第51話 救援依頼
通りから目につかない路地の奥で、俺は満身創痍のリゲリータから事情を聞いた。
話の内容に俺は衝撃を受けた。
突然戻ってきたガエビリスの兄、ギレビアリウスが地下の住人たちを一瞬にして掌握、彼らの憎悪を煽って過激化させてしまった。さらに配下の者に命じて集まった住人たちを皆殺しにした。一部の住人は怪物に変身して復活し、復活しなかった者の遺体は魔術でアンデッドにされた。そして、兄に反抗したガエビリスは地下のどこかに幽閉された。
弟のリゲリータは姉を救い出そうとしたが、怪物と化した地下住人に見つかって殺されかけ、かろうじて地上に脱出することができたのだと言う。
「本当なのか。溝鼠男のキンクは?ミノタウロスのド・ゴルグさんは?ヴァンパイアのヘネルスさんは?彼らは止めなかったのか?」
暗い路地の奥で、俺は声をひそめてリゲリータに言った。
路地に入り込んでから時間が経っていた。さすがに俺を尾行していた夜警ももう行ってしまっただろうが、それでも用心に越した事はない。
「…あとでわかったことですが、あの時、集会場から人外種族は巧妙に遠ざけられていたようです。人外種族は今、真っ二つに割れています。ギレビアリウスに同調して地上襲撃の準備に加わる者と、彼に反発し、かつての平穏な地下生活を望む者とに。
残念ながらキンクさんは前者、ギレビアリウス派に加わってしまいました。ミノタウロスはこの件に直接関わってませんが、そもそも彼をこの都市に送り込んだのはギレビアリウスにほぼ間違いないので、あまり期待はできません。ヘネルスさんは後者です…」
「なんてことだ、あいつ、キンクの野郎。ヘネルスさんは無事なのか?」
「…まだ生きてます。ぼくが脱出してきた時点ではですが……。反ギレビアリウス派の人外種族や、あの時たまたま集会場に顔を見せず難を逃れた住人たちと一緒に地下の街の奥深くに隠れています。ですが、それもいつまで持つのか……。連日、ギレビアリウス派が彼らを狩り立てています…」
「そうか……。状況はだいたいわかった、ありがとう。よく逃げてこれたな。お前はどこか安全な所……そうだ、俺の部屋にしばらく隠れていたらいい」
「…ありがとうございます。お気持ちは嬉しいですが、ワタナベさんに迷惑がかかるかもしれません。ぼくなら大丈夫です。安全な隠れ場所ならたくさん知っています。こう見えて、ぼくの活動範囲はけっこう広いんですよ。地下だけじゃなく、床下や壁の裏、廃屋、屋根裏なんかもぼくのテリトリーなんです。そこでしばらく身を潜めて、傷の回復を待ちます…」
「わかった。気を付けるんだぞ」
「…はい、ありがとうございます。では、姉さんのこと、是非ともよろしくお願いします…」
そう言うと、リゲリータはさっそくもぞもぞと動き出し、路地に面した建物の外壁をゆっくりと登りはじめた。そして、壁に開いた排気ダクトの中に潜りこんで姿を消した。
「…………」
参ったな。
今すぐガエビリスを助けに行きたいのは山々だが、俺に何ができるだろう。
いまや俺はただの下水道清掃員でしかない。もうローチマンに変身して超スピードで走り回ったり、敏感な触角や尾毛でわずかな臭気や空気の流れを探知したりもできない。
怪人やアンデッドと化した住人たちが徘徊し、もはやダンジョンに変貌した地下の街に俺一人で侵入し、ガエビリスを無事救出することなどできるとは思えない。
夜警に通報するべきだろうか。
地下の街の武装化と地上都市へのテロ攻撃計画。あまりにも話が大きくなりすぎて、俺の手におえる範疇を超えている。ここは関係機関に動いてもらうしかないだろう。
だがひとつ致命的な点がある。奴らはきっとダークエルフのガエビリスも殺してしまうだろう。仮に夜警に通報するにしても、ガエビリスを連れ出した後じゃなきゃ駄目だ。
「……やっぱり、俺が行くしかないか」
そうなのだ。俺が覚悟して行くしかないのだ。俺が夜警に捕まった時、ガエビリスは一人で助けに来てくれたじゃないか。その時の恩を今、返すのだ。俺は決意を固めた。たとえ成功の可能性が低くても、やるしかないのだ。
だが、その時だった。
脳裏にふと、いつしか聞いた言葉がよみがえった。
――まただんまりか。何とか言えよ渡辺。そうやっていっつも黙って自分の殻の中に引きこもって。
――この都市に来た時もそうだった。お前は何にも言わず俺たちの前から姿を消した。なぜ自分の考えを言わない。人に相談しようとしない。俺たちはみんな同じ、この世界に飛ばされた仲間じゃないか。一緒に支え合って生きていくべき仲間だろ。
忘れもしない。これは地下の街で再会した時に、「勇者」秋本が俺に投げかけた言葉だった。
その言葉は今でも俺の胸に刺さっていた。
たしかに秋本の言う通り、俺は誰にも悩みを打ち明けず、自分一人で抱え込むところがある。
この都市に来た時も、誰にも相談せず一方的に彼らの前から消えた。そして都市での生活がままならず、下級労働者の身に落ちて日々の生活にも事欠くほど金がなかった時も相談しなかった。その挙句、ヒュドラ事件では自分一人で無謀な行為に走り、結果として多大な犠牲を出してしまった。
今もまた、俺はあの時と同じ愚を繰り返そうとしていないか。
勝手に自己完結して、一人では何もできないくせにそれを認める勇気が無くて、非現実的で愚劣な「英雄的」行為に走ろうとしている……。
俺には何もできない。
魔術も使えないし、怪人に変身もできない。悔しいが、その現実を認めるしかない。
一人では何もできないから、助けを求めるのだ……仲間に。
その夜。俺は秋本俊也の事務所におもむいた。
ガエビリス救出を、彼らプロの冒険者たちに依頼するために。




