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異世界下水道清掃員  作者: 白石健司
第Ⅰ部
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第43話 断章:勇者の夢④前編

 市街地を見下ろす丘の上。

 麓の市街地から延々と続くつづら折りの石段を登っていった先に、白亜の大聖堂がそびえ立っている。

 それこそが国内外に五億人の信徒を有する聖教会の本部、カルゲモス大聖堂だ。白大理石造りの尖塔とドーム屋根からなるその巨大建造物は、昼下がりの澄みわたった青空に白く光り輝いていた。



 大聖堂の前に広がる殉教者の広場では、秋本俊也を歴代勇者の一人として正式に認定するための列聖の儀式が執り行われていた。


 殉教者の広場、通称「勇者広場」には、周囲をぐるりと取り囲むようにして歴代勇者の像が並べられている。

 もっとも大きい像は最初にして最強の勇者、アルルノドのものだ。神話上の人物であるアルルノドは魔王に率いられた悪魔の軍勢を相手に一人で戦い、巨大な怪獣やドラゴンを倒し、そして世界に平和をもたらしたとされている。高さ15メートルにもおよぶその巨大な石像は右腕の剣を振り上げ、左腕でねじ伏せたドラゴンの首を今まさに叩き落とさんとしている。その筋骨隆々とした肉体描写は見事という他ない。


 勇者アルルノドから時計回りに、様々な勇者たちの像が続く。勇者アグーチェ、ビガル、ムスファウナ、オーリケ……。あるものは憤怒の形相で仁王立ちし、あるものはうつむき加減で参列者に優しく微笑みかける。座り込むもの、躍動するもの。寝そべっているものさえある。最も多いのは成人男性の像だが、わずかに女性や少年、老人も混じっている。


 これら百体近くにおよぶ歴代勇者たちはいずれも歴代の魔王と戦い、これを滅ぼした功績を称えられてこの広場に像を建てられていた。

 歴代の魔王。伝説のアルルノドは大魔王グスと戦い、アグーチェは魔王ハリ・マンと、そしてビガルは魔王ゾルガスベギオゴロンと戦った。魔王ササリリ、魔王カンタビナ、魔王グジェラ……。いずれも世界に巨大な災いを巻き起こした。

 中でも大魔王シゾラは全世界の七割の人間を殺し、あと少しでこの世を終わらせるところだったという。


 記録に残る魔王の姿は様々だ。魔王ハリ・マンは人間と蛙と梟が入り混じったような不気味な姿で、さらってきた子どもたちを生きたまま丸呑みにするのを好んだ。魔王ゾルガスベギオゴロンは無数の人間の手足や首がでたらめに生えた巨大な肉塊で、地下の玉座に収まったまま地上の人間たちを念力でバラバラに引き千切るのを楽しんだ。大魔王シゾラは真っ黒な霧のような姿で、毒霧の肉体でひとつの街を包み込んではそこに住む人間を瞬時に窒息死させて生命の火を吸い取った。



 魔王と勇者の戦いは歴史の黎明にまでさかのぼる。

 そもそも、魔王そして勇者とは何者なのか。

 古代から何千年にもわたり研究されてきたテーマだが、いまだ統一された結論は出ていない。


 聖教会の公式見解では、魔王とは創造主の敵である。人類誕生以前、魔王は創造主と戦って敗れ去り、地獄の底に幽閉された。しかし人々の信仰心が弱まる時、魔王の分身は地獄の結界をすり抜けて現世へと侵入し世界に災いをもたらすという。そして勇者とは、人々を救うため慈悲深き創造主が現世に遣わした神の子であるとしている。


 しかしある異端者は、完全であるはずの創造主が魔王を滅ぼさずわざわざ幽閉しているという聖教会の見解に疑問を抱き、熟考の末、創造主は魔王よりも弱く、魔王こそがこの世界の真の支配者であり現世は彼の餌場に過ぎないという冒涜的な結論に到達した。聖教会が今日ほど寛容ではない時代だったため、彼はまさにこの殉教者の広場で火あぶりの刑に処された。


 学者たちは聖職者とはまた別の考えを持っていた。ある哲学者によると、魔王というのはこの世界を動かすシステムに内在する矛盾が集積して顕在化した存在であり、これを解消することができるのはこの世界のシステム外から導入された存在すなわち勇者だけであるという。


 魔道士たちの一派は、魔王とは他の世界から侵入した不死の精神体で、精神構造があまりにも異質すぎるためこの世界を理解できず、それゆえに世界を激しく憎み、肉体を次々に乗り換えては世界に災いをもたらし続けているという。そして、魔王と同じくこの世界の外側から来た勇者のみが魔王の怒りを理解し意思疎通することができるため、これを滅ぼすことができるという仮説を立てている。


 市井の陰謀論者たちによると魔王は実在しない。魔王とされているのは聖教会の権力者に敵とみなされた人物に過ぎず、その異様な姿かたちや非人間的な悪行はすべて聖教会が流した嘘であり、そして勇者なるものの正体は単なる雇われの暗殺者だと力説し続けている。何度も確たる証拠を突きつけられて否定されても、いつの時代もこの手の陰謀論者が絶えることはなかった――――。




「…………よって、アキモトシュンヤを偉大なるアルルノドより数え、第97代目の勇者、救世主、神の子としてここに列聖する。神の祝福のあらんことを」

 その日の午後にわたって長々と続いた儀式の最後に、聖教会の教主が厳かに告げた。

 そして、こうべを垂れてひざまずく秋本俊也の両肩を、錫杖で一度ずつ軽く叩いた。


「……神の祝福のあらんことを」式典に参列した一同が唱和し、ようやく式は終わった。



 秋本俊也は立ち上がり、「勇者広場」に新たに建立された自分の像を見やった。

 風にマントをなびかせ、憂いを含んだ表情ではるか遠くを見つめている青年の姿がそこにはあった。


「ちょっと美化されすぎだろ、お前」

 秋本のすぐ後ろで儀式に参列していた倉本が冷やかした。

「実物よりも体格が良すぎるな」と佐々木。

「そうだな。本当はもっとヒョロいし、こんなキリッとしてねぇよな」

「そうそう、もっと締まりがなくて助平そうな顔してるな」

「お前らなぁ……」

「怒るなよ、冗談だって」


「…………おめでとう、俊也。ついにこれで本当に終わったんだね。長い間、勇者お疲れ様」

 横井紗英が言った。

「ありがとう。ようやく俺も勇者の任務から解放されたってことか。……ほんとうに疲れたな」

 秋本俊也はため息とともに吐き出した。

 その顔には疲労が色濃く浮かんでいた。


 今回の列聖式は聖教会からの魔王根絶の公式発表に等しい。

 聖教会の調査員たちは、魔王の本拠地だった北方大陸だけでなく世界中に散って調査を行い、魔王およびその使い魔である魔王群の活動が完全に消失し、復活の兆候も見られないことを最終確認した。


 魔王の消滅をもって、勇者はその務めを解かれる。

 その功績を称えて広場に像が建てられた後は、元勇者は晴れて自由の身となるのだ。


「……帰ろうか、みんな」秋本が言った。

 大聖堂の向こうのオレンジ色に染まった西の空に、夕日が沈もうとしていた。

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