表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異世界下水道清掃員  作者: 白石健司
第Ⅲ部
109/117

第109話 反撃

 倉本と佐々木を包囲していたオダリスたちの動きが止まった。

 そして突然、オダリスたちは崩れ始めた。整った顔立ちも白い甲冑も溶けてなくなり、スライムでできた泥人形と化した。しばらくの間、オダリスだった泥人形は揺れながら立っていたが、一体、また一体と倒れ、地面に激突して破片となって砕け散った。ばらばらになったスライムたちは物陰を求めて四方八方に這っていった。


「何が起きたんだ」佐々木が呆然として言った。

「……紗英ちゃんか?それとも渡辺たちなのか?」倉本が言った。

「わからん。……が、とにかく勝ったみたいだぞ」


 佐々木は最後に残った一体のオダリスを押しのけ、前に出ようとした。その腕に、半分溶けたオダリスがすがりついた。泥人形は不明瞭な声で言った。

「ぐぷぷ……まさか、不死身のはずの我々が負けるとは。だが、ごぷ……これでいいんだ。私は満足だ。由緒正しきオダリス家に泥を塗ることができたのだからな。一族から裏切り者を出したとあっては、あの家もお終いだ。次期教主の座を狙うお父上も破滅だ……ぐぷぷぷ。私はほんとうは、聖騎士などになりたくなかったのだ。本当は、もっと自由に……生きたかった……」

 オダリスは話しながらゆっくりとスライムの群れに分解していき、佐々木の腕にべったりと粘液の跡を残した。


「けっ、てめえの遅い反抗期に付き合ってる暇はねえよ」佐々木が言った。


「紗英ちゃんを探そう」倉本が言った。

 二人の後ろでは、緑の巨人が急激に崩壊しつつあった。全身に無数に開いた穴から体液を滝のようにほとばしらせながらも、まだ何とか直立していた巨人の頭部がついに重力に負けて落下した。それとほぼ同時に急に張りを失った巨人の体はくしゃくしゃと足下から折りたたまれるようにして地面に崩れ落ちていった。地面に激突した巨大な頭部は裂け、濃緑色の内容物を大量にまき散らした。


 ほどなく、紗英が見つかった。全裸で倒れていた彼女の前には、一塊のスライムの群れがうごめいていた。佐々木はごついブーツでスライムを踏み潰すと、意識を失った彼女を抱き上げた。彼女が着ていた深紅のローブはすぐ近くに見つかったので、それを被せて運んだ。


 満身創痍の二人は、激しい戦闘で破壊された下水処理場を後にした。

 どこに消えたのか、入場門にいた守衛の姿はなかった。入り口の横では、まるで何事もなかったかのように水の女神クォリリアの銅像が微笑んでいた。




 魔王討伐作戦の本部、「石碑」に戻った倉本たちは医師たちの手当を受けた。佐々木はすぐに解毒のため、絶対安静の身となった。一見、毒を克服していたように見えたが、医師によると立って歩けたのが不思議なレベルだったらしい。紗英の意識は戻らなかった。

 聖教会の信者たちもいたが、オダリスの件を正直に伝えるのは気が引けた。彼らにとって、あの男は憧れの英雄だったのだ。彼は名誉の戦死を遂げたと伝えると、信者たちの間に衝撃と悲しみが広がった。

 セクター1に向かった渡辺たちのチームはまだ帰還していなかった。


 倉本は傷の手当を受けながら、市内各地の夜警や治安維持局から続々と寄せられる報告を聞いた。

 市内全域で、魔王の活動レベルが低下していた。

 魔王の肉体を構成する変異型スライム群体は、これまでのように統一した活動を見せず、まるで普通のスライムのように本能に従って緩慢に動き回っているだけだった。人間に襲いかかってくることもなかった。

 この状態がいつまで続くかわからないが、絶好の機会だった。じっとしている訳にはいかない。



 傷も癒えぬまま、倉本は市庁舎に向かった。

 階段を上り、控えの間で秘書官に来所を告げる。執務室の扉が開かれると、そこに野村市長がいた。


 野村は呆然とした様子で窓辺に立っていた。

 薄暗い執務室の中、外から射し込む日光に白く浮かび上がった野村の姿はまるで幽鬼のようだった。過去数ヶ月で急激に憔悴した野村は、髪がほとんど抜け、体は骨と皮だけになり、外見的には死を間近にした老人のそれだった。近頃ではほとんど来訪する者もなくなった執務室には埃が積もり、すえた臭いが漂っていた。近頃の野村は、大きなデスクに肘を突き、ただぼんやりと日々を過ごしていた。以前のように部下に指示を飛ばしたり、人を集め政策について活発な議論を行うこともなくなっていた。


 骸骨のようになった野村は、ゆっくりと振り返って入り口に立つ倉本を見た。

「……消えた。頭の中の声が、痛みが、消えた……」

 ひび割れた声で野村が言った。倉本はうなずいた。

「俺は、俺はもう、自由なのか?……寄生スライムから、魔王から、解放されたのか?」

「どうやら、そうらしい。変異型スライム群体を統合していた分散ネットワークが消失し、ただのスライムに戻っている。魔王の使徒も消えた」倉本は言った。

 野村は、長々と息を吐いて、机に寄りかかった。


「……魔王の神経系、ネットワークはダウンしたか。だけど、スライムそのものはまだ健在なのだな?」

 野村が言った。早くもその目に、以前の活力が戻り始めている。

「ああ、スライムはまだ下水道にうじゃうじゃいるぞ」倉本が言った。

「だとしたら、ネットワークが復旧する前に急がなくちゃならんな」


 野村は秘書官を呼んだ。

「下水道課の課長を呼べ、今すぐだ。あと、医者を呼んでくれ。私の体内から寄生スライムを取り除いてほしいと伝えてくれ。……内と外のスライムを、一気に排除する」


 野村はやってきた下水道課課長に次のような指示を出した。

 至急、市内全域でスライム駆除作業を開始せよ。市内の全下水道清掃業者に連絡してすぐに開始させよ。この命令はすべてに最優先される。これに伴って生じる交通や市民生活の混乱は、市長が全責任を負う。


「だが、スライムは膨大だぞ。おそらく清掃業者だけでは人手が足りない」倉本が言った。

「軍を出動させよう。使徒が消えたということは、おそらく魔王の傀儡だった新しい将軍たちも倒れたはずだ。急いで連絡を入れ、状況を確認させよう。もし可能なら追放されたかつての将軍を復権させ、協力を依頼する」野村が言った。

 やがて、医者が到着した。野村は医者に言った。「すぐに手術を頼む。今しかチャンスがないのだ」野村は医者に伴われ、病院に向かった。

「後の指揮は頼んだぞ、倉本」

「了解した。俺に任せておけ」


「……倉本」去り際に野村が言った。

「何だ?」

「……いや、やはり今はやめておく。すべてが片付いた後、お前に聞いて欲しいことがある」野村は執務室の絨毯に目を落とし、うつむいて言った。

「わかった」倉本は言った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