう。少なくとも嘘は言っていない。

「……ああ、甘んじて受け入れるとも。だが覚えておくがいい、この屈辱はいずれ戒律に触れない範囲で地道に返済してやるからな……!」

「大分弱気っスね?」

 一つ咳払いをして、マトロが本題に入る。

 背後からはマトロの部下と思しき人間が、一抱えもある樽を二人がかりで運び入れようとしていた。

「ラオ祭祀からの贈り物だ。先ほどこちらに届けられてな。私も伏見に用があったからついでにもってきたのだが……不在なら仕方ないか」

 マルガニシンの酢漬けが軒先に置かれて、マトロは一枚の紙を懐から取り出す。

「先の交渉で要求された物品のリストだ。伏見が帰ってくる前に用意しておくといい」

「はぁ……」

 三ツ江がリストを受け取ると、マトロはすぐさま身を翻した。

 伏見がいないのなら長居してもしょうがない。そういうことだろう。探りを入れる暇もない。

 マトロが馬車に乗り込み、姿が見えなくなったあと、ファティも続くように腰を折った。

「それじゃ、私もここでおいとましますね。あ、あと……」

 鞄から取り出された紙束に目を通し、

「こちらは資源調査隊の人員リストです。簡単に彼らの履歴も書き添えておきましたから、伏見さんに確認をお願いします。そしてこっちは……」

 三ツ江に手渡された紙束には、いくつもの商会が羅列されていた。各商会の代表や有力者の名前と共に、数々の疑惑、罪状が書き連ねられている。

「伏見さんにお願いされてた、アルカトルテリアの犯罪組織の情報です。あまり良い噂の聞かない方々ですから、三ツ江さんも気をつけて下さいねー」

「兄貴、こんなこともしてたんスね……」

 タイミングが良い、というべきだろうか。伏見を殺した犯人を捜している三ツ江らには、望むべくもない贈り物だ。

 しかし、伏見には間に合わなかった。

 傍らに立つレイエのことすら忘れ、三ツ江は静かに、紙面へと目を落とす。

「なんつーか、兄貴って人気あるんスねぇ……」

 三ツ江の視線が、ラオ祭祀に使われているティエロの名前をなぞった。

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