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異世界下水道清掃員  作者: 白石健司
第Ⅳ部
113/117

第113話 財宝探し

 俺はスライム駆除作業に従事しながら、金貨一枚でも引っかからないかとそこらじゅうの下水管の底を浚えたが、現実はそんなに甘くはなかった。誰かが誤って排水口に落としたとおぼしき小銭が数枚見つかった程度だ。


 手当たり次第に探すのではなく、捜索範囲を絞り込んでやるべきだ。

 そう考えた俺は、作業員たちの噂話に耳を傾け、必死に情報を収集した。だが、話を聞いた相手ごとに金庫破りの現場となった街や地区はばらばらで、どれも信憑性がなさそうだった。そもそもそんな美味しい話、他人なんかに絶対に漏らすはずがないではないか。


 いや、もうとっくに誰かが手に入れたのかもしれない。

 下水道清掃作業員の仲間で、最近急に羽振りが良くなった奴はいないか。姿を見せなくなった者がいないか。大金を手にしてこんな世界とおさらばした奴はいないか。だが、作業員たちはいつもと変わらぬ不満げな表情で、仕事や自分の境遇に愚痴をこぼしながらもちゃんと仕事に来ていた。

 それとも、拾った奴は犯罪組織にばれるのを恐れ、何食わぬ顔で仕事を続けているのかもしれない。元はと言えば犯罪組織の非合法の金だ。拾った者を特定したら、奴らは強硬な手段で回収しに来るだろう。たとえ金を手に入れても、口を固く閉ざし、秘密を守っているのが賢いやり方だ。同じ作業員相手でも油断はできないだろう。どこに犯罪組織の手下が入り込んでいるかわかったもんじゃない。実際、作業員の中には元犯罪組織構成員の前科者もいた……。


 結局、盗まれた大金は作業員たちの必死の捜索にも関わらず見つからなかった。

 初めは作業そっちのけでお宝探しに熱中していた他の作業員たちもしだいに熱が冷めていった。


 だが、所詮、根も葉もない噂話に過ぎなかったかと諦めかけていたある日、俺に奇跡が訪れた。


 その日、俺はスライム駆除作業でゴヌカ地区と呼ばれる街を訪れていた。崩壊しかけた歴史ある大寺院のまわりに、金属加工を行う町工場や空室の目立つ雑居ビルや古い木造家屋が密集する荒涼とした街だ。舗装のひび割れから雑草が勢いよく伸びる寂れた通りからマンホールに潜り、下水道に群棲するスライムを駆除していた時だった。

 スライムの塊に突き込んだスコップの刃先が何か硬いものに触れ、小さな金属音が鳴った。ゆっくりとスコップを持ち上げてみると、ぐねぐねとうごめく薄ピンクのスライムの影に、黄金色に光るものが見えた。つまみ上げ、ヘッドランプの光にかざす。先代の王の横顔が刻印された黄金のコイン。それは紛れもなく本物の金貨だった。ようやく俺にもツキが向いてきたぞ。

 俺は満面に笑みを浮かべながら、捜索範囲を拡大していった。下水が流れる方向を下流に辿っていくと、さらに金貨が見つかった。金貨だけではなかった。大きな宝石を載せた指輪も、貴金属で作られたネックレスも汚泥の底に沈んでいた。下流に向かえば向かうほどその数は増えていった。それらを拾い集めながら、俺は先へ先へと進んでいった。


 だが、その先で下水道は大量の汚水が川のように流れる本管に接続していた。

 流れは速く、水深もかなり深そうだ。踏み込めば、ひとたまりもなく押し流されてしまうだろう。だが、間違いなくあの底にはもっと大量のお宝が沈んでいるに違いない。


 俺はロープを取り出し、自分の腰にしっかりと結んだ。反対側の端は一番近いマンホールのはしごの最下段に固定した。これで命綱になるだろう。俺は壁につかまりながら、慎重にその先へと進んだ。本管に入った瞬間、腰の深さまで水に沈み込んだ。水流の負荷が腰から下に強くかかる。俺は流されないように一歩ずつ足を運びながら、靴底で水底を探った。柔らかい汚泥が分厚く堆積していて、足を取られそうだ。


