111話.ヤクザ、出会う
「両祭祀に関する情報なら私に聞くべきだろう? 社交の場で挨拶をした程度の小娘など話にもならない。私は市場で彼らを相手取っているんだ」
もっともらしい口上を述べ立てるマトロへ、ファティは無言のまま冷ややかな眼差しを向ける。
「……あなた、まだいたんですか」
「書状は元より私宛だ。馬車を用意したのも! ここにいたらおかしいかね!」
「おかしいですね。頭と服が」
「これはオシャレというものだ!」
マトロに対するファティの反応はいちいち辛辣だ。
当たり前といえば当たり前。先の一件、マトロがアクィール商会の祭祀座を奪わんとした謀略に巻き込まれ、ファティは意に添わぬ結婚を強いられようとしていた。その結婚相手がマトロ、目の前にいる蟹男だ。潔癖な少女にとっては顔も見たくないような相手だろう。
「権力者とのつながりをこれ見よがしに語るなんて、品のないこと。これだから成り上がりは……」
「は、その成り上がりに祭祀の座から引き下ろされたアクィール家の小娘が良く言う。そうやって虚名ばかりを誇るからこそ没落するのでは?」
「……そういうお前は借金漬けだけどな」
「ぐ、ぬ……!」
伏見の言葉に水を差され、マトロはうめきつつも引き下がる。
祭祀代行としての地位を手に入れたが、その実態は単なる雇われ店長だ。借金を盾に脅されて自由も少ない。
借金の金額は莫大で、その利子だけでも相当なものになる。返済するためにはなるべく早く金を稼がなくてはならないが、祭祀代行の座に就いた際の契約によってアクィール商会に利益のほとんどを流さなくてはならないのだ。
返済が終わったところで、アクィール商会は現時点よりも強大になっているだろう。アクィール商会とマトロ商会の格差は広がり、癒着は著しく、下手を打てばそのまま傘下に組み込まれるかもしれない。
きっちりカタに嵌めこまれているのだ。逆らえば逆らうほど利子は膨れ上がり、現状は悪化していく。マトロとしては伏見やアクィール家と友好関係を維持する他に選択肢はなかった。
「ファティの嬢ちゃんは俺のアドバイザーだよ。まだこの都市には慣れてないもんでな。で、俺はおまけ。交渉役はあくまでもお前さんだ。不服はねぇだろ」
「フン……」
背もたれに上体を預け、マトロは足を組む。
「彼らが寛容であるのは私たちが格下であるうちだけだ。そして既にアクィール商会と当商会の協力関係は両商会の片方を凌駕しうる。彼らはここで私たちを抑え込む気だ」
「ならどうする? 新進気鋭の商人サマとしては」
「自慢ではないが――綱渡りは嫌いじゃなくてね。金貨と権益を乗せた秤の上、彼に踊ってみせようじゃないか」
「上等。頼りににしてるよ」
マトロはクズだが、極めて有能なクズだ。今でこそ奴隷のような立ち位置に甘んじているが、それだって騙し討ちのような手段をとらなければ不可能だった。
味方にしておいてよかったと心から思う。
伏見の隣にふんぞり返るマトロの向こう、馬車の窓からは刈り取られたあとの麦畑が見えていた。
収穫が終わったばかりとはいえ、畑を遊ばせておくわけにもいかないのだろう。農民らは鍬で畑を起こし、なにがしかの種を撒いている。
会談の場所となるラオの私邸は、アルカトルテリアの中心地から遠く離れた農耕地帯に存在していた。
遠方からでもよく見える、緻密な彫刻の施された聖堂のごとき建造物。
広大な敷地には富と権勢を誇るようにいくつもの彫像や木々が立ち並ぶ。敷地を囲う鉄柵は豊かで美しい庭を独占するためのものだろう。
財を貯え、美を愛し、しかしそれらを分け与えることはありえない。そんな家主の心根がうかがえる。
伏見らを乗せた馬車が近づくなり、重厚な門扉が開かれた。馬車は停まることなく、曲がりくねった石畳の上を通って屋敷前のロータリーへ。
使用人らしき男が、礼と共に一行を迎える。
「ようこそおいで下さいました。私、ラオ祭祀より皆さまの案内を任されましたティエロ・ステロイアと申します。以後、お見知りおきを」
「こりゃどうも、ご丁寧に」
軽くお辞儀を返しながら、伏見はティエロを観察する。
異世界の人間であるという点を除けば、ティエロはごく普通の男だ。
草木染のミュセを折り目正しく着こなし、背筋はよく、肩までかかる黒髪は女のように艶やか。
年齢もちょうど伏見と同じくらいだ。背は少し小さいが、アルカトルテリアの中では平均といったところだろう。顔立ちは整っているがどうにも地味で、雑踏に紛れればすぐ見失ってしまいそう。
一見すれば気の良さそうな普通の男で、けれどどうにも気が置けない。
短い自己紹介からも、丁寧な言葉では隠しきれない自己主張と胡散臭さが透けて見える。
「……よく私の前に顔が出せたものだ、狐め。今の飼い主はラオ祭祀か?」
「私めのような商いでは、依頼人の顔を隠すことが第一でして。マトロ祭祀代行もお判りでしょう?」
馬車を降りるなり、マトロは刺々しく言葉を吐き捨てた。
後に続くファティも、ティエロの顔を見るなり表情を険にする。
「あー、なるほど。マトロの旦那、俺にも紹介しちゃくれないかね」
「……元は、アクィール商会で使っていた便利屋だ。例の件で私が裏切らせた。以降は私に従っていたが、君に嵌められてからは連絡も取れず――そして、今はここだ」
「裏切りだなんて人聞きの悪い。当商会は全ての仕事を誠実にこなしております。アクィール商会も、マトロ商会も。契約の不履行など我らの都市ではありえない。そうでしょう?」
――ヤクザやマフィアのような犯罪組織は、社会に蔓延るカビのようなものだ。
人が集まり、法が敷かれれば自ずと発生する。
暗がりを好み、ひたすらに金と力を追い求める、厄介なカビ。
「居ないわけがねぇとは思っちゃいたが、顔を合わせるのは初めてだ。よろしくどうも、ご同業」
「これはこれは。光栄です、千明組若頭伏見様」
差し出された伏見の手をやんわりと握り、ティエロは糸目の奥、色味の薄い瞳をわずかに覗かせる。
「なんつーか、CV石田あきらって感じだなぁ」
「なんのことです?」




