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異世界下水道清掃員  作者: 白石健司
第Ⅳ部
112/117

第112話 金庫破り

 深夜の裏通り。防水合羽をまとった三人の男たちがマンホールを取り囲んで立っていた。一人が棒状の金具を差し込み、鉄蓋を持ち上げた。男たちは一人、また一人とマンホールに中に消えていった。

 一見、ただの下水道清掃作業員に見える。全市を挙げてのスライム撲滅運動が盛んに行われている昨今、特に珍しくもない光景だ。だが奇妙なことに、男たちはスライム駆除に必要なスコップだけでなく、防水袋に包まれた重々しい機材も持ち運んでいた。


 不審な男たちは汚水を跳ね散らしながら、下水道を歩いて行った。このあたりの下水管は卵を逆さにした形の断面を持つ卵形管だ。沈殿物が堆積しにくいよう工夫された構造だった。レンガ造りの壁面はむき出しで、スライムはほとんど付着していない。駆除作業が必要な場所とは思えなかった。

 男たちは歩数を数えながら慎重に進んでいく。やがて一人が立ち止まって言った。


「……755歩だ。お前たちはどうだ?」「俺もそうだった」「同じく」

「ここに違いないな。よし、始めるぞ」


 男たちは背負っていた防水袋を下ろした。中から取り出されたのは削岩機や穿孔機だった。男たちはそれを抱え上げ、下水管の壁面に尖端をあてがい、スイッチを入れた。耳を聾する轟音が下水道内に反響し、砕けたレンガの破片が粉塵となって飛散する。瞬く間にレンガの後ろから硬い岩盤が現れた。男たちはそのまま掘り進める。数時間、交代で掘り続けた結果、長さ5メートルのトンネルができあがっていた。

 トンネルの突き当たりは、分厚い鋼の板が行く手を塞いでいた。削岩機は火花を散らすだけで突き破ることができない。


 男の一人が進み出て、懐から取り出した蝋石で鋼板に一辺1メートルほどの四角形を描き、そして呪文を唱えた。すると描かれた線に沿って鋼板に錆が浮き、ぼろぼろに腐食しはじめた。酸化魔術だった。腐食させた箇所に再び削岩機をあてがうと、今度はあっさりと鋼板を貫通した。男たちは四角い線に沿って削岩機を動かし周囲から切り離していった。最後に切断箇所にバールを差し込むと、力いっぱい手前に引いた。ついに鋼板が外れた。男たちは鋼板の真ん中に開いた四角い穴からその奥に侵入した。


「やったぜ……」「こいつはすげぇ」

 男たちは目をぎらつかせ、周囲の光景を見た。

 そこは金庫室の中だった。数々の紙幣や金貨、宝石、証券などが所狭しと山積みになっている。男たちの目的、それは金庫破りだったのだ。

「ぼけっとするな。早く集めてずらかるぞ」

 強盗たちはリーダーに促され、準備していた麻袋の中に手当たり次第に札束や宝石を詰め込んでいった。


 詰め込んだ財宝で重くなった袋を担ぎ、強盗たちはマンホールに向かっていた。

 だがその時、彼らを異変が襲った。

「痛ぇ!」一人が叫んで下水の中に倒れた。見ると足首に肉食(ひる)が食らいついていた。男たちが仲間から蛭を引き剥がそうとした時、闇の奥に一対の目が光っているのが見えた。と、反応する間もなく闇の中から襲いかかってきた獣に、もう一人が喉を食い破られた。リーダー格の男は魔術で応戦したが獣の姿はすでになかった。

「……くそっ、何だってんだ」

 リーダーの男は吐き捨てるように言った。その時、男は頭上に気配を感じた。視線を上げると下水道の天井に長い触覚を持つ人間大の怪物がへばりついていた。

「ゴキブリ人間、ローチマンか。気持ち悪ぃ」男は火炎魔術を撃った。だがローチマンは瞬時に闇の中に逃げた。次の瞬間、男の腹を剣が貫いていた。錆びてぼろぼろに朽ちた剣だった。長い間、下水道に沈んでいたものだろう。その剣を握っているのはローチマンだった。リーダーの男は下水の中に崩れ落ちた。


