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異世界下水道清掃員  作者: 白石健司
第Ⅲ部
72/117

第72話 執務室にて

 野村は執務室にいた。

 目の前のデスクには書類が山積みになっている。各種の申請書、意見書、報告書、議事録、草案、そして抗議書等々。それらに次々と目を通し、決裁を下してサインしていく。飛ぶようなスピードで処理していくにも関わらず、事務官たちが次々に積み上げていく書類の山はいっこうに減る気配がない。市長の仕事は多忙であった。


 野村は嘆息した。

 まったく、非効率的なことこの上ない。

 無駄な書類が多すぎる。事務官たちは行政局時代の慣習が抜けきっておらず、やたらと書類を作りたがる。読むのだけでも大変なこの書類の山を何とか減らせないものか。たとえば、魔術を応用した業務の効率化、ペーパーレス化は可能だろうか……。野村は書面から目を離し、窓の外を眺めながらしばし思いを巡らせた。

 いくつか有用なアイデアが浮かんだので、頭の中にメモをした。



 その時、執務室のドアにノックの音がした。

「市長、お見えになりました」秘書官の声だった。

「わかった。通してくれ」野村はドアの向こうに返事をした。


 ドアが開いた。

 秘書官に伴われて入ってきたのは倉本だった。

 甲冑をまとい。マントを着け、腰には剣を提げ、まるで魔王討伐前のフリーの冒険者の頃に戻ったような出で立ちだった。ただし質素だった冒険者時代とちがい、どの装備も色鮮やかで、ぴかぴかに磨き抜かれて輝いている。


 現在の倉本は、市内の治安維持を担う「自由騎士団」の総隊長だった。

 野村直々の指名だった。

 秋本たち以外にも、いろいろな冒険者と積極的にパーティーを組んで活動してきた倉本は、冒険者たちの間で顔が広く一目を置かれていた。「自由騎士団」を構成している冒険者たちはいずれも海千山千の曲者揃いで、そんな連中を取り仕切れるだけの力量があり、なおかつ野村が信頼を寄せることができる人間は倉本しかいなかった。

 野村は何度も足を運び、理を尽くして説得し、頭を下げた。

「……しょうがねぇな。リーダーは性に合わないが、そこまで頼むのならやってやるよ」

「ありがとう、恩に着るよ」

 ようやく倉本は野村の願いに応えてくれた。



「おお倉本、今日はわざわざ御足労だったな。まあ掛けてくれや」

 そう言って野村は倉本にソファを勧めた。


 二人は執務室備え付けの高級な革張りのソファに向かい合って腰を下ろした。

「で、様子はどうだった?」開口一番、野村は切り出した。

「ああ、軍の連中、かなり殺気だってたぞ」


 一週間前のことだ。

 各地方軍に所属する第一から第十二師団の兵士数万人が都市に向かって進行を開始した。

 予想された展開ではあった。

「災いの日」の混乱の隙を突く形で、都市の支配権を手に入れた野村たち暫定政権のメンバーを快く思わない人間はたくさんいた。その急先鋒が軍だった。将軍たちは「どさくさ紛れに都市を奪った火事場泥棒」とあけすけに暫定政権を批判してきた。彼らは再三にわたり、暫定政権の退陣を求めてきたが、ついに実力行使に踏み切ったのだ。彼らは都市を取り囲むようにして駐屯し、政権に対し無言の圧力を加えはじめた。

 ここ一週間、都市の治安を守る自由騎士団と、軍とのにらみ合いが続いていた。



「あいつらの強硬姿勢は変わらんぞ。どうする、野村。このままだと軍事クーデターが起きてしまうぞ」

「やれやれ困ったな……。せっかく落ち着いたところだと言うのに。悩みが尽きないよ」


「魔王がいなくなったと思ったら、人間同士の争いか。まったくうんざりする。魔王討伐の時には一緒に戦った仲間だったのに……。くそっ、あの将軍どもが悪いんだ。あいつらなんか魔王に殺されちまえばよかったんだよ」

