106話.ヤクザ、聞かされる
「馬鹿じゃねぇの、こいつら」
「あっ、伏見さん! 次! 次は私いいですか!」
ファティはそうせがむけれど、生の戦争は子供の情操教育によろしくないだろう。俯角を大きく取れるよう改造した天体望遠鏡の角度をそっとずらしてから、伏見はファティに場所を譲る。
ズレてしまったピントの調整方法を教える伏見を遠巻きに眺めながら、お嬢はぽつりと呟いた。
「なんでヤクザの屋敷に天体望遠鏡が……」
「や、アレは兄貴の私物っスよ?」
お嬢の隣で、三ツ江は水筒からお茶を注いでいる。
こちらの世界で製造した魔法瓶もどきだ。真空にも出来ず、内部にガスを注入することも出来なかった粗悪品である。おまけにデカくて、とにかく重い。象印さんは凄かったんだなぁと思い知らされるような出来だった。
うっすらと湯気の立つカップを受け取って、お嬢はそのふちに唇を近づける。
「意外……。伏見さんって天体観測が趣味だったんですね」
「趣味っていうか、まあカラオケ行くと大体いつも歌ってるっスね」
「え?」
「はい?」
もともとは一つであった都市が二つに分かたれて、争い、両都市の英雄が神敵と化した。
それがファウラ・ラドの戦争、その実態だ。そこまでは理解できる。
「そもそも、こいつらなんで殺し合ってんだ。身内同士じゃねぇの?」
当然といえば当然の疑問を、伏見は苦々しく口にした。裏切りや仲間割れはどうにも好かない。たとえそれが他人事であったとしてもだ。
伏見の様子には気づかず、レイエは呑気にファウラ・ラドの一点へと指先を向ける。
「えーっと、たぶんあの辺りですねー」
ウェナ側とセト側の境界、流れる川にほど近い場所だ。肉眼では到底確認できないが、そのちいさな丘の上には祭壇が置かれ、一振りの剣が突き立てられている。
「争いが表面化する前から、鉱山側と農村側との間には不和の種が存在していたそうです。鉱山を開発するための都市でしたから、農業はおまけ……というより、山にも入らず鍛冶も出来ない役立たずの仕事だって見下していたそうです。当初はそれでもよかったんでしょうけれど……」
高所から見下ろせば一目瞭然だ。
平坦な土地に乏しく家屋が密集した鉱山側に比べ、農村側の土地は広大で、街並みも整然としている。
採掘できる資源に限りがある鉱業とは違って、農業は手間暇さえ惜しまなければ百年単位で継続可能な産業だ。開拓の難易度も天と地ほどの差がある。どれだけ深く穴を掘ったところで、鉱脈に突き当たらなければ無駄骨にしかならない。
長い時間を経て、力関係は逆転してしまったのだ。
大した儲けにもならない被差別側の農村が、鉱山側に偉そうな口を利く。当人らにとってはさぞや不快なことだろう。
農村側としても同じことだ。既に衰えたというのに、鉱山側は未だ支配者の如く傲慢な振る舞いをやめようとしない。
互いに不満を抱えたまま、両者は辛うじて一つの都市としての体裁を保っていた。いずれ暴発するのが自明の理であったとしても、だ。
「数十年前、屠殺や洗濯を担う身分卑しき人々が、あの場所で新たな鉱脈を発見してしまったんです」
「……あんな川沿いに、鉱脈ってのはよく分からねぇな。具体的には何が採れるんだい」
「私も詳しくは……。なにしろ調査もろくに進まないまま奪い合いが始まってしまったらしくて。当時の記録もあまり残っておらず、風聞ばかりが広まっているみたいです」
要するに、利権の奪い合いによって内紛が起きてしまったわけだ。神が実在する異世界においても、人間は人間であるらしい。
「彼らは農村側に属しており、一方で採掘には鉱山側の技術が必要でした。協議はこじれにこじれ、小競り合いから殺し合いに発展、最終的には金属加工に優れた鉱山側が勝利しました。けれど、本格的な採掘がはじまる前に神敵の変異が起こって――」
説明の盛り上がる部分だったのだろう。一拍置いて、レイエはファウラ・ラドの全景を背に両腕を大きく広げる。
「以来、彼らは何十年と戦い続けています。争うことによって生まれた、醜悪なる互いの似姿と」
「……鏡に吠えてる犬のほうがなんぼかマシだなァ」
皮肉を口にしながらも、伏見は頷いて納得した。
人の集団が抱く「恐ろしいモノ」のイメージが神敵と化す。そんな法則が存在する異世界で戦争をすると、こういうオチを迎えるわけだ。
「でもま、神敵と戦ってるってんなら殺し合いは収まったんだろ? ならそれでいいじゃねぇか。殺し合いもなければ戦争も終わり、すべて世はこともなし、だ」
「戦争はまだ続いてますよ?」
「……あん?」
レイエはあっけらかんと言い放ち、鉱脈が発見されたという場所をもう一度指さす。
「あそこの……えっと、多分あのあたりにあるはずなんですけど。鉱脈へと続く坑道の入口に築かれた祭壇には、勝利と統一の証として一振りの剣が突き立てられました。名をセイル・ウェンカナ。鉱脈の所有権、ひいてはファウラ・ラドの正統を示す剣を両都市は狙っているんです」
「鉱山側が神敵を排除すれば、農村側は鉱山側の兵隊と自身の神敵を同時に相手どらないといけないんですよねー。逆も同じです。秋ごろに発生する神敵をより早く倒した方が有利になるから、ちょうどこの季節は戦争シーズンでしてー」
「シーズンて、イチゴ狩りじゃねぇんだから」
接眼レンズから顔を上げたファティの補足に軽くツッコミを入れたあと、伏見はしばし黙考する。
利権争いで分裂し、殺し合う双子都市。
戦争の主目的たる鉱脈、セイル・ウェンカナの奪い合い。
甲冑で身を固めた巨人と、必ず七人殺す弓手。
導き出される答えはたったの一つだけだった。
「……伏見さん、どうするんですか?」
ふと気付けば、お嬢がカップを持って伏見の傍らに立っていた。
差し出された温いお茶を受け取って、一口飲み、言う。
「まぁスルーで」
スルーて。




