バレンタインデーの悪戯
ハートが乱舞する季節になった。僕にとっては無縁なる催し事。本来ならキリスト教の観点から見て不順なる祝いだ。お菓子メーカーの策略にハマり、悲しき亡者とリア充を区別されるイベント。
別に僕は羨ましいとかなんとか思いもしない。それどころかお返しなんて気にかけないで清々としている。容姿、性格、性能、凡庸なことなど恨みやしない。
それなのに、僕の心境とは裏腹に下駄箱を開けるとブツがあった。それは僕に原爆を落とすような衝撃を与えた。心境は第三次戦争勃発だ。
恐る恐るハート形包装紙を手に取る。斜めがけにされているリボンには可愛らしい手紙が差し込まれていた。
大好きです。受け取って下さい。
丸文字なんだが最後尾にはハートマークが付いている。一般の状態の男子高校生なら泣いて喜んでいたことだろう。
だがしかし、ここは男子校だ・・・
背筋に氷の粒てが入ったかのように、僕は身ぶるいした。いったい誰がこんなテロを。
ハッ!?
ひょっとしてこれはイタズラというやつなのではないか。だって冷静に考えれば男子がよくやる悪ふざけだ。
僕は周囲の反応を伺う。別に誰かが僕に好奇な視線を送ってる気配はない。バレンタインなのに男子校というのもあって、空気が荒んでいる。むしろ、泥で作ったかのような亡者どもばかりで、体の粘液がへばりついてるのか、動きが緩慢だ。淀んだ目で上履きをずって歩いている。今、こいつらにチョコという単語が出たら袋叩きにあいそうだ。
仮定ーー虚偽である確率75パーセント。
まず、どうやって男子校のしかも僕の下駄箱を特定出来たというのであろう。あとの25パーセントは筆跡と包装紙の折り方だ。ラッピングが完璧過ぎる。巾着袋のようなものではなく、しっかりとプロがやるような折り目で正確さがある。だいたい宛名も書いていない。
まあ、パンドラの箱は開けて見なければわからない。一方の箱の中の次元など知る由も無いので、僕は階段下裏に移動する。
誰もいないのを確認して包みを開ける。
プレートが飾り付けられてそこには
高良祐介様へ愛を込めて
僕の名前と白の天使の飴細工が備えられている。手書きと思わせる曲線で、I love youと書かれている。
結論ーー100パーセント本気だ。
こんな手の込んだこと誰がおふざけでやるんだろうか。
ということは、僕の棒か第3の穴に突っ込みたい奴がこの学校にいる!
なんてこったい。全身を悪寒が走る。
僕は恐ろしくなって、家庭科前にあったゴミ箱に愛の結晶を不法投棄した。それも書類や糸くずの奥深くに突っ込んで覗いて見えないように。
それにしても、考えるだけで胃酸が持ち上がる。
もし男子から受け取ったことが知れたらどんなぞんざいな扱いを受けるだろうか。
僕は何気ない顔をして教室に入る。桃色空気どころかどどめ色の室内。右も左も男だらけの光景に辟易しているのだろう。
僕は素知らぬ顔で席に座り、教科書を机に入れようとした。
ガン。
何かがつっかえてる。触った時のこの手応え、デジャブしていた。まさか、そんなまさかと思い、僕は少しだけ引きずってブツを陽の下に当てた。
大好きです。受け取って下さい
同じ筆記調のメッセージカードが見えて、包装紙が破れたチョコレートが剥き出しだった。
何故に? 捨てただろうが!!
僕の机と家庭科室のゴミ箱は四次元空間で繋がっているというのか!!
ふいに肩を掴まれた。
「ひい!!」
僕の情けない声が漏れた。
「どうしたんだよ、ゆうちゃん。そんなびっくりして、もしやチョコレートなんぞもらったのではあるまいな?」
隣の席の友人、当麻が目を剣呑に光らせる。
「いやいや、そっそんな訳あるないでしょう」
「だよなー。俺たち男の園にんなイベント関係ないわな」
「ああ、まがり間違えてもそんなことことが起きようもんなら、ねえ。へへへ」
そんなやり取りをして授業が始まる時刻となった。僕は恐ろしくなってこっそりと窓からチョコを投げ捨てた。
そして、3時限目の体育の終了とともに更衣室のロッカーを開ける。瞬時にすぐ閉める。
「ゆうちゃん、何しんてんの? 俺もう教室に戻るよ」
「先行ってて・・・ちょっと忘れ物したみたい」
当麻と皆んなが更衣室から出て行っても、僕は青ざめた表情をする。
誰もいない静謐の中。ロッカーを開くとそこにはチョコレートがあった。しかもやはりメッセージカードが残されていた。
どうして受け取ってくれないんですか?
