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異世界下水道清掃員  作者: 白石健司
第Ⅰ部
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第41話 勝負

 俺は秋本たちと対峙した。


 俺が前に出た瞬間、それまでリラックスした様子でベンチに腰かけていた倉本の体がほんのわずか緊張した。


「大丈夫だ、倉本」秋本が手を上げて倉本の動きを制した。


 秋本が止めなかったら、倉本は秋本を護るため俺に襲いかかっていたに違いない。倉本は再びくつろいだ姿勢に戻った。だがそれは見せかけで、いつでも攻撃できるように全身の筋肉と神経はアイドリング状態にあることは間違いない。

 倉本はぶっきらぼうで言葉数の少ない男で、昔からあまり親しく会話することもなかったが、俺のことを嫌っているのは薄々感じていた。必要とあれば俺のこともコボルトたちやヴァンパイアのヘネルス氏のように容赦なく斬り捨てるだろう。



「どうした渡辺、何か言う気になったのか」秋本が言った。


 俺はうなずいた。

 そして頭の触角を秋本の腕に向かって静かに伸ばし、そして軽く触れさせた。


「…帰れ。出て行け。俺の邪魔をするな…」俺は秋本にメッセージを送った。


 秋本は少し驚いた顔をした。

「なるほど、そういうことか。渡辺、また俺たちを拒絶するんだな。五年前、俺たちの前から姿を消した時と同じように。だが、今度ばかりはお前の事を放っておくわけにはいかない。今のお前は明らかに自分を見失っている。力ずくでも地上に連れ戻し、目を覚まさせてやる」


「…力づくで連れ戻せるつもりか。やってみろ。俺はもう昔の俺じゃない…」


「ほう……、たしかにお前は変わったな」

 秋本は微笑んでいた。

「そうだな、力づくも意外といいかもしれないな。……俺と勝負しろ、渡辺」



 ガエビリスを含めその場にいた全員が目を見張った。

「俊也、ちょっとそれは……」

「おいおい、いいのかよ秋本」

 横井さんと佐々木がほぼ同時に言った。

 倉本はわずかに口の端を持ち上げて笑ったように見えた。

 ガエビリスは一瞬驚いたものの、すぐに無表情に戻った。


「俺もそれなりに戦闘経験を積んできたからな、戦わずして相手の力量を推し量るくらいはできる。渡辺、今のお前は相当強い。せっかくそこまで強くなったんだ、その力、俺に向かってぶつけて来いよ、全力でさ。昔から俺に対しては色々と思う所があったんだろ。この際、全部すっきりさせちまおうぜ」

 秋本は俺をまっすぐに見つめ、朗らかな笑顔で言った。


「俊也……」横井さんがうつむいた。


 今の秋本と横井さんのやり取りで俺は直感した。

 秋本は知っていたのだ。俺が昔、横井さんに恋愛感情を抱いていたことを。

 そして、知っていながら俺から横井さんを奪ったのだ。



 秋本は続けた。

「こうしよう。俺たち二人のサシの勝負で決着をつける。他の者は手出し無用だ。魔術での援護も無しだ。俺が勝てばお前を地上に連れて帰る。反対にお前が勝った場合、俺たちは地上へ戻り、今後一切お前にもこの地下の街にも干渉しない。それでいいな?」