「おいおい言葉には気を付けろよ。今のお前は自由騎士団の総隊長だぞ」

「はっ、知ったことか」

「まったく、昔から変わらんな、お前は」



「……秋本ならこの状況、いったいどう乗り切っただろうな」

 倉本がぼそりとつぶやくように言った。

 その言葉を耳にした瞬間、野村の目つきが険悪なものになった。だがその表情は一瞬にして消え去り、いつもの穏やかで陽気な顔つきに戻った。

「秋本かぁ。あいつなら、きっと上手くやっただろうな。そんな感じがするよ、うん」

 野村は窓の外を眺めながら言った。



 倉本とはその後、軍の動向やこちらの対策などをくわしく検討しあった。

 二時間ほどして倉本は帰り支度を始めた。

「何とか平和的に解決する道を探り続けるよ、俺は」野村は言った。

「まあ、どうしようもなくなったら、その時は俺たちが戦うから。心配するな」

 倉本が野村の方を叩いた。

「ありがとう、頼りになるよ」

 執務室を立ち去る倉本の背に向けて、野村は言った。



 外はもう夕暮れ時だった。

 野村は窓辺に立ち、一人静かに外を眺めていた。


 執務室の窓の外には荒涼たる景色が広がっていた。

 隕石の落下により壊滅した市中心部の街並みが夕日に赤く染まっていた。

 建て増しに建て増しを重ねて肥大化した行政局庁舎ビルディング群が建っていた場所には巨大なクレーターが口を開き、砕け散ったぎざぎざの瓦礫があたり一面に散乱していた。直撃を免れた周囲の建物も衝撃波により半壊し、もはや使用に耐えない状態となって放置されていた。

 「災いの日」から一ヶ月が過ぎていたが、復興は遅々として進んでいなかった。



 日没を迎え、室内には影が忍び寄り始めていた。

 暗い部屋の中、野村はデスクに戻り、組んだ手のひらの上に顎を乗せた。

「…………」

 倉本は知らない。秋本が野村によって謀殺されたことを。

 野村はギレビアリウスと組み、秋本を都市結界の鉄塔におびき寄せ、シールドジェネレーターを暴発させて殺した。

 都市全体を外部からの攻撃から守る力場のベクトルを反転させ、一点に収束されて得られる超高圧・高エネルギーの地獄を生き延びることはいかに勇者とて百パーセント不可能なはずだ。さらに用心のため、ギレビアリウスは前もって古代呪術を使い、秋本の力を奪っていた。倒壊した鉄塔の跡地には秋本の遺骸は見つからなかったが、きっと痕跡さえ残さず消滅したのだろう。

 公式には勇者秋本は失踪し、行方不明という扱いになっていた。


 仕方がなかったのだ。あいつは邪魔だったのだ。

 勇者という圧倒的カリスマが存在している限り、野村がこの都市に支配者になる日は永遠に来なかっただろう。

 だが、まだこれで終わりではない。全てはまだ始まったばかりだ。

「俺はあいつより、秋本より上手くやってみせる。俺は必ずこの異世界を支配してみせる……」

 野村は誰に言うともなくつぶやいた。



 その時、執務室の中の空気がかすかに揺らいだ。

 本棚の裏側に設けられた秘密の隠し扉が音もなく開き、そこからある人物が姿を現した。

 表向きの名は、暫定政権の魔術顧問、ヴィルタス教授。

 真の名は、ダークエルフのギレビアリウス。

 黒眼鏡をかけたこの男は、足音を立てず滑るように歩き、野村のデスクに近づいた。


「……魔導座の準備は整った」ギレビアリウスが言った。

「いつでも撃てるか」野村は訊いた。

「ああ、あとはあんた次第さ」そう言って黒眼鏡の男は微笑んだ。

「ところで、今度は何を使う?炎か、水か、それともまた星か?」

「今、ちょうどいい星は飛んでいない。小さいのはあるが流れ星になって上空で燃え尽きるだけさ。炎なんてどうだ。見た目も派手で力の誇示にもってこいだ」

「そうだな。軍にはそれを使おう」



 ギレビアリウスが発見した古代魔術は七十九種類におよぶ。

 そこには従来の魔術など比較にならないほど強力な破壊力を秘めたものも含まれていた。

 先日、「災いの日」に行政局を一撃のもとに葬った「降星(スターフォール)」もその一つだった。

 はるか空の上を飛び交う星屑を誘導し標的の頭上に落下させる、失われた魔術。


 ギレビアリウスは何か月も前から上空をサーベイし続け、適度な大きさを備えた星屑を探した。やがて直径十五メートルの空飛ぶ岩塊が見つかった。あの日、魔力により軌道を修正された星屑は、大気との摩擦で目もくらむような閃光を発しながら猛スピードで落下し、そして衝突した。



「……ところで、妹のことだが」ギレビアリウスが口を開いた。

「ああ、今、全力で行方を追わせている。安心しろ、手がかりは見つかっている。取り戻せるまでそう時間はかからないだろう」野村が言った。

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