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異世界ヤクザ千明組  作者: 阿漕悟肋
鏡面相克都市・ファウラ=ラド 上
106/130

105話.ヤクザ、戦場を見物する

 伏見の視界に映る光景は、分類すれば確かに戦争ではあったのだろう。

 ただしここは異世界であり、元の世界とは常識がまるで異なる。

 フィクションを無理やり現実に持ち込んだような戦いが、眼下に繰り広げられていた。

「うっわ、なんだアレ。何メートルあるんだ」

 接眼レンズを覗き込んでいた伏見は、安全圏で呑気に呟く。

 雨にぬかるんだ大地を踏みしめて、五メートル超の巨人がそこに居た。何十もの鎧甲冑を叩き潰して拵えた歪な鎧を身にまとい、その体躯に相応しい豪剣を振りかざして戦場を蹂躙する。

 ――遠方から眺めていれば、その程度のスケール違いは見逃されるものだ。巨人が巨人であると理解できるのは、人間サイズの兵士が複数で巨人と対峙していたからである。

 空振りして地面に突き立った鉄塊を駆けあがり、軽装の歩兵は隆起した僧帽筋めがけて剣を振りかざす。

「どっちも頭おかしいなーコレ。おっかねぇー」

「ファウラ・ラドの人々は加護により戦闘能力が向上していますから、頭がおかしい訳じゃないですよ? 五メートルの巨人は……多分、“貫く”レネグレイですね。神敵の核たる存在で、生前はウェナ側の英雄だったんです。……あんなにおっきくはなかったらしいですけど」

 傍らに立つファティからの説明を機に、伏見は先ほどまで覗き込んでいた天体望遠鏡から顔を上げる。

 アルカトルテリアの大地を取り囲む大蛇の上。

 伏見ら千明組の一行は、弁当片手に次の都市を下見に来ていたりした。

 大体まあ、ピクニックみたいなもんである。




 一つの川を境にして、二つの都市が向かい合っている。

 北方には山脈を背にした鉱業と鍛冶を主とするファウラ・ウェナ。

 南方にはなだらかな丘陵地帯に農地を広げたファウラ・セト。

 その二つの都市をまとめて、アルカトルテリアではファウラ・ラドと呼んでいるそうだ。

「と、いうより。元々は一つの都市だったんですよ」

「元を辿れば、開拓放浪都市・ファウラの落とし子ですねー。ファウラはアルカトルテリアと同じく移動型の交易都市ですが、豊かな土地を見つけるたびに子となる都市を分祀して勢力を広げます。広範囲に数多くの子都市を持つ一方で、その航路は不規則かつ長大。一周するのにかかる期間は十年とも二十年とも言われています。是非とも一度は遭遇しておきたい都市ですね!」

 先日知り合った神学者のレイエが、ここぞとばかりに語りだす。

 ちょうど暇そうにしていたのでガイド代わりに雇ったのだが、どうもこの女、自分の知っていることをやたら語りたがるオタク気質であるらしい。知識を売りにする学者としては商売下手なのだろうけれど、伏見的にはやたらと親近感がわく人物である。

「ファウラ・セト側の神敵は“貫く”レネグレイを中心とした重装の巨人たち。対してファウラ・ウェナ側の神敵は――」

 レイエの言葉に促されて、伏見は対岸へと天体望遠鏡を向ける。

 戦場に立つのは、甲冑で身を守る屈強な兵士たち。彼らが立ち向かうのは、群れを成して押し寄せる蛮族共だ。纏う毛皮と半ば一体化した半人半獣の異形。

 砂糖菓子に群がる黒蟻のようだった。その牙や爪は板金鎧を貫けずとも、数と俊敏さで兵士を翻弄する。

 彼らの役目は時間稼ぎ、そして人体による波を作り出すことだった。

 人狼共を切り払う兵士の頭が、ふいに消失する。

 なくなってしまった頭部は宙を舞い、恨みがましくゆがめられた目が伏見を見た――ような、気がした。

「“奇弓”のカラン。生前の彼は、戦場に矢を七本しか持ち込まなかったそうです。そしてカランが立つ戦場では、必ず七人が彼の矢に射抜かれて死にました」

 密集した群れの中心に、“奇弓”のカランは存在していた。

 レネグレイとは比べるべくもないが、身長二メートルを超える体躯は嫌でも目を引く。異様に細長い右手を動かして、彼は――果たして彼と呼べるような人格があるかはさておき――遠く離れた一人の兵士を指さした。

 途端、兵士の表情は恐怖に歪み、戦場から一目散に逃げだしていく。

「その矢の軌道は自由自在にして正確無比。盾を構えてカランに向かった兵士が、背後からの一矢で亡くなった、なんて話も残っているそうで」

「それ、普通に流れ矢があたっただけじゃねぇの?」

 伏見の疑問にレイエは含み笑いを漏らす。自分が知っていることを相手に教えることがたまらなくうれしい、そんな笑みだ。

「そうかもしれませんね。けれど、神敵と化した今、カランの矢は文字通り人知を越えてしまいました。指を刺されて狙われたが最後、何者にも防ぐことは叶いません」

 恥も外聞もなく逃げ出した兵士とは正反対に、カランは優雅とすら言える仕草で矢をつがえた。軋み音が聞こえてきそうなくらい、強く、強く弦を引き絞り――

 唐突に、矢は伏見の視界から消失する。

 慌てて追いかけた望遠鏡でようやく発見できたのは、味方を盾にして身を隠す兵士と、その盾を無視して兵士の額を貫いた一本の矢だけだ。

 距離も、遮蔽物も意味をなさない致死の一矢。

「……問答無用でワンキルとか、チートにもほどがあるだろ」

“貫く”レネグレイ。

“奇弓”のカラン。

 どちらも甲乙つけがたい反則っぷりだ。こんなのと敵対して未だ滅亡していない両都市の人間もいい勝負ではあるけれど。

 再び望遠鏡から顔を上げて、伏見は都市の全貌を俯瞰する。

 都市が二つ、神敵が二つ。

 そして、戦場もまた二つに分かたれていた。

 互いの都市は、流れる川の両岸でずっと戦い続けているのだ。都市同士は刃を交えてすらいない。

「当初は本当に都市と都市が争っていたそうです。けれど、戦争が激化し、二人の英雄が生まれた結果――彼ら英霊は互いの都市を呪う神敵と化しました」

 神敵は都市に住まう人々の恐怖から生み出される。それが伏見の立てた推測だ。

 アルカトルテリアは経済を破壊する偽物を。

 アウロクフトは肺を侵し大地を汚す公害を。

“貫く”レネグレイ、そして“奇弓”のカランもまた同じなのだろう。

 敵対する都市、その幻想と、彼らは戦い続けている。

「……馬鹿じゃねぇの、こいつら」

 身も蓋もねぇ。

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