 やがて、おぞましい怪物どもの饗宴がはじまった。コボルト、ローチマン、食屍鬼(グール)、骨蜘蛛、ヘドロ蟹、毒蛞蝓(なめくじ)、腐肉蚯蚓(みみず)……。蛭に食いつかれた男は長い間悲鳴を上げていたが、生きながらに貪り食われて死んだ。

 魔王のスライムが下水道を席巻している間、昔からこの都市の下水道に住み着いていた魔物、怪物、魑魅魍魎どもは影を潜めていた。スライムに食われて吸収されたものも多かったが、すべてが一掃されたわけではなかった。元々、下水道は彼らの世界だった。彼らは人間も魔王も知らない様々な地下の隠れ家を持っていた。一時的とはいえ、魔王の脅威が去った今、再び地下世界の支配権を取り戻すべく、彼らの活動は大胆になり始めていた。


 夜明け前にまとまった雨が降り出した。

 合流式下水道だったその場所にも大量の雨水が流れ込んできた。普段の何倍もの水量に膨れ上がった激流は三人の男の遺体をその上で饗宴を繰り広げていた下等生物もろとも流し去った。そして、男たちが銀行の金庫室から奪った金や宝石も濁流に飲まれ、下水道の闇の奥に消えた……。





「勇者ワタナベ様、今日はこちらの地区をお願いします」


 俺は市の担当者から今日のスライム駆除作業の指示を受けていた。

 野村の衝撃的な市長辞任と、勇者謀殺容疑による逮捕後、選挙で新たに選ばれた新市長は野村の魔王対策を踏襲した。現在も市内の全下水道清掃業者に、軍まで動員して、徹底したスライム撲滅活動が展開されていた。魔王が一年以内に復活する可能性が30%以上と推定される中、可能な限りスライムを駆除しておく必要があった。

 しかし、スライムの駆除は思ったほど進んでいなかった。人員不足は軍の動員により緩和されたが、それよりも問題なのはスライムの再生が想定以上に早いことだった。一度徹底的に駆除した区域もたった十日ほどで元に戻り、まさにいたちごっこの状態だった。


 そんな中、例外がひとつだけあった。俺が駆除作業を行った場所だけは二度とスライムが再生しなかったのだ。聖教会の連中は、それは俺が「勇者」だからだと言う。魔王を倒すことができるのは異世界からの勇者だけだ。かつての魔王も今は変身や同化能力を失い、ただのスライムに戻っているが、細胞内にはまだ魔王に起源をもつ共生体を宿し、れっきとした魔王なのだ。

 どうやら俺は間違いなく本当に勇者だったらしい。でも、思い描いていた形とあまりにも違いすぎる。巨大な魔王に果敢に立ち向かい、神授の聖剣で格好良く一刀両断。そして華々しく凱旋し、人々の喝采を浴びる……。そう、秋本みたいに。それが勇者ってもんじゃないのか。


 俺は毎日市の担当者に呼び出され、市内各地の作業現場を回った。

 これまで以上に作業量は増えた。だが、収入が増えたかというと……。勇者とはあくまで名誉職であり、誰かが報酬を払ってくれるわけではない。今の俺は、親方の会社から市に出向している形になっていて、給料はちゃんと支払われたが、その額は一般の下水道清掃作業員と変わりがなかった。さらに、ガエビリスとの二人暮らしになったため、出費が以前よりも増えた分、生活はさらに苦しくなっていた。


 そんなある日の事だった。一緒に働いている作業員たちの噂話を耳にしたのは。

 一週間前、下水処理場の入り口に設置されたゴミの流入を防ぐ鉄柵に人間の死体の一部が引っかかっているのが発見された。死体の身元はすぐに特定された。窃盗や強盗で逮捕歴のある男だった。

 さらに近頃、ある犯罪組織の事務所の地下金庫室から金品がごっそり盗み取られる事件が発生したという噂が流れていた。だがそれは組織が犯罪で入手し蓄えていた違法な金だったので、当局への通報はなされなかったという。

 どうやら下水道から金庫室に侵入した男が、逃走中にトラブルに見舞われ、下水に流されたらしいとのことだった。

 そして、盗まれた金や宝石はまだ見つかっていなかった。

 ひょっとして、その金は下水道のどこかにまだ眠っているのかもしれない。もし、それを手に入れることができれば、こんな仕事さっさと辞めてやる。作業員たちはそう話していた。

 勇者だけでは食っていけない。俺にも金が必要だ。

 次の日から、俺は失われた金の行方を探し始めた。

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