エルフコロニー
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そこは人知の及ばない未開の森。木々の1本1本は太く力強く根差しており、木漏れ日は優しく大地を照らし、さわさわと淡い緑が凪いでいる。こんな森が大陸中央部に位置しているにもかかわらず、5000年近い時を経ても人間からの侵攻を許さなかったのにはやはりそれ相応の理由がある。
平原よりの場所にですら出現する強力な魔物たち。そしてその魔物たちでさえ森の奥地に青白く輝く一条の線を超えることはできない。その線に沿って半透明のドーム状に森の奥地を覆っていた。その中に住まうは、人間と比べ膨大な魔力と寿命を持つエルフ。尖った耳に白磁の肌、艶のある若草色の髪、人間とは比べ物にならない美貌はいつの世も好事家たちの関心の的だった。
エルフたちは、森の奥地で精霊樹と共に生活している。食事は主に野草や果実、稀に魔物の肉も食んだ。生活は質素そのもので酒やタバコといった娯楽はない。子供達は駆け回りながら魔法を打ち合って遊んでいる。
ッドォォーーーン!!
唐突な轟音に子供達は残らず縮こまった。いや、萎縮せずに即座に警戒に移れたのはごく一部の兵士と戦乱の時代を知るエルフのみ。精霊樹の根元、神殿の中で一人の老エルフがゆっくりと瞼を開く。
「何事じゃ」
”巫女”と呼ばれる齢200を超えたエルフの声は、いつもと変わらぬ静かな声だ。側に控えていた護衛長がすぐさま応える。
「精霊結界に何かが接触した模様です。あの轟音ですしかなりのものかと」
精霊結界に囲まれた範囲で巫女に分からないことはない。言ってしまえば、兵どもが現状を把握しているかの確認である。
「結界に穴が空いたようじゃ。急ぎ調べよ」
「はっ、しかし」
護衛長は、先ほど部下から「結界に異常なし」との報告を得ていた。どこにどう問題があるのか、聞かねば動けない。
「結界の穴は儂が修復済みじゃ。それよりも魔物が何匹か入っておる。お主が必要なレベルじゃ」
「!? 了解しました」
巫女の言うことに間違いはない、それがこのエルフのコロニーの不文律だった。護衛長は、護衛の引き継ぎと緊急招集をかける旨を部下に言いつけると、急いで対魔物装備を整えに向かった。
「変革の時か……」
慌ただしくなった神殿で巫女は独り言ちた。
***
エルフのコロニーは、中央部に精霊樹がそびえ立ち、それを囲んでいる木々に家がある。樹の南側の根元には神殿があり、神殿の前は広場になっていた。魔物の討伐を終わらせた護衛長一団は、その探索中に妙なものを見つけ持ち帰ったのであった。
広場には村のほとんどのエルフが集まっていた。広場の中央に寝かされているのは、5、6歳の人間の子供。体に白い布を被せられていて顔しか見えないが、黒い髪は土にまみれ、熱にうなされているのか瞼はきつく閉じられている。このコロニーにおいては、人間は立ち入り禁止で見つけ次第殺すことになっている。しかし、それは襲ってくる卑劣な輩に対してであって、おそらく偶然であろう子供に対してではない。
「巫女様、いかがいたしましょう」
護衛長の声にエルフたちが一斉に巫女を仰ぐ。神殿のバルコニーにいた巫女は、しばし子供を見つめた後、
「子供か……む、腕を見せよ」
何を見つけたか、風魔法で空を飛び子供のそばへ舞い降りる。護衛長は子供に被せていた布を剥がす。現れた体躯に観衆が言葉を失う。身体中に傷がありその中でも焼けただれた両腕が異様な空気を放っている。
「腕の路が完全に死んでおる」
その言葉に護衛長は耳を疑う。巫女の言う「路」とは、人間の理論で言うところの魔力回路のこと。通常、自分で崩壊させる以外には道を壊す手段はない、とされていた。護衛長には、こんな幼い子供にその魔法が使えるとは思わなかった。
「人間は他者の路さえも壊せる魔法を考え出したのでしょうか」
路を失うと言うことは魔法を失うと言うこと。それすなわち、魔法とともに生きるエルフにとっては、死と同義である。
「分からぬ。この子を急ぎ治療し、可能ならば全て聞き出せ」
「はっ!」
護衛長らは子供を抱え神殿の中へと入っていった。残されたエルフたちは口々に不安や妄想を吐き出し、静寂とは程遠い空間になっていた。
路を壊す魔法云々の答えが出ない限り、この喧騒は収まりそうにない。