101話.ヤクザ、切り込む
「僕の仕事は、こんなふうに情報を扱うことです。この世界の情報を収集して精査したり、僕たちの情報をある程度開示して警戒心を解いたり。あとは、ちょっとだけ篠原さんたちのお手伝いも。……どうでしょう。お嬢さんの参考になればいいのですが」
「参考に……」
なったの、だろうか。
篠原も向山も、元の世界での知識や経験を生かした仕事をしているようだ。ヤクザではあるが、今のところ犯罪や反社会的行為に手を染めているわけでもない。ヤクザとしてそれはどうなの、とは思わなくもないけれど、真っ当な人間として更生しているのなら応援すべきなのだろう。
篠原は大勢の職人を率いて大小問わず様々な発明を続け、向山は書籍や学者からこの世界の情報を収集し続けている。多少人格に問題があるとはいえ、その成果は確かなものだ。
比べると――自分は、どうだろう。
元の世界で積み上げたものなど、自分にはない。篠原のような工学的知識もなければ、右も左も分からぬ異世界でコネクションを構築することも出来るかどうか。
二人の仕事場を見学して分かったのは、思っていた以上に自分が役立たずだということだけだ。
組員としては新入りである一方で、お嬢は組長の直系、篠原や向山にとっては上役に当たる。組長や伏見、そして三ツ江の前であれば彼らもお嬢の命令に従うだろう。けれどそれは千明組の看板に頭を下げているだけだ。お嬢自身には何の権威も実力もない。
向山の問いかけにも答えられず、お嬢は俯いて床に目を落とした。
「……お嬢さんさえよろしければ、ウチの仕事を手伝っていただけませんか? ウチは篠原さんと違ってこちらの方々に手伝って貰うことが出来ませんから」
「あー悪ぃ、それダメなんだわ」
折角の助け船も、三ツ江に差し止められる。
「兄貴に念入れられてんだよ。あんまりお前とお嬢を関わらせるなって。理由はまあ、ほら、な?」
「そんな、人を発情期の猿みたいに! 僕だって手を出しちゃいけない相手くらいちゃんと弁えて――」
セリフの半ばで口を閉ざしたのは、不意の乱入者に驚いたからだった。
ノックもなしに開け放たれた扉から、少女が一人、躍り出る。
「せんせぇー! 遊びにきったよー……お?」
幼く見えるのは、くせっ毛の短髪と小柄な体躯のせいだろう。両手を広げてもなお小さく、それでいて体付きは女性として成熟しつつある。お嬢と同い年か、あるいは一つ二つ上といったところだろうか。
文字通りくるくると踊りながら部屋の中央に出て、三人の視線にきょとんと首を傾げる。
「あれ。せんせぇ、お客さん?」
「そ、そうそう! それでライネ君、今日は何の用事かな?」
「別にぃー? 遊びに来ただけー。……ニニャちゃんが抜け駆けしてると思ったんだけど違ったかなー……」
小声で呟いた言葉は、誰の耳にも聞き取れなかった。
執務室の様子や、三ツ江、お嬢の表情を確かめて、最後にライネは向山へとしなだれかかる。
「それじゃせんせぇ、お仕事頑張ってにゃー!」
その身を向山にすり寄せてから、ライネは執務室を後にする。
乱入してから一分足らず、嵐のような少女だった。
「……向山、お前……」
「だって! だってあんな可愛い子たちが懐いてくるんですよ!? 男ならしょうがないじゃないですか! 三ツ江君だって分かりますよね!?」
「分っかんねぇよバァカ! お前ホント人格がクズな!」
言い訳を通り越して開き直り始めた向山を、三ツ江が真正面から罵る。
そんな二人を見て、お嬢は自然と笑みを浮かべていた。
「……お嬢? なんか面白いことあったっスか?」
「いえ、あの……。そんな大したことじゃないんですよ? ただ、ちょっと……」