 そう、それで問題ない。俺はうなずいた。


「みんな、ここは一つそういうことで頼む。……貴方もよろしいですよね?」

 秋本は皆を見回しながら言い、最後にガエビリスを見据えて言った。

 ガエビリスは茫洋とした青緑色の瞳で秋本の射抜くような力強い視線を受け止めていたが、やがて

「……ええ、いいわ。ワタナベさんが納得しているのなら」

「ありがとうございます」秋本は頭を下げた。



「……じゃあ、行くぞ渡辺」

 来い、秋本。

 俺は姿勢を低くし、いつでも跳びだせるように身構えた。全身に力がみなぎっていく。


 秋本は腰に帯びた剣を抜刀しないまま、俺との間の距離を縮めてくる。

 見たところ、魔王を倒したという伝説の秘剣ではなく普通の鋼の剣だが……素手で戦うつもりなのか。それとも。

 それにしても隙が無い。うかつに踏み込めば致命的な一撃を受けるのは間違いない。


 秋本との距離は3メートルほど。

 まだだ。まだ耐えろ。もっと近くに引き寄せるんだ。

 今の俺は触角と全身の感覚毛からなる超高感度の動体センサーを装備しているも同然。秋本の攻撃がいかに素早くても即座に感知して反応することができる。いかに勇者とはいえ、秋本は肉体的にはただの人間に過ぎない。フィジカル面のスペックは人間を超越した俺の方が高いはずだ。


 距離、2.5メートル……、2メートル……。

 今だ!

 俺は全身の筋肉に蓄積された力を一気に解き放った。床を蹴って這うような低さで秋本に向かって突撃する。この距離でこの加速、避けられまい。

 だが秋本の姿は忽然と消えていた。

 上か!俺は頭上めがけ鋼鉄製ワイヤーのような触角を一閃した。

 触角が金属音をともなって弾き返された。秋本は剣を抜いていた。振り下ろされた剣先を俺はかろうじて避けた。着地した秋本は続けざまに斬撃を放ってきた。剣と触角がぶつかり合って火花が散る。一撃一撃が速い上に重い。防戦一方の俺はじりじりと壁際に追い込まれていった。


 だがしかし、それは思わぬ好機だった。背中が壁に触れた瞬間、俺は壁に張り付き天井に向かって這い上がった。ローチマンの俺にとっては壁や天井も床と変わらない。俺のとった予想外の動きに、秋本に一瞬の隙が生じた。チャンスだ。俺は秋本めがけて弾丸のように跳躍し、全体重を乗せた渾身の一撃を叩きつけた。


 だが、俺の拳が秋本に届くことはなかった。

 ほんの1センチ、左にずれていた。

 そのかわりに、俺の鳩尾には秋本の拳が深々とめり込んでいた。体の中心部を貫いた衝撃が、俺の肺と気門からすべての空気を叩き出した。


 膝から力が抜けていく。トンネルのようにどんどん狭まりゆく視野の中心に秋本がいた。

 悔しかった。悔しくて仕方がなかった。

 すべてを捨てても、俺はあいつに届かなかった。あいつに勝てなかった。

 意識を失う寸前、俺が最後に聞いたのは秋本の次の言葉だった。

「……強かったぜ、渡辺」




 そういう事で、俺は秋本に完敗した。

 ガエビリスや黙って後から見ていたキンクは秋本との約束を守った。意識を失った俺は秋本たちに運ばれて無事に地上の都市に戻った。



 意識を取り戻すと、俺はベッドに寝かされていた。

 清潔な寝間着と寝具。窓から差し込む暖かな陽光。見知らぬ部屋だった。

 体はすでに人間に戻っていた。


「……渡辺くん、気がついた?」

 横井さんだった。彼女はベッドの脇に置かれた椅子に腰かけていた。

「ここは?……」俺はつばを飲み込み、ひび割れた声で言った。

「私たちの家よ」

「どれくらい眠ってた?」

「あれから丸二日。ここに運び込む前、まだ地下にいる間にどんどん殻が剥がれてきて人間に戻ったわ」

「そうか……。秋本は?」

「隣の部屋にいるわ。呼ぶ?」

「…………」首を左右に振った。


「渡辺くん、ごめんね」

「何で横井さんが謝るの。何も悪くないのに」

「渡辺くんの苦しみに、私たち気付いてあげられなかった」

「別にそんなの、いいよ」

「これからは何でも相談して。私たち力になるから」

「……俺の事はほっといてくれ」

「……渡辺くん?」

「ごめん。何でもない。……二日間、世話してくれてありがとう」

 俺は寝返りを打って彼女から顔を背けた。

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