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異世界ヤクザ千明組  作者: 阿漕悟肋
鏡面相克都市・ファウラ=ラド 上
114/130

113話.ヤクザ、商談をまとめて。

 挨拶もそこそこに、テーブルへ軽食が供される。

 籠に山と積まれた柔らかな白パンと、添えられたバターやジャム。野菜は薄く手頃なサイズにカットされ、あるいは程よく火を通されていた。好きな具を挟むスタイルなのだろう。

 メインの具は衣に包まれた鶏肉に、柔らかく煮こまれた牛肉、それと豚の燻製肉。

 驚いたのは、青魚の酢漬けがあったことだ。スパイスの効いた身は臭みがなく、発酵が進んで噛まずとも口の中ではらりとほどける。

 この世界に海が存在する、確かな証拠。

 久しぶりの海産物に舌鼓を打ちながら、伏見は交渉の成り行きを見守っていた。

「――時計が普及すれば我々は同じ時間を生き、商いの上での行き違いを解消してより効率的に――」

「――いずれは鐘楼に時計を設置し、主要交易品として専売体制を――」

「――未だその製造法は確立されていないものの、まったく未開拓の分野であることからさらなる発展の可能性が――」

 さすが、というべきだろう。マトロは一代で都市の中枢、祭祀座にまで手を伸ばした俊英だ。交渉相手が祭祀だとしてもまったく引けを取らない。

 夢想に等しい将来像を語り上げたかと思えば、近いうちに実現するであろう利益を示し、また開発途中であるということを理由に両祭祀の干渉を跳ねのける。

 まるで綱引きのようだ。ラオが欲をかいて金を積めば、ハウロンを煽って場の均衡を図る。物の価値、そして両商会の現況を正確に把握しているからこその芸当だろう

「……このまま好きにやらせておいていいんですか?」

 伏見の隣に腰掛けていたファティが、伏見の耳元に顔を寄せて囁く。

「マトロを気に入らねぇのは分かるけど、今んところはよくやってくれている。出来る奴がいるんだから、出しゃばらなくてもいいんだよ」

 餅は餅屋、ということだろう。

 所詮、伏見はしがない田舎ヤクザだ。こと、商売においてはマトロに及ぶべくもない。

 技術的な面では助言が必要かとも思っていたのだが、マトロはこちらが上げた報告書に全て目を通し、理解しているようだ。二つの商会を切り盛りする激務の中でそのような雑事までこなしている。マトロの勤勉さには舌を巻くばかりだ。

 やることもなく、伏見は手持無沙汰にサンドウィッチを齧る。

「マルガニシンの酢漬け、お気に召したかな?」

 テーブルの上で交渉も、会話の流れも、ラオは全てを無視して伏見に言葉を投げかけた。

 水を差されたマトロとハウロンは不快感に表情を歪めるが、ラオは気にも留めていない。心情的には伏見もそちら側だが、言葉を返さないわけにもいかないだろう。努めて笑顔を作り、口を開く。

「ええ、とても。泥臭さがなく、何よりこの上品な油。この魚はいったいどちらの品で?」

「当家で扱っている商品の一つだよ。気に入ったなら後で届けさせよう」

「それはありがたい。組長もよろこびます」

 ラオのたるんだ笑顔が、途端に消える。

 つまらないものを見るような表情でマトロとハウロンを眺め、溜息を一つ。

「退屈だ。伏見君、君もそう思わないかね?」

 のらりくらりとかわされることに飽きたのだろう。ラオの矛先が伏見に向けられる。

 こうして子供のように振る舞えるのは、ラオがこの面談を用意した主催者だからだろう。力関係もある。金、商品、信頼、コネクション、それらすべてを駆使した経済による暴力。

「誰もかれも、この都市では嘘ばかりだ。契約上では嘘がつけないから、契約外を嘘で塗り固める。まったく嘆かわしい、商品を差し出し、ただ粛々と代価を勝ち取ればいいだけなのに」

「そりゃ――強いもんの理屈でしょう。ラオ祭祀のように、地位も、名誉も、財力もある実力者だけが出来る振る舞いです。対して、私どもはひどく弱い。虚勢を張らねばこの場に立てぬほどです」

 露骨な世辞だ。ともすれば皮肉に聞こえるような誉め言葉に、ラオは唇の両端を吊り上げる。

 たるんだ皮を振るわせて、大声で笑いだした。

「君、中々言うなぁ! いいねぇ、そういうのは大好きだ!」

 勿体つけるように間をおいて、ラオは自信満々に口を開く。

「では、私はこう言おうか。――すべて、くれ。物、技術、知識、そして君たち自身。何もかも、だ。君たちが私の傘下に入ってくれるのなら――」

 同席するハウロンの咎めるような視線に気付き、

「私たちの傘下に入ってくれるのなら、君たちはより多くの利益を望めるだろう。なんというんだったか……そう、新技術試験場。あの場所も君たちには手狭だ。私たちは君たちの価値に相応しい投資を行う用意がある」

