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異世界ヤクザ千明組  作者: 阿漕悟肋
鏡面相克都市・ファウラ=ラド 上
109/130

108話.ヤクザ、頼まれる

 その異常に気付いていたのは、伏見ただ一人だった。

 異形と評すべき少女をはっきり視認したあと、伏見は慌てて周囲を見渡す。

 アルカトルテリアの大地をその身で囲う多頭の蛇。伏見達がいるのはその上だ。都市を囲む城壁のようなもの、と考えれば分かりやすいだろうか。階段もなければスロープもなく、その上に辿り着くためには祭祀の権限を用いて蛇の身体を地表近くまで下げる必要がある。

 今はファウラ・ラドとの接続作業中で、戦場を見物しようという物見高い連中が何人か蛇の身体の上にいた。

 それでも、伏見が見渡して数え上げられる程度の人数だ。視界も開けていて、隠れるような場所もない。

「……なァ。三ツ江、あそこにいるガキ、お前にも見えるか?」

「ファティちゃんならさっきからそこに……んん?」

 伏見に指摘され、ようやく三ツ江も少女に気付く。

 どうやら伏見だけの幻覚ではないらしい。三ツ江に遅れて、ファティやレイエも少女の存在に気付き始めた。

 少々遅すぎるくらいだ。

 両目を革帯で覆った異形の少女は、興味深げに天体望遠鏡を覗き込んでいる。

「あー、もしもし? そこのお嬢ちゃん、こんなとこでなにしてんだい」

 懐の拳銃に手を伸ばしつつ、表面上は友好的に、伏見は少女へと歩みを進めた。

 アルカトルテリアの神域内では、戒律により他者の財産を傷つけることが出来ない。本人の肉体も財産の一つだ。

 相手に向かって撃てない拳銃では威嚇にしかならないだろうが、伏見は銃杷を握り引き金に指をかける。

「ふしみん、控えて下さい、この御方は……!」

「急にそのネタぶっこむの止めてくれない?」

 反射的にツッコミを入れたあとで、伏見はレイエの言葉を吟味した。

「……この御方?」

 神学者であるレイエが控えるよう促したことで、ふと思い当たる。

 少女が纏う非現実的な雰囲気は、この異世界に来て以来、何度か経験していた。初めてアルカトルテリアの偉容を目にしたとき。アウロクフトの神樹を見上げたとき。そして――今だ。

 靴を脱いだ足裏に感じるのは、すべらかな蛇の鱗。

「この御方は、ファウラ・ラドの主神、召し連れるリウレライト。――控えて下さい。敬意を」




「このお茶、おいしくない」

 サーブされたカップに口をつけて、最初に言った言葉がそれだった。

 召し連れるリウレライト。

 ことさらに白く、ただその身の内を黒く染め上げた異形の少女は、眼下に広がる都市、ファウラ・ラドの神さまであるらしい。

「……んで、このお嬢ちゃんは一体どっちの神さまなんだい」

「ちょっとふしみん、リウレライト様は本物の神さまなんですから。もっと敬意を持って」

「その前に敬意を持つべき人が居るんだが。俺の目の前に」

 隣に座るレイエと小声で会話しながら――はたして本物の神さま相手に内緒話が通じるのかはともかく――伏見は横目でリウレライトを観察する。

 その振る舞いは子どもそのものだ。温いお茶に飽きて、今は菓子盆に載せられた焼き菓子やドライフルーツを黙々と口に運んでいる。こちらがやきもきしていることなど考えもしないようだった。

 金糸で刺繍の施された衣服は薄く、水着よりも露出が多い。そのせいか眼帯と腰帯がやたらと目を引いた。腰帯に吊るされているのは金槌や鑿、つるはしを象った銀細工。察するに――

「ウェナ、鉱山側の神さまか?」

「おそらくは。……少なくとも、文献による記述とは一致しています」

「なんだ、実際に見たことはねぇのか」

「無茶言わないでくださいよ。人型の神は滅多に姿を現さないケースがほとんどで……」

 その希少なケースが今目の前にあるわけだ。レイエはさっきから熱のこもった眼差しをリウレライトへと向けている。

 亀、象、蛇、そして木と、この世界にやってきてから様々な神さまを見てきた。人型の神と遭遇するのは初めてだが、考えてみれば驚くようなことでもない。

 世界的に見れば、神様のほとんどは人型だ。

 人が何に神聖性を感じるか、という話。

 獲物を狩り天災で死ぬような暮らしをずっと続けていれば、人は自然に敬意を持つようになるだろう。雨、雷、火山、そして星と獣。

 人類が農耕をはじめ、大都市と文明を築くにつれてそういった原始的な神さまはひっそりと姿を消し、徐々に人の姿をとるようになった。その土地を支配する王の祖先を神として崇めることもある。

 現代では人型の神さまもすっかり鳴りを潜めて、バンドのライブやネット上に現れるようになった。

 曰く、神を見た、だ。

 神を神たらしめる神聖体験は、今や巷に溢れだしている。

 果たして、ファウラ・ラドの人々は一体何に神を見たのか。

「滅多に姿を現さねぇっていう神様が、今日は一体何の用かね」

「知りませんよ! そんなの私が聞きたいくらいで、ああもうサインとか欲しい……!」

「……サインとかあんの?」

 こそこそと話し合う二人を――正確に言えば伏見を、リウレライトはじっと見つめていた。両目を塞がれていても、神は人ならざる方法で周囲を把握できるのか。

 焼き菓子で乾いた口をお茶で洗い流し、畳んだ膝の上に手を乗せる。

「こほん。あ、あー」

 咳払いで一同の視線を集め、

「まつろわぬ君よ。この争いを――止めては、くれぬだろうか」

「いやぁ、ウチはただのヤクザなんで、そういうのはちょっと無理だなァ」

 その話はさっきもしたし。

 大体、個人が戦争を止められるはずもないだろう。どんな美味しい餌を吊るされようが、無理なものは無理だ。

「……無理?」

「ああ、無理無理。戦争止めたいなら大統領でも呼んでくれ」

「……ホントのホントに?」

「何度聞かれたって答えは変わらねえよ」

「そっか……」

 リウレライトは俯いて、ポーズを変えないまま――スーッと、その場からかき消えていく。

「まぁまぁまぁ、待って待って。話は聞く、話は聞くから」

 神さまは本当に、見た目通りのお子様であられるらしい。

 出来るかどうかはともかく、値を吊り上げられるだけ吊り上げよう。そんな交渉術すら理解してくれないようだ。

 眼帯で遮られた眼差しで、リウレライトは伏見を見る。

 ――何、話を聞くだけならタダだ。依頼は受けられないにしても、神さまとコネクションを持つのはいいことだろう。

 決して情にほだされたわけではない。

 ほんとにちがうったら。

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