――沈み込んでいた気分は、いつの間にかどこかへ行ってしまった。代わりに胸を満たすのは、楽観と根拠のない自信。
「こんな人でもちゃんと仕事出来てるんだから、私だって意外となんとかなるんじゃないかな、って!」
「辛辣! ちょっとこの子辛辣ですよ三ツ江君!」
「ハハッ、ざまぁ」
同時刻――エルメの村へと向かう馬車の車内にて。
伏見とファティは、延々と続く名前の羅列をうんざりした顔で聞いていた。
お嬢はいちいち仕事を特別視していたけれど、上の人間に任されているのはこんな風に面倒なことばかりだ。不満を顔に出せるのが唯一の救いだろうか。
「――以上が、当商会に千明組への仲介を依頼した商会や有力商人の一覧になります。よろしければ復唱いたしますか?」
「いや、結構。ありがとうよ、テアさん」
馬車に同乗していたのは、ファティの秘書を名乗る女性だった。
しなやかに伸びる手足と、簡素にまとめた臙脂色の髪。着こなしと立ち居振る舞いによっては少女にも女性にも見えるだろう。
飾り気もなく、テアはファティの影にひっそりと控えていた。
祭祀座を預かるアクィール商会、その一人娘に与えられた人材だ。相応に――もしかしたらそれ以上に優秀な人物なのだろう。
テアを視界の端にとどめながら、伏見は話を進める。
「しっかしまぁ、ずいぶん目立っちまったみたいだなァ」
「他人事みたいに言ってますけど。……祭祀座を巡る争いを収めて、アウロクフトの一角を切り取ったのは伏見さんじゃないですか」
それは――確かにその通りで。
千明組の行動を指示したのは紛れもなく伏見自身だ。身内に対し責任を取るための心構えは出来ている。ただ、伏見の不満は別の所にあった。
「ヤクザが表立って活動すんのは、なぁ……」
どう言い繕ったところで、ヤクザは所詮、日陰者の犯罪組織だ。
石の裏側に棲みついたミミズや地虫の類みたいなものなのである。炎天下のアスファルトに晒されれば、あっという間に干からびてしまう。
表舞台に立たされるのは……どうにも、ケツの収まりが悪い。
とはいえ、伏見は組長から組の全権を委ねられているのだ。社交を疎かにするわけにもいかず、伏見は姿勢を正す。
「……いちいち全員を相手にしてるわけにもいかねぇし、立食パーティでも開くかね。あ、立食パーティって分かる?」
「立食……ああ、なるほど。でしたら詳細はこちらで詰めますね。伏見さんには、後日ご意見をいただく形で」
立食パーティはなくとも、翻訳機能によってある程度のニュアンスは伝わったのだろう。伏見らはこの都市にとっての新参者なのだから、アルカトルテリアの流儀に従うのがベターだ。
様々な仕事を抱え込んでることだし、パーティーをアクィール商会が取り仕切ってくれるのならば有難い。
「相手方の詳細もこちらで取りまとめておきましょうか。テア、お願い出来る?伏見さんは色々とお忙しいでしょうから」
「至れり尽くせりだなァ。……代価は? そちらさんもタダ働きってわけにはいかねぇだろ」
ファティが浮かべた満面の笑みは、紛れもなく商人のそれだった。
「そんな、まさか。この都市に不慣れな伏見さんに対するサービスですよ、サービス」
「サービスねぇ……」
どれだけ交流を重ね、貸しを作ったとしても商人は商人だ。契約もなにもないとはいえ、気軽に借りを作るのはぞっとしない。
ファティらが対価として要求しそうな条件を頭の中で数え上げ、伏見は率直に切り込んだ。
「……さて。アクィール商会は、エルメの村にいくらの値をつけるのかね」
というわけで、百話越えのお祝いコメントやらブクマやら評価やら、本当にありがとうございましたー。
詳しくは活動報告にて。