怖い。もう、なんか次元を超越している。見てたのか。見てたっていうのか。どうやってだ。どちらも人目に付かないように捨てたのに。
僕は校舎裏にある焼却炉の前に立つ。普段、掃除時間しか立ち寄らないが、辺りの様子を伺う。心配のし過ぎとかではない。確実にこのテロリストは監視している。
捨ててもダメなら滅するのみ。
メラメラと揺れる炎に融解する固形物。
「成仏せよ。南無三」
僕は合掌した。
そう合掌したはずなのに、現代国語の授業中、辞書を開こうとすると、某ミステリー映画よろしく中がくり抜かれて、チョコが収まっていた。
メッセージカードには
いい加減、怒りますよ!!
怒りマークが添い付けされていた。
なにこの凄まじい異端能力者は。
僕は貸し出し用だった辞書を図書館に返却した。こんな男子校の誰が送ったチョコなんぞ受け取れるか!!
という格闘をしていると昼食時間になった。僕は穴場スポットである屋上に上がる。ここに来るのは進学してからの古い付き合いがある友達がいた。
クルック~。
と青いスカーフを巻いた鳩が僕の頭に乗っかる。
「はいはい、お前のぶんまでちゃんと用意してあるって」
鳩は僕の頭を啄ばむのをやめて、コンクリートに降り立った。僕は千切った食パンを投げる。鳩は拾い食いしている。
まあ~ハシタナイわ。
という脱線は抜きにして、この鳩は以前、足に釣り糸が絡まっていたのを助けてやった。それ以来、鶴の恩返しならぬ、鳩の餌の催促という馴れ合いになってしまった。なんでだ。よくわからんが、屋上にいつも来るからかな。
鳩につられてジャムパンを食べていると、甘いブツを連想してしまった。ああ、もうあれどうしよう。メッセージカードが段々過激になっていくんだが。
僕は鳩の頭を撫でてやる。
「いったい、どんな酔狂やつが用意してくれんだろうね」
鳩はクルックとだけ答えた。
放課後にたどり着くまでどれだけチョコを見て見ぬふりをしただろうか。
帰路に着こうと下駄箱を恐る恐る開ける。赤か、黒の配線を切断するかのような緊張感があった。
何もない。
僕はほっと安堵した。どうやらストーカーは諦めることを知ったらしい。押し付けの愛なんて傍迷惑に近い。
ちょうど、校門の辺りで、見覚えのある鳩が飛んでいた。青いスカーフを着けた鳩はハート型のチョコを咥えていた。そして、電柱が建っている影に着地した。その横には女の子が立っていた。木枯らしに負けまいと厚手のマフラーに制服姿。今時の女子高生には珍しいスカートの丈が正常な模範的な女子だった。化粧っ気もない、ぷっくり膨らんだ唇にリップクリームだけ塗られた容姿は、逆に新鮮だった。流行の流れに流されない自然美のある浮島だった。
「大五郎、またダメだったの? 今度は家の郵便ポストに投函するわよ」
女の子は鳩に語りかけながら拳を握る。僕は妄想した。そして、一瞬でぼやけた思考にピントがあった。
「お前か!! チョコ何べんも送り付けたアホは!!」
「はうっ!! 見つかってしまった」
「はうっ、じゃねえよ。いいか、限度を知れよ。ストーカーみたいに送り付けやがって。というか鳩をそんな風に使えるなんてなんて才能だよ」
僕の言葉は怒気を含んでいたけれども、内心ホッとしていた。だって少なからずとも男子ではなく女の子から差し出されたのだ。目覚めてはいけない領域に入り込まず良かった。
「だって、面と向かって渡すのが恥ずかしくて。私、あなたに一目惚れして、チョコ渡そうか迷っていたら、鳩があなたの元に届けてくれるっていうから。ってあああ、もう変だよね。鳩と意思疎通できるなんて」
毒電波女。
と昨日までの僕ならそう思っていただろう。だが、実際、こうも不可解なことが起きていると信憑性があった。
「それで、それ受け取ったら気がすむのか。だったら受け取るけど」
「はい、それとついでに一緒に帰れたらいいなあと。あっあの後つけた訳じゃないですよ。たまたま帰る方角同じで」
「別にそれだけならいいよ。名前まだ聞いてないけど、なんて呼べばいいの?」
「霧島千紗っていいます。ふつつかですが、これからよろしくお願いします」
なんか余計なものに纏わり付かれたような。でも女の子がここまでするなんて悪い気はしない。僕は千紗と足並みを揃える。夕日の差す街角。雪が少し降って来ていた。
無言では悪い気がしたので僕は言葉を起こす。
「でもさ、千紗は鳩飼ってるなんて珍しいよな。人の指示聞くなんてかなり利口じゃん。伝書鳩以外にも使い道あるんだ」
「私、鳩なんて飼ってないですよ。偶然、祐介さんの後をつけてたら、あっ、ちがうちがうーー側にいたら鳩さんの言葉が頭の中に入ってきたんです」
今、聞き捨てならぬことを聞いたような。でも青いスカーフを巻いているのでてっきり飼われてるのかと思った。振り返ると鳩はもう影も形もない。まあ、明日になったらまた会えるかな。
祐介と千紗を見下ろす形で、雲目掛けて鳩は翼を広げていた。地上から黒点になる高度で、鳩は姿を変える。背中に小さな羽根をだした赤ん坊へと。




