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異世界ヤクザ千明組  作者: 阿漕悟肋
鏡面相克都市・ファウラ=ラド 上
108/130

107話.ヤクザ、遭遇する

「まぁスルーで」

「スルーって……え、何もしないんですか!?」

「お嬢は俺らを一体何だと思ってるんですかね?」

 伏見はお嬢に質問を返すけれど、言われてみれば確かに、思い当たる節はある。

 この異世界に転移して以来、トルタス村、アルカトルテリア、アウロクフトとちょっかいを出し続けていたのだ。そしてそれら全てを指揮したのが伏見である。お嬢の言葉に文句は言えない。

 けれど、それはそれとして伏見にも言い分はある。

「これまでの件は組に必要だったから手ェ出しただけです。チンピラじゃねぇんだから、なんにもしてねぇ堅気の人に噛みついたりはしませんよ」

「いえ、その……戦争を止めたりは……?」

「無理ですよ。ウチはただのヤクザでしかねぇんですから。大体、利害関係もねぇ他人がよそ様の戦争に口を挟もうなんてお節介にも程がある」

 ファウラ・ラドの全景を、伏見は冷めた目で眺めた。

 相手が神敵であろうと、戦争と呼ばれるからには死者だって出ているだろう。思うところはないでもないが、結局は他人事だ。

 組員を危険に晒してまで関わるつもりはない。

「あの、ちょっといいですか」

 遠慮がちに手を挙げたのは篠原だ。敷いてあったゴザから、億劫そうに立ち上がる。

「何もしないってことは、商売もしないってことですか。今回は無理でも、半年後なら原始的な銃の試作品くらいなら……」

「あー、それな。定番っちゃ定番なんだが、今回はナシってことで」

「定番……?」

「や、こっちの話こっちの話」

 頭を振って、伏見はちょうどいいとばかりに篠原を天体望遠鏡へと招く。

 熱心にレンズを覗き込んでいたファティに退いてもらい、農村側の神敵が居そうな辺りに天体望遠鏡を向けた。

「所々で黒煙が上がってんの分かるか? あの辺なんだけど」

「んー……いや煙でなんも見えないですね。てか今自分どこを見てるんですか」

 すんなり見つかれば話が早くて助かるのだけれど、距離が遠ければそれだけ焦点距離の調整には時間がかかる。望遠鏡の先端が一センチズレるだけでどこを見ているかもわからなくなる程に遠いのだ。

 たっぷり三分以上の時間をかけて、ようやく篠原の視界が目標に辿り着く。

「……なんですか、あの水筒ぶら下げた槍みたいなの」

「火槍だよ。極めて原始的な、火薬兵器」

 神敵の一体だろう。歪な甲冑を纏った三メートル超の巨人が兵士たちと洋ゲーみたいな戦いを繰り広げている。

 その足元へ、小柄な一人の兵士が伏見の言う火槍を突き立てた。周囲の兵士が揃ってその場から退避し――途端、天体望遠鏡の視界が黒煙で覆われる。

「槍に火薬の入った筒を取り付けただけのお粗末な代物でな、貫通力もなければ射程も短い、威嚇用のおもちゃだよ。ただ、相手があのデカブツなら効果はあるだろ」

 しばし待ち、黒煙が風で流されたあと。

 見えたのは片膝を突き、兵士たちに囲まれる巨人の姿だった。ふくらはぎの肉が爆ぜ、傷口には未だ黒煙がくすぶっている。

 肉厚の斧を振るって兵士たちを追い払おうとするが、背後から二つ、三つと火槍を突き立てられて、それきりまた姿が見えなくなる。

「あんなもんがあるんだから、火縄銃なんて見せたらすぐに真似されるだろ。いや、もうどっかの誰かが作ってたっておかしくはねぇ」

「だったらなおさら、こっちも早く作らないといけないんじゃないんですか」

「逆だよ逆。……要となる火薬を既にあいつらは手に入れちまってんだ。こっちは生産力も低いし、量産されたら勝ち目はねぇ」

 解決方法としては、火縄銃よりも先の技術を手に入れることだろう。

 無硝煙火薬や雷管、ライフリング。

 どの技術も、千明組では未だ開発の目途が立っていないものだ。それらの研究は進めるべきだが、すぐ真似できるような火縄銃を作るのは時期尚早だ。

「大体、俺らァヤクザだからよ。戦争は戦争屋の仕事だろ。俺らの仕事は戦争が終わってから、だ」

 奇妙な話に聞こえるかもしれないが――ヤクザにとって、戦争はあまり好ましからざる環境なのである。

 徴兵、労役は言うまでもなく、国内経済が衰えればヤクザの食い扶持は減っていく。戦費を稼ぐ為に徴税は厳しくなり、市井には賭博や女遊びをする余裕もなくなってしまうのだ。

 国内の統制を取るために警察権力は強化されて、不和の種となるヤクザのような破落戸は真っ先に取り締まられてしまうだろう。

 ヤクザは社会に対する寄生虫のようなものである。

 宿主が健康であればこそ繁栄できる生物であり、傷口や死骸に沸くウジ虫とは生態が違う。

「まぁ、そんなわけで。この都市はとりあえずスルーな。ファウラ・ラド関連の商談が来たら全部こっちに回してくれ。お嬢もそれでいいですね?」

「……伏見さんはそれでいいんですか?」

 先ほどの仕返しだろうか。

 伏見の質問に、お嬢は質問で返す。

 怒りでもなければ非難でもない。伏見を問い質すお嬢の表情は、不安だ。

 その表情の意味がイマイチ分からず、伏見は三ツ江へと視線を送る。けれど、お嬢担当の三ツ江は呑気にサンドイッチを頬張っていた。お嬢の言葉は聞こえているだろうに、気付いた様子もない。

 ――だったらまぁ、気のせいか。

 勘違いだと割り切って、伏見はお嬢へ答えを返す。

「こんなもんでしょう。リスクの高い案件に手ェ出すより、今は足元を固めるターンです。よそ様の家庭事情より自分ちの財布事情ってことで」

 そのまま、伏見はゴザの方へと歩き出した。天体望遠鏡を囲んでいたファティらに声を掛けようと振り向き――

 いつの間に、そこに居たのか。

 篠原が譲った天体望遠鏡をファティが覗き込み、レイエはやや離れた位置から興味深げに現代日本の道具を眺めている。

 そこにもう一人、誰かが居た。

 十かそこらの子供の身体。

 作り物とすら思える生白い肌、編まれて肩に垂れた髪は白く透き通り、纏う衣すらひたすらに白く漂白されている。

 触れる端から壊れてしまいそうな、硝子細工の少女。

 周囲の誰も、少女に気付いていない。ただ、少女だけは伏見の視線を察知して振り向いた。

 無骨な革のベルトで両目を覆い、ぽかんと開いた唇から――唾液に濡れた漆黒の口腔が覗いている。

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