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異世界ヤクザ千明組  作者: 阿漕悟肋
鏡面相克都市・ファウラ=ラド 上
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103話.ヤクザ、戸惑う

 既に商談がまとまりつつあることなど知る由もなく、村の入口には何台もの馬車が留められていた。

 徒歩でやってくる場合もあるので、最低でも十人、多ければ数十人の商人がこの小さな村に滞在しているのだろう。厩舎からは馬があふれ、村の広場では宿に在りつけなかった商人らがたき火を囲み酒盛りをしていた。

 真っ当な商談ならばともかく、酔っ払いに絡まれるのは面倒だ。人目を避けるようにして、伏見らは村の教会へと向かう。

 トルタス村に一つしかない石造りの建物。キリスト教ではないのだから、教会ではなく神殿と呼ぶべきだろうか。

 村人らの住居よりも頑丈に、大きく作られた神殿は避難所や公民館としての機能も併せ持っている。先の襲撃でゴブリンもどきに家を焼かれた村人の一部は伏見らによってキャバ嬢に転身を果たし、他の村人は親戚の家や十人を失った廃屋へと移ったが、まだこの神殿で暮らしている者もいる。

「これはこれは、伏見さんではありませんか! ささ、どうぞこちらへ!」

 扉を開けて伏見らを出迎えたのは、トルタス村の村長、ミゾロだった。

 襲撃の際に受けた額からこめかみにかけての傷は生々しく残り、酒に酔った赤ら顔に浮き上がっている。伏見よりもずっとヤクザらしい人相ではあるけれど、だらしなく緩んでいては格好もつかない。

 初めて会った時は緊張と恐怖、そして焦燥に張りつめていたけれど、その表情はすっかり穏やかになっていた。多くの知人、友人、そして家族を失った事件から約二週間。短いか長いかは、当人にしか分からないことなのだろう。

 酒に酔った足取りで、ミゾロは来客を神殿へと招き入れる。

「いやぁー申し訳ない! 今日は商人の方々が沢山お見えになられまして! もう少し早くお越しいただければ、伏見さんにも……おおっと」

「それでこんな有様になってるわけか……」

 神殿の入口をくぐった先は、いくつもの石柱によって支えられた大広間だ。テーブルとイスが所せましと並べられ、卓上には空っぽの皿や飲みかけの酒が散らばり、床には泥酔した村人や商人が転がっている。

「……ま、祭りも取りやめになっちまったしなァ。こうなるのも仕方ねぇか」

 娯楽に乏しいこの時代では、祭りに対する感覚もまた異なるものだ。

 とりわけトルタス村のような農村にとって、秋の収穫祭は過酷な冬を過ごす前の準備期間だろう。テレビもなければネットもない、紙の本ですらそうそう手が出せない嗜好品。村人たちにとって、祭りは文字通り一年に一度の楽しみなのである。

 顔には出さないまま、伏見は密かに罪悪感を得る。

 先の件を引き起こす原因、その責任の一端は間違いなく伏見が率いた千明組にあった。転移自体は伏見らの意思ではなく、また他人がどうなろうと知ったことではない。

 けれど、トルタス村は現在、千明組にとって唯一のシマなのだ。何らかのフォローをするべきだろうか、と伏見は頭を巡らせる。

 んなこと考えてるからいつになっても暇にならないのである。

「それにしても、本日はどのようなご用件で?」

「ああ、いや。用ってわけじゃねぇんだ。俺らはエルメの村に行く途中でね。せっかくなんで挨拶と……ついでにまあ近況でも聞こうかと思ってな」

「近況、ですか。さて、何から話せばよいのやら……」

 答えあぐねて、村長は首を捻る。

 僻地の寒村であったはずのトルタス村が、一夜にして大都市アルカトルテリアへ編入されたのだ。即答できないのも無理はないだろう。

 酩酊した脳みそで思考を巡らせながら、村長は神殿奥の小部屋へ二人を案内する。

「ひとまず、お茶でも用意しましょう。こちらでしばしお待ちください」

「そりゃありがたいんだが……」

 言葉を濁して、伏見は村長に視線を送る。

 八畳ほどの狭い小部屋には先客がいた。テーブルの隅、身を縮こまらせて本を読みふける一人の女だ。

 髪は長くぼさぼさで、化粧もろくにしていない。肌は不健康に白く、対称的に瞳は爛々と輝いている。豊かで女性的な身体つきではあるが、身を包むミュセの着こなしはどうにもだらしなく、いまいち色気が感じられない。

 村人ではないのだろう。ならば、エルメの村の利権目当てにやってきた商人の一人だろうか。

 紹介しろ、と促す伏見の視線に、村長は怪訝そうな顔を向ける。

「何かありましたか?」

「いや、何かじゃなくて。あちらさんは一体どこのどちら様だよ」

「……お知り合いのはずでは?」

 そう言われても、まったく見覚えがない。

 伏見が視線を戻すと、女はちょうど顔を上げ、こちらに気付いたところだった。

「ふっ、伏見様!? え、あれっ、なんで……あっ!? も、ももももしかして、私を迎えに……!?」

「……えっと」

 いきなり様付け。

 知りません、なんて言えるような雰囲気じゃないらしい。

 伏見は必至に頭をひねるが、どうしても思い出せなかった。記憶力には自信がある伏見だが、こればっかりはお手上げだ。一方的に自分のことを知られている居心地の悪さに、伏見は諦めて降参する。

「悪ぃが、どこかでお会いしたかね。どうにも思い出せないんだが……」

「あっ……そ、そうですよね。皆さんはずっと戦ってたのに、私はずっと動けなくって……。でも、伏見様はずっと、そんな私のことを気遣ってくれて……」

 さっぱりわからん。

 お手上げ状態で女の言葉を聞いていた伏見は、ふと気づく。

「……待てよ」

 居た。

 確かに一人、思い当たる人物がいる。

 この異世界にやってきて以来、伏見が戦いを経験したのは二回だけ。アルカトルテリアの住人ならばゴブリンもどきの件は関係ないだろう。

 ならばイミュシオン――アウロクフトの神敵と戦った際、千明組の面々やシルセの両親の他にもう一人、顔も名前も分からない人物がいた。

「もしかして、アレか。あの、簀巻きにされてた学者さん」

「おっ、思い出してくれましたか……!?」

 思い出したっていうか。

 森の中で彼女を運んでいた時にはずっと簀巻きにされていて、顔も見えなかった。治療として神樹の根元に埋めた時もそうだ。灯りと言えばかがり火だけで、周辺を警戒し続けていた伏見は彼女を気遣う余裕もなかったのだ。

 そもそも、エルメの村に向かうための「口実」に過ぎない「被害者」ならば誰でも良かったわけで。

 そりゃあ、病人は病人なので、優しい言葉の一つ二つはかけた覚えがあるけれど。

「あの、改めて。……レイエ・デュエインと申します。学者、やってます!」

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