 泥の中に硬い感触を捉えた。俺は全身が濡れるのも構わず、しゃがみ込んでそれを拾い上げた。金貨だった。金貨はその周囲の至る所に沈んでいた。俺はずぶ濡れになりながら、夢中になってそれを拾い集めた。顔に小便臭い汚水がかかっても一向に気にならない。十枚、二十枚、まだまだあるぞ……。金貨や宝石を貯めた袋はどんどん重くなっていく。やったぞ。ついにやったぞ。これで金持ちだ。


 いつしか俺は壁際から離れ、流れの強い本管の中央付近までさまよい出ていた。さらに金貨を集めようと手を伸ばした瞬間だった。俺はついに汚泥に足を滑らせて転んだ。

 とたんに流れが襲いかかり、前後不覚に陥った。俺はピンと張ったロープをつかんで体勢を立て直そうとしたが、次の瞬間、ブツンと嫌な衝撃が伝わってきた。命綱が切れたのだ。俺は張りを失ったロープを握り締めたまま、たちまち激流に押し流されていった。俺はパニックに襲われた。水の上に頭を出そうと必死にもがいたが、その度に苦塩っぱい汚水を大量に飲み込んだ。さらに悪いことに、切れた命綱が手足に絡みつき、俺の自由を奪っていた。頭からヘッドランプが外れ、辺りは完全な暗闇に閉ざされた。

 幾度となくスライム駆除作業に潜り、すっかり慣れていたはずの下水道。

 そこで俺は死にかけていた。

 しかも、魔物に襲われたのではなく、ただ単に足を滑らせて下水で溺れるとは。こんなつまらない、初歩的なミスで俺は死ぬのか。いかにも俺らしいや。しだいに遠のいていく意識の中、俺は自嘲的に思った……。




 俺は闇の中で意識を取り戻した。

 どうやら、命は助かったらしい。一筋の光も射し込まない暗闇なので、周囲の状況はまったくわからない。感じられるのは、自分の体が浅い水に浮かんでいることと、体を浸す下水の流れが緩やかなことだけだ。流れの激しい下水の本管から外れ、どこかに流れ込んだのだろうか。

 動こうとした瞬間、右足に激痛が走った。思わず口から漏れた悲鳴が暗闇に反響した。骨が折れている。折れた骨の端同士が擦れるのか、少し姿勢を変えようとしただけで鋭い痛みが走る。きっと酷い怪我になっているのだろう。恐る恐る、患部に手を伸ばす。……ズボンの生地を内側から突き破って、鋭く尖ったものが出ている……。骨が皮膚を破って外に飛び出す開放骨折だ。それを認識した瞬間、俺は痛みのあまり再び意識を失った。


 たった一人で、地下のどこだかわからない場所で、光源を失い、怪我のため歩くことさえできない。俺はこれまでこんなに絶望的な状況に陥ったことがあっただろうか。

 俺は舐めていたのだ、下水道を。ここは魔王や魔物の脅威がなくとも十分に危険な場所なのだ。

 何だよ、俺は勇者どころか、下水道作業員としても半人前以下だったのか。何事にも真剣に取り組まず、いい加減に人生を生きてきた、その報いがこの結末なのだ。

 餓死か、傷口からの感染症か。俺は誰にも知られず、この闇の底で緩慢に死んでいくのだ。その死骸は鼠やゴキブリ、スライムに食い荒らされてバラバラになるのだろう。俺は水に浮かんだまま、緩やかな汚水の流れに体を運ばれていった……。



 その時、俺の耳はかすかな音を捉えた。

 呼吸のような音だ。まるで巨人が寝息を立てているような、ゆっくりとした重々しく響く音の繰り返し。空気中の湿度がやけに高く、蒸し暑かった。体を浸す汚水も生暖かい。工場排水でも流れ込んでいるのか。そう思った時だった。俺の網膜はかすかな赤い光を捉えた。ぼんやりとした薄暗い赤い光が、周囲の闇に充満している。弱い光なので、ランプを灯していれば気付かなかっただろう。


 赤黒い闇を背景にして、巨大な物体の影が浮かんでいた。

 無数の手足を持った、巨大な昆虫。はじめはそう見えた。

 昆虫のような棘だらけの関節肢を持ち、全身が鋭い棘や触手で覆われてはいるが、その胴体と頭部の輪郭は人間のそれだった。その巨大な怪物は、頭を下にして無数の糸で地下空洞の天井から吊り下げられていた。


 その物体を目にした瞬間、俺の全身を直感が貫いた。

 魔王だ。

 今、ここにいる、この巨大な怪物こそが真の「新たなる魔王」だったのだ。

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