表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異世界下水道清掃員  作者: 白石健司
第Ⅰ部
32/117

第32話 断章:勇者の夢③後編

 三人は机を挟んで席に着いた。

 事務所の奥の小さな部屋で、おそらくここが社長室なのだろう。ガノトは筋肉質の大柄な体をいかにも窮屈そうに肘かけ椅子に納めていた。


 ガノトは険しい顔のまま、ため息をつくと話し出した。

「ワタナベだがな、最近、無断欠勤を続けていてな。自宅に行ってみたんだが部屋にいる気配もない。いったいどこをほっつき歩いてるんだか。あんたら、何か知ってるのか」

「いいえ、私たちも渡辺くんを探しているのです」

 秋本の憂慮した通りの展開になりつつあった。



「ご存じのように、渡辺くんは被矯正者でした」

 秋本はガノトの目をまっすぐに見つめながら言った。


「ここに来る前に、ヒュドラ事件の裁判の記録を見てきたんですが、雇用主のあなたが渡辺の身元引受人になっていましたよね。法律では、被矯正者の保護は身元引受人の義務とされているのはご存じかと思います。ですよね?」

「ん、まあ、そうだな」ガノトは曖昧な返事をした。


「失礼を承知でうかがいますが、あなたは被矯正者となった渡辺くんをちゃんと保護なさっていたのですか。被矯正者を狙う奴隷商人や悪徳業者も多いと聞きます。彼のことをどこで狙っているかもわかりません。まさか放置していたなんてことはありませんよね」

「馬鹿な、そんな四六時中あいつの面倒ばかり見てられるわけがないだろう」

「お言葉ですが、それは無責任じゃありませんかね」


 ガノトの顔にさっと怒りが走った。

「そんなに大事なお友達なら、あんたらが面倒見てやったらよかったんだ!今更のこのこ出てきて何様のつもりだ!」

 一気に噴き出したガノトの怒りは収まらなかった。

「こちとらあいつには恨みしかないんだ。ワタナベの馬鹿が余計な事をしたせいで、危うく営業許可を取り消されるとこだったんだからな。俺がこれまでどれだけ苦労してきたか、あんたらにはわからんだろう。あの事件の後、方々に走り回って頭を下げて、何とか廃業だけは免れたが。ワタナベの野郎があんな目に遭ったのも自業自得だ!」

 顔を真っ赤にしながらそう言うと、机のおもてを平手で殴りつけた。


 秋本は冷静な口調で言った。

「自宅の大家から話を聞きましたが、渡辺くんは非常に不衛生な格好のまま帰宅していたそうです。建物内に下水の悪臭が充満するほどのひどい状態だったそうです。作業の後、渡辺くんに着替えや入浴を禁じていたのですか。それは被矯正者への虐待に当たります。犯罪行為ですよ。

 事がおおやけになれば、あなたは罪に問われることになる。せっかくあなたが苦心して取り付けたという営業許可も取り消されるでしょうね」


「俺がやらせたわけじゃない。……ただ、あいつらを止めることもなかった」


「何があったのか、詳しく教えていただけませんか」

「全員が加担してたわけじゃない。一部の従業員がワタナベひとりに仕事を押し付けたり、あえて危険で不潔な作業をさせたりしていたようだ。あいつはだんだんボロボロになっていった。俺もわかっていながらそれを黙認していた」

 ガノトは悄然として言った。


「あんたらはこの事を、ワタナベの失踪を、司法局に通報するのか」

 すっかり打ちひしがれたガノトは、上目づかいに秋本の様子をうかがいながら言った。


「……いいえ。あなたが先ほどおっしゃった通り、私たちにも渡辺くんをほったらかしにしていた責任はあります。ですので、あなたを一方的に断罪する権利はありません。私たちは渡辺くんが何らかのトラブルに巻き込まれる前に、彼を見つけ出したいのです。ですのでガノトさん、あなたも私たちに協力していただきたいのです」