 祭祀としての傲慢、商人としての強欲さを、ラオは隠そうともしない。

 条件としては確かに破格だ。ラオが千明組の価値をどう見積もっているか、はっきりと窺い知れる。伏見と同じ、あるいはそれ以上に評価しているらしい。

 ただ、ラオの条件には重要なものが一つ、欠けている。

 意思決定の自由だ。

 そのたった一つで、拒絶する理由は十分だった。

「マトロ祭祀代行もおっしゃってますが、未だ再現すら危うい技術ばかりです。投資に値するだけの成果があれば、私どもも胸を張ってラオ祭祀の投資を受け入れるのですが……」

「それは嘘かね?」

「……既に見抜いておられるのでは?」

 伏見のおべっかに、ラオはしばし黙考する。

 迂遠な拒絶であることは明白で、けれど一理はあると踏んだのだろう。ラオは伏見への要求をひとまず収め、ラオは手を叩いた。

「ふむ。ま、いいだろう。信用がなくては取引もままならないだろうしな」

 音を立てて椅子から立ち上がり、ラオは伏見に手を差し伸べた。

「よりよい関係が築けること、心より願っているよ。伏見君」

「こちらこそ、ラオ祭祀」

 伏見と握手を交わし、ラオは自分の椅子へと戻っていく。

 蚊帳の外に置かれていたマトロとハウロンは中断されていた交渉を再開し、伏見は悟られぬよう、内心で密かに溜息を吐いた。

 ひとまず、祭祀の一人の敵対するような事態は回避できたらしい。

 正直なところ、ラオのように力ずくで攻められれば成す術はない。アルカトルテリアでは暴力などものの役に立たないが、だからといって安全というわけでもないのだ。

 両祭祀が損失を厭わなければ、マトロ商会、アクィール商会もろとも千明組を潰すことは可能だろう。

 交渉の場でなければ胸を撫でおろしているところだ。

 マトロとハウロンの交渉は、概ね伏見の予定通りに進行していた。両祭祀に腕時計を卸し外部への販売を許可すること、新技術試験場で開発されている技術の一部公開など。

 多少は譲ったが、決して損はしていない。この時代では電池式の時計を再現することなど出来ないし、技術は元より公開するつもりだったものが殆どだ。祭祀のうち二人にコネクションを持つことが出来たのだから、組にとってプラスだとみるべきだろう。

 まずまずの成果に、伏見は肩の力を抜いた。




「本当に、送らなくっても大丈夫ですか?」

「おうよ。せっかくだしな」

 交渉が一段落して。

 屋敷の使用人が総出で見送りするロータリーに、伏見は見送る側として立っていた。

「せっかくコイツも貰ったし。例の神さまの件もあるから、ちょいと冷やかしてくる」

 答える伏見の視線は、アルカトルテリアを囲む白蛇に遮られたその先、――ファウラ・ラドの片割れ、工業地帯のセトに向けられている。

 右手にあるのは金色に輝く飾りボタンだ。

 大荷物は持ち込めないが、マハディーの祭祀門を自由に行き来できる通行証である。

「明日の夜には帰るから、用事があれば明後日にな」

「はい! それじゃ、頼まれてた件はそれまでに。失礼しますね」

「……やはり無視されているな?」

 二人の会話に口を挟むのは、同じくロータリーで馬車を見送るマトロだ。彼は彼で、何やら用事があるらしい。

 確かに、伏見がいなければ客車内の空気は一段と悪くなるだろう。そうした方が無難だ。

「あーあなた……えっと、誰でしたっけ。交渉役、お疲れさまでした。……なんですか、ご褒美でも欲しいんですか? 卑しい男ですね」

「伏見! 伏見! 腹が立つぞこのガキ!」

「自業自得じゃね?」

 名残惜しそうに、ファティを乗せた馬車はゆっくりとロータリーを走り出す。

 その姿を見えなくなるまで見送って、伏見は所在なく階段を降りて行った。

「……伏見。私は馬車を手配しているが、君はどうする?」

「歩くのを嫌うほどいい御身分じゃないんでね。気ままに行くよ」

「そうか、ではな」

 ファティになつかれるのも悪くはないが、マトロのビジネスライクな別れ方も楽でいい。

 マハディーの祭祀門までの距離は二キロほど。ちょっとした散歩だ。

 多くの商人が行き交う大通りの端を歩き、白蛇の胴をくぐってセト側へ。

 祭祀門の周囲には露店のような造りの小さい店が密集し、多くの人で賑わっている。境界を越えた途端に人種、建築方式、空気の匂いが変わるのは面白いものだ。

 言葉通りいくつかの店を冷やかしながら伏見は街を歩き――

 ――物陰から振り下ろされた棍棒の一撃に、成す術もなく意識を失った。

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