110話.ヤクザ、相談する
都市とは言うが、アルカトルテリアの性質は国家に近い。
領域を確保し、住民は神の下に統一され、四人の祭祀が徴税権を筆頭に様々な国家権力を行使している。国家としての要件は満たしているのだ。
形態としては神権政治に近いが、ここは神が実在し力を持つ神域都市世界である。元の世界とは勝手が違う。
戒律によって商契約が強制され、また個人の財産が保護されるこの都市において、統治者の仕事は限定的だ。道路整備等の公共事業や通商路の策定を含む外交、あるいは戒律の隙間を縫うようにして行われる犯罪の取り締まり。
そうやってアルカトルテリアは回っている。
四人の祭祀と彼らが率いる商会、そして祭祀会に名を連ねる特権商人らは統治者だ。彼らは司法府であり、立法府であり、行政府である。
伏見を呼び出したのは、そんな権力者からの書状だった。
「えー、マハディー商会とジャダ・カイラム手工業ギルド連合、だったっけか」
この都市にやってきてから、既に一月が経過している。
さすがに祭祀会に名を連ねるお歴々のプロフィールくらいは把握済みだ。
「マハディー商会は取り立てて特徴がないが、扱っている商品の種類と量に関してはアルカトルテリアでも並ぶものがいない。祭祀のラオは欲深で、とりわけ美術品や貴金属に目がないコレクター。ジャダ・カイラム手工業組合は――組合っつーだけあって派閥関係が複雑だ。祭祀のハウロンは賄賂裏切り謀略だらけの組合で身を立てた叩き上げ。元はガラス職人で、今も現場で指揮を執る鉄人、と」
暗記してきた交渉相手のプロフィールをつらつらと語り終えて、伏見はようやく息を吐いた。
祭祀の一人、ラオ・マハディーの私邸へと向かう馬車の中だ。向かいの座席に腰掛けていたファティが、満面の笑みで手を叩く。
「はい、よくできましたっ」
「あーめんどくせぇ……。今から帰っちゃダメかな」
「別に帰ってもいいですけど、仕返しされても知りませんよ?」
なるべく角を立てずに、というのが伏見の基本方針だ。相手の方から招待してくれるというのだから、断る理由はない。
それはそれとして、気が重いのも事実だった。
「……お偉いさんと会うのはどうも苦手だ。肌が合わねぇっつーか、なんつーか……」
「父に会うときはノリノリだったじゃないですか?」
「そりゃ、用事があったからな。こっちは何の用もねぇのに、なんで会いに行かなきゃならねぇんだか……」
相手はまっとうな権力者だ。商人として活躍する傍ら、統治者としての責任も果たしている。
日陰者のヤクザとしてはどうにも苦手な人種だ。
「マハディー商会もジャダ・カイラム手工業ギルド連合も、今はファウラ・ラドと接続中なんだろ? 俺らなんか相手にしてていいのかね」
「ラオ祭祀は仕事のほとんどを任せていますからいつも通りです。問題はハウロン祭祀の方ですね……。現場主義の方ですから、こういう手段をとることは稀なんです。それだけ伏見さんを重要視しているってことでしょうね」
「あーやだやだ。こっちは零細なんだから余裕たっぷりでいて欲しいね」
愚痴を言いながら、伏見はラオからの書状に目を通す。
この世界の翻訳機能は文字にも確かに機能している。やたらと格式張っていて回りくどいが、内容は極めてシンプルだ。
アクィール商会で行っている腕時計のレンタル事業に自分たちも一枚噛ませろ。
機械式腕時計の量産計画に協力するから、その代わり販売にはうちを通せ。
二人の祭祀の連名による、至極丁寧で真っ当な脅迫状。
「……伏見さんはどうするおつもりなんですか?」
「どうするって言われてもなァ……」
交渉のための材料は用意したが、結局は相手の出方次第だ。
「一つ。両商会の規模を合わせると当商会の三倍程度になります。二つ。アルカトルテリア神域内では殺されることも拷問されることもありませんが、経済的に相手を潰す手段ならいくらでもあります。三つ。両商会ほどの規模であれば、あまりよろしくない商会も二つ三つ子飼いにしていても不思議ではありません」
口を挟んだのはファティの御付きだった。
臙脂色の髪をアップにした長身の女性だ。年齢は三ツ江と同じくらいだろうが、落ち着いた風貌のせいかいまいちはっきりしない。メイド――というよりは秘書か家庭教師のような雰囲気で、顔を伏したまま横目でちらりと伏見を眺める。
「ご参考までに。――無用でしたか?」
「いんや、ありがとうよ。そういやアンタと話したのは初めてかね。名前は?」
「テアと申します。以後、お見知りおきを」
目礼と共に、テアは口を噤む。
自分はファティの御付き、添え物に過ぎない。そんな態度だ。
好感は持てるが、いまいち人格が把握できない。
「ま、そんなわけで逆らうってのはナシだ」
「じゃあ両祭祀に従うんですか?」
「それもナシ。多少なら構わねぇけど、今んところ時計の事業はウチの目玉なんでね。持ってかれるのを指くわえて見てるわけにもいかねぇだろ」
条件次第では受け入れてやるけども、主導権はこっち。それが伏見に出来る最大限の譲歩だ。
「だったら……」
「いやなに、簡単な話だよ。相手が欲しいのは時計じゃねぇ。――利益だ」
座席から身を乗り出して、伏見は口の端を吊り上げる。
「勘弁してもらう代わりに、別の儲け話をくれてやりゃあいい。両商会の手を借りなきゃ出来ねぇようなもんを」
篠原に任せた新技術試験場では、未だ試すことも出来ていない技術、商品がいくらでもある。物資も不足しているのだ。投資してくれるというのなら是非もない。
「……さっきから、君たちは私たちのことを無視していないか?」
水を差したのは、馬車の客車にいた最後の一人。
虹色に染め上げた蟹のような髪型。大阪のおばちゃんが好みそうな原色のミュセと、毎日の激務でくたびれた表情。
ミルカセの小僧、祭祀代行にして千明組のポチ。
蟹男こと、マトロその人だった。