「いいのか、本当に。俺が力になれればだが」ガノトは見るからに安堵して言った。

「ええ、是非ともご協力をお願いしたいのです。渡辺の行方について、手がかりになりそうなことはご存じありませんか。何でもいいのです」

「そうだな……」

「今すぐでなくてもいいのです。何か思い出したり、お気づきのことがあれば、こちらに連絡をください」

「わかった。必ず連絡する」


 そう言って秋本は一枚の紙片をガノトに手渡した。そこには秋本たちの冒険者チームが拠点としている建物の連絡先が記されていた。

「アキモト、シュンヤ……。アキモトって、あんたひょっとして、あの勇者アキモトなのか!」

 ガノトは驚愕して大声を上げた。


「ええ、まあ。そんな風に呼ばれることもあります。では、今日はこれくらいで失礼させていただきます。先ほどのご無礼な発言の数々、許し下さい」

 呆然とするガノトを残し、秋本と倉本の二人は清掃会社を後にした。


「まったく、お前は恐ろしい奴だな。あんな一筋縄ではいかなそうな親父をたやすく手玉に取ってしまうなんて」歩きながら倉本がぼそりと口にした。

「ひどいな。人を詐欺師かなんかみたいに言うなよ」




 その夜。

 秋本は夢を見た。やはりいつもと同じく魔王との戦いの夢だった。

 魔王城を取り囲む漆黒の樹海、別名「魔王の庭園」。

 密生する黒い枝葉にさえぎられ地上に日光は届かず、地面からは曲がった木の根が浮き出し、至る所に底なし沼が口を開く、一度迷い込めば二度と抜け出せぬ文字通りの魔境だった。


 さらに五人の戦士たちの行方を阻んだのは、次々に襲いかかる森の魔獣たちだった。

 足元の泥濘から触手が伸び、手足に絡みついて底なし沼へと引きずり込もうとする。さらに樹上からは毒の鱗粉をまき散らす巨大な蛾や、鋭い鉤爪を生やした猿のような怪物が襲いかかる。群がる毒虫や食肉植物を蹴散らしながら道なき道を進んでいくが、その後ろからは巨大な猛獣が足音も立てずにひたひたと追る。


 全員、泥まみれになり、全身を無数の毒虫に刺されながら森をさまよった。魔の森は彼らの体力と気力を確実に削り取っていった。まるで森そのものが悪意を秘めているかのようだった。

 いや、これは単なる比喩ではなかった。まさに森の木々は悪意をむき出しにしていた。ねじまがった木々の幹に、無数の人間の顔が浮き上がっていたのだ。怒り、憎しみ、欲望、嫉妬、嘲り、それら醜い表情を浮かべた老若男女の顔、顔、顔が五人を取り巻いていた。

 あああああ…………。

 森を吹く風が、呻き声のような音を立てた。底なし沼がぼこぼこと沸き立ち、木の根は蛇のようにうごめいた。さらには茂みの中から無数の毒虫、毒蛇、猛獣、魔獣がぞろぞろと這い出してきた。

 秋本は悟った。この森そのものが巨大な魔物だったのだ。森を倒さぬ限り外には出られない。


 勇者は無の剣セクタ・ナルガを鞘に戻すと、別の剣を鞘から抜いた。

 砂塵の剣アマーン。全てを滅ぼし砂へと還す剣。干乾びた骨のように白い刃を、勇者は森の地面に突き立てた。

 次の瞬間、森の木々が絶叫した。幹の裂け目から血と腐った肉と臓物が吹き出し、枝は次々に破裂し、黒く生い茂る葉は瞬時に灰色の枯れて散った。毒虫、猛獣たちは狂ったように互いをむさぼり食いあった。

 紗英が張った強固な防壁魔術のおかげで、勇者たちは周囲で荒れ狂う凄まじい混沌の嵐をしのぐことができた。そして約一時間後、嵐が治まると魔の森は消えていた。後には乾ききった枯木が点在する砂漠だけが残された。砂塵の剣アマーンは力を放出して塵に還った…………。




 次の日、ガノトから連絡があった。

 それは被矯正者の行方について、まことしやかに囁かれている一つの噂についてだった。

 この都市の地下どこかに、被矯正者や犯罪者、精神異常者などがひそかに集まって住んでいる町があるというのだ。ガノト自身は半信半疑であり、こんな噂話が役に立つとは到底思えないと否定的だったが、とにかくひとつの手がかりではあった。この線で調査してみる価値はあった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