第13話 判決
――――二週間後。
被告人席に立つ俺の姿を、スポットライトのように射しこむ天窓からの光が浮かび上がらせていた。
対照的に、被告人に向かい合う三人の裁判官も、俺の後ろに控える治安維持機構のゾス上級構成員もすっぽりと影の中に沈み込んでいる。
略式の法廷にいるのは、その五人がすべてだった。
俺は両手首に重い手錠をかけられ、まもなく下される判決を待っていた。
俺が違法に入手した魔法球のせいで、水龍が凶暴化して地上で暴れ回り、多数の死傷者が出てしまった。
魔物退治は魔物ごとの特性を十分に把握した上で、慎重に行わなければならない作業だ。俺はそんなことも知らず、殺傷力の高さだけで魔法球を選び、そして危険性も十分考慮せずに軽はずみに使用した。
そのせいで何の罪もない人たちが大勢死んでしまった。同僚のキリスも死んだ。夜警のクルゼンも死んだ。
中央に座る小柄な老人の裁判官が、指につばをつけながら書類をめくっている。せわしなく紙をめくる音が、ガランとした室内にやけに大きく響く。
「えーっと、ワタナビ ヒロキさん、かな」
「……ワタナベ、です」
「あっそう。じゃあね、被告人に判決を申し渡すよ。げふっ、げふげふげふ……」
判決読み上げは裁判官の咳の発作によりしばし中断された。裁判官は口にハンカチを口に押し当て顔を真っ赤にしながら咳き込み続けた。他の二人の裁判官は無表情を保ったまま待っていた。
「えー……、失礼。被告人、ワタナベ ヒロキは、違法呪具使用および都市治安維持活動妨害の罪により、六段階の精神矯正措置を命じる。わかったね」
咳をしていた時間のほうがはるかに長い、実に短くあっさりとした判決言い渡しだった。だが、その内容は重かった。
この社会では暴力的傾向が著しい重度の精神異常者だけが監獄に収容され、犯罪に対する刑罰はたいてい別の形で下される。
一つは社会的ヒエラルキーの下降と懲罰的労働。ヒエラルキーごとに就ける職業の種類は厳密に制定されていて、下位になればなるほど命の危険を伴ったり、不快感を覚える仕事が多くなる。当然、収入は極端に少なくなる。刑罰としてこれが適用される場合、期間の長さは罪の重さにより三か月から無期限にまでおよぶ。
そして、罰のもう一つの形態が精神矯正だ。精神系の魔術で暗示を埋め込み、特定の思考を禁じたり、記憶を抹消したりされる。多くの場合、人格が作り変えられてまるで別人になってしまう。そして、ひどい時には生きる屍同然の無気力な廃人にされてしまう。第六段階というと、おそらく脳内の広範囲が操作されることになるのだろう。
俺はこの先自分を待ち受ける運命に目の前が暗くなった。
老裁判官が言った。
「君は懲罰的労働刑を受けている最中だったね」
「はい……」
そう、俺は現在、過去に犯した罪で、懲罰的労働刑を受けている最中だった。
それが、下水道清掃員の仕事だった。
「違法薬物の所持に対する罰を受けている最中に、なぜ馬鹿なことをしたんだね?大人しく今の仕事を続けていればよかったものを」
裁判官は眼鏡を外し、ハンカチでレンズを磨きながらどうでもいい世間話でもするように言った。
それを聞いて、頭に血が昇った。
上流階級のお前らに何がわかる。いきなり飛ばされた見知らぬ世界で仲間たちから見放され、毎日地面の下を這いずり糞尿にまみれ、明日に何の希望もなく生きていくのがどんなことなのかわかるはずがない。今から壇上に駆けあがって、その痩せ衰えた首をへし折ってやる。
だが、当然、そんなことは不可能だ。両腕にはがっしりと頑丈な手錠がはまっているし、動こうとした瞬間に後ろにいるゾス構成員に難なく取り押さえられてしまうだろう。俺はただ黙って裁判官をにらみ付けた。目に涙がにじんだ。そんな俺に追い打ちをかけるように老裁判官は続けた。
「大方、魔物退治で名を上げようとしたって所だろうが、実に短絡的かつ杜撰な計画だったね」
図星だった。まさに裁判官の言う通り、俺は焦りのあまり絡的すぎた。俺はただ黙ってうなだれていることしかできなかった。
三人の裁判官はいっせいに立ち上がり、退室していった。
「……行くぞ」
彼らの姿が消えた後、俺はゾス構成員に立たされ、精神矯正を受けさせるための施術室へと連れて行かれた。
司法局の建物内の廊下を進んだ先にあったその部屋は、他の部屋と特に変わった所はなかった。拷問具が並んでいるわけでもなく、手術台が置かれているわけでもない。石造りの部屋の真ん中に、粗末な木の椅子がぽつんと一脚置かれているだけだ。
隣室から、灰色のローブを着た二人の術士が現れた。片方は筋肉の塊のような猪首の男、もう一人は髪の毛まで灰色の痩せた初老の男。一目見た瞬間から、痩せた初老の男の方に恐怖を感じた。なぜならまるで死神のように見えたからだ。
「座れ」
筋肉男が低い声で俺に着席を命じた。椅子に座った途端、体が金縛りにあったように動かなくなった。身体拘束の魔術がかけられたようだった。
目の前に、死神男の顔があった。
「私の目をよく見なさい。けっして目を閉じたり、そらしたりしてはなりません……」
そう言われたものの、まぶたを閉じることも、眼球を動かすこともできなかった。俺は静かな声で語りかけながらじっと見つめてくる死神の真っ黒い瞳を、ただ凝視していることしかできなかった。そしてしだいに意識は混濁し、自分が起きているのか眠っているのかさえわからなくなっていった。
頭の中が氷のメスで切り裂かれているかのように冷たかった。メスが振るわれるたび、過去の記憶の断片とその時の感情が鮮やかによみがえり、そして消えていった。そうして、俺は俺でなくなっていった。




