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異世界下水道清掃員  作者: 白石健司
第Ⅰ部
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第17話 断章:勇者の夢②後編

 ともにこの世界に転位し、これまで一緒に生きてきた六人だったが、各々が見出した活躍の場は異なっていた。


 野村はこの町で商売を始めることにした。戦闘経験を積んでその強さは六人の中でもトップレベルだったものの、元から戦いよりも金儲けが好きな性分でそれはこの世界に来ても変わらなかった。そしてその後、彼はその素質をいかんなく発揮していくことになる。


 転位者六人の中で一番最初に魔術を使えるようになった紗英は、その頃にはすでに高度な魔術をいくつもマスターし、直感的に新しい魔術を編み出して見せるなど魔術の天才の片鱗を見せていた。この都市で専門的な教育を受ければ国家公認の高位魔術師になれるのは間違いなかった。彼女は厳しい試験に合格し国立魔術学院に入学した。


 そして、秋本と佐々木、それに倉本の三人はフリーの冒険者になることにした。

 何より戦いが楽しかったからだ。それに戦えば戦うほど強くなっていく自分を実感できるのが嬉しかった。彼らは自分の強さを極めてみたいと思った。軍隊や、夜警などの治安維持組織に入る選択肢もあったが組織に属さず自分たちのやり方で自由に戦いたかった。三人はパーティーを結成し、時には他の冒険者たちとチームを組んで、魔物の討伐や物資輸送の護衛を請け負ったりして活躍し始めた。

 自前の護衛を持たない中小の輸送業者や、魔物に悩まされる山間の村落などからの仕事の依頼は引きも切らなかった。



 三人が冒険者として活躍し始めてしばらく経った、ある夜のことだった。

 国境の山岳地帯でキャラバンを護衛していた彼らは、魔物たちの急襲を受けて古い城塞に逃げ込んだ。

 その夜現れた敵はいつもの魔物とはレベルが違った。攻撃は執拗でかつ強力で、こちらからの反撃はまるで歯が立たなかった。不運なことにその夜、彼らが遭遇したのはただの魔物ではなかった。魔王の意志で動く強力な魔物、「魔王群」だったのだ。


 少数の守備兵が詰めていただけの小さな城塞はたちまち魔王群に包囲され、籠城戦がはじまった。

 砦は上層部から破壊されていき、彼らは地下への撤退を余儀なくされた。

 砦の地下には迷路のような地下通路が張り巡らされていたが、彼らはその中を下へ下へと逃げ込んでいくしかなかった。

 絶望的な状況だった。助かる唯一の手段は魔物の包囲の外側に通じる通路を見つけ出す事。彼らは手分けして、あるかないかわからない脱出ルートを必死に探し回った。


 その時、秋本は通路の石壁が崩落している箇所で隠し扉を発見した。その先は城塞よりもはるか昔に築かれた地下神殿へと繋がっていた。

 そこでは一振りの剣が、秋本の手に握られるのを待っていた。

 強大な力を秘めた「無の剣」セクタ・ナルガ。

 斬りつけた相手を無に帰する恐るべき伝説の剣。

 同時に、扱いを誤れば使用者に即座に死をもたらす呪いの武器。自らの身を顧みず仲間のために剣を振う勇気ある者、勇者にのみ扱える武器だった。秋本は苦痛と恐怖を克服し、台座から剣を抜き取った。

 「無の剣」を手に地上に戻った秋本は、たった一人で魔王群を殲滅した。

 これが伝説の始まりだった。守備兵たちの口を通じ、秋本の噂は国中に急速に広まっていった……。



 残った最後のひとり、渡辺は活躍の場を見出せずにいた。

 渡辺はいつまでたっても魔術を習得できなかった。あいつ自身、そのことに深い劣等感を抱いているようだった。

 村で暮らしている時はまだ明るく振る舞っていたけれど、旅に出てからは目に見えて口数が少なくなっていった。魔物が襲いかかってきた時も、魔術が使えないので一人だけ戦いに参加できず、安全な場所に逃げ込んでいてもらうしかなかった。

 仲間が負傷するような苦しい戦闘の後には、そんな渡辺に対する仲間たちの視線が一段と冷たいものになるのも仕方がなかった。


 仲間たちは声をひそめて言った。

「おい見ろよ。渡辺の野郎が出てきやがったぜ」

「紗英ちゃんでさえこんなボロボロになって戦ったのに、あいつ一人だけいい御身分だな」

「まあいいよ。戦闘中にそこらにいられても、どうせ邪魔なだけだし」

「ちょっと、みんな言い過ぎだって……」


「……みんな、無事か?」申し訳なさそうな顔で渡辺は言った。

「けっ、これが無事に見えるか?」

「……すまない。何か俺にできることは……」

「いいよいいよ。回復魔術も使えなんじゃ手当てもできないだろ。そこらで休んでてくれ」

「…………」


 一方、戦いの後の勝利の喜びとも渡辺は無縁だった。強力な敵を退けた後で浮かれ騒ぐ仲間たちの輪から離れ、渡辺はひとり、所在無く立ちつくしていた。

 あの時、もう少しあいつに対して優しく接してやれたなら。秋本は今でも後悔していた。



 この街にやって来てから、渡辺は仲間たちから距離を置きはじめた。

 六人の仲間たちは週に何度か集まって情報交換をしていたがそれにもほとんど顔を出さなくなっていった。住んでいる場所さえ明かさず、普段この街で何をしているのかさえわからなかった。

 そんな渡辺を見るに見かねて、秋本は渡辺を冒険者チームに誘った。たとえ魔物と戦えなくても、仕事の依頼を受けたり、装備を手配したり、やってもらいたい仕事はたくさんあったからだ。しかしそれも断られてしまった。


「心配してもらえて嬉しいけど、俺にはやりたい事があるんだ。悪いな」

 渡辺はそう言っていたが、やりたい事とは何なのか具体的な事は一言も言わなかった。

 そして、それを最後に渡辺は転位者仲間たちの前から姿を消した。

 仲間たちは行方を探したが、魔王との戦いの運命が迫ってくるにつれて、そんな余裕はなくなっていった……。



 渡辺の消息が明らかになったのは、つい先日のことだった。

「おい秋本、新聞見たか?渡辺の事が載ってるぞ!!」

 式典を終えて帰宅した直後、野村から興奮気味の連絡を受けた。


 急いで記事を確認する。それは魔物の襲撃事件に関する記事だった。大都市では珍しい巨大な龍の襲来で、夜警を中心に大勢の死傷者が出ていた。最終的に龍は夜警の手で倒された。

 信じがたいことに龍はこの街の下水道に生息していたらしい。最近旧市街で頻発していた殺人事件に、下水道に潜む魔物が関わっている可能性があるとして、下水道清掃作業員とともに夜警が付近の下水道を捜索している最中に起きた事件だった。

 捜査の結果、下水道清掃作業員の一人がとった無謀な行為のせいで龍が凶暴化したことが明らかになった。

 その清掃作業員の名は、ワタナベヒロキと記されていた。

 五年ぶりに明らかになった、渡辺の姿だった。

「あいつ、何やってんだよ……」

 秋本は記事を読んで暗澹たる気分になった。


 さらに数日後、渡辺の処分について、誤植混じりの短い記事が新聞に載った。


 ――違法呪具および都市治安維持活動妨害の罪によりワタナビヒロキ被告に精神矯正刑が執行された。


 精神矯正刑。別名、心の監獄。精神の自由を奪う恐ろしい刑罰だった。

 助けなければ。秋本は思った。

 あいつの行方を探し、取り返しのつかない事になる前に保護しなければ。

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