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Neva Eva  作者: 真樹
幕間
9/61

an oral report

閑話、コウさん視点。

やさしいこえ、その後。『学院』にて。

 あぁ、まったく……。


 面倒臭ぇことこの上ねぇな。









  * * * * * * * *




「ラシャート周辺で起こった『異変』は消失、原因は不明……、―――― 他に報告は?」


 久々に目にした学院総代の爺様が、重々しくそう訊いた。


 なんつーか……ビミョーに怒ってるよな、アレ。


 判りたくもないのにそれが判ってしまって、俺は「あー……」と視線を泳がせる。

 いや、別に俺が詰問されてるわけじゃないんだが、どうにも居心地が悪い。



 ゼルティアス・グローリー。

 エルグラント王立魔法学院総代。


 それが今目の前にいる爺様の正式な肩書き、なんだが……。まぁ、いいか。爺様で。

 とうに80歳を超えてるはずなのに、ピンと伸びた背筋とはっきりしっかりとした口調とが相俟って年齢をまるで感じさせない。眼光は鋭く、威圧に満ちている。

 多分この爺様はあと10年経ってもこんなカンジなんだろう。容易に想像できて笑える。


 その視線を真っ向から受け止めちまった不幸なオッサンは、しどろもどろに言葉を続けた。

 あー……、ありゃ確か『赤の宮』のヤツだったか? お気の毒。


「げ、現在『藍の宮』の者を数名、原因究明のため、ラ、ラシャートに派遣しております! 報告が入り次第、また……っ」

「あぁ、判った。皆ご苦労だった。下がって良い」


 せめて最後まで聞いたれや。

 思わずそう脳内で突っ込んでしまったほどのつれなさで、爺様はひらひらと手を振った。

 アレだ。いい加減うんざりしてるな、この状況に。実に判りやすく。


 しっかし……どうしたモンかな。これは。



「―――― コウ・セルテス?」

「はい?」



 不意に。

 名前をしかもフルネームで呼ばれたので顔を上げれば、いつの間にか室内には俺と爺様以外誰もいなくなっていた。

 うわぉ、考え事してたら容赦なく置いて行かれてら。上司・同僚その他諸々……ちょっと薄情じゃねぇ? 後で覚えてろ。


 すみませんすぐに退出します、と言いかけて ―――― はたっと思ってしまったのが運のツキ。


 アレ、これってある意味チャンスじゃねぇ? ―― と。


 実際、爺様と直接会う機会がそうあるわけでもない。

 爺様と俺の二人だけで話せる機会なんて更にない。


 ……ということは、だ。



 ―――― 腹ぁ括るしかないってか?



「どうかしたか?」

「……あー……。ひとつ、いいですかね?」

「? 許す。言ってみろ」


 鷹揚に頷く爺様に、それじゃ、と前置いて。


「伝言をひとつ、預かってます」

「伝言?」

「ええ。『そのうち帰るので部屋を用意しといて貰えると嬉しいです』―――― 以上、確かに伝えましたよ?」


 一言一句、間違いなく。

 きっぱりはっきりと言い切れば、目の前にはビミョーな表情をした学院最高権力者の顔が。……いや、気持ちは判るんだが。


「……伝言?」

「伝言、つーか宣言でしたね、アレは」


 面倒になってきたので、俺の言葉遣いは既に素に近いものに戻りつつある。

 一歩間違えなくても不敬罪モノだが、爺様自身があんまこういうことを気にするタチじゃないから、まぁいいだろ。


「……セルテス」

「はい?」

「お前にその伝言を残したのは……誰だ?」


 最もな問いだった。

 ……が。


 ん? 待てよ?


「学院総代」

「……何だ?」

「もしかして、心当たりとかあったりします?」


 俺がそう訊いたのにはワケがある。

 伝言の主は誰かと問われるのは予測してた。だからそれはいい。

 問題はそれを口にした時の爺様の表情にある。


 怪訝そうな表情で問うのならいい。その気持ちは痛いぐらいによく判る。

 だが、爺様は何か頭痛を堪えるような面持ちでその問いを口にした。『何やってんだ、あの馬鹿』とでも毒づきそうな口調と表情だった。


 それは、『未知』ではなく『既知』に対するもの。


 あれ、ホントにもしかして気付いた、のか……?


 僅かな沈黙の後、爺様は小さなため息と共に口を開いた。


「……昔、」

「? はい?」

「昔、知り合いにそんな子供がいた」


 子供……これまた微妙な返答だな。


「己の言動が周囲にどんな影響を与えるかを欠片も理解しとらん子供がいたのだよ。問題発言を繰り返す割に、本人はちっとも懲りん」


 ……目に浮かぶようだ、と言っていいものかどうか。

 ―――― 何となく、アタリだとは思うが。


「もう30年以上前のことになるのに、不思議と色褪せん」

「はぁ……」

「そんなはずもないのに、お前の『伝言』を聞いて、その子供を思い出した」


 アレならそういうことを言いそうだ、と爺様は唇の端を持ち上げて苦笑した。



 ……言いそうだ、というか、言ったんだよ。実際。



 あぁ、もうこりゃまず間違いねぇな。

 爺様は、『伝言』であの子供を思い出した。


 真っ先に、真っ直ぐに、迷いなく。

 あの子供を、思い出した。



 …………昔のお前の行動が偲ばれらぁな、ラズリィ。



 ぱちぱちと、俺はやる気のない拍手を爺様に送った。



「一体何だ……」

「大当たりです、学院総代」

「?」



 僅かに怪訝そうな表情を浮かべた爺様に向かって、にっこりとひと言。




「先ほどのアレ、『ラズリィ・ヴァリニス』からの伝言ですよ」




 ピシリと音をたてて爺様が硬直した。







 …………あ、ちょっとおもしれー。
























「ホントは伝えるべきか否かで悩んでたんですがね。下手に言えば大騒ぎになるのは目に見えてたんで」



 何せ“大崩壊”と共に消えた世界最強の魔法使いの帰還だ。

 これを報告すれば、『学院』全体が大騒ぎになるのはホントにもう目に見えていた。これで騒ぎにならなかったら嘘だろう、と普通に思う。思えるから伝えるのが嫌だったとも言う。

 正直、伝言を頼まれた時は、死刑宣告を受けたにも等しい気分だった。誰が進んでそんな大事を持ち込んで注目を浴びたいと思うか。俺はまだ死にたかねぇぞ。

 そのままなかったことにしてしまうのもひとつの手だったんだが…………、言わなかった場合、それはそれで後日もっと騒ぎが大きくなりそうだと思えてしまった己の想像力が憎い。

 で、結果そのまま今に至る。


 ―――― と、素直に己の心情を交えつつ経緯を語れば、爺様はそれはもう豪快に笑い飛ばしてくれた。

 アリガトウゴザイマス。



 あの後、事の次第を事細かに説明し終えた頃には、爺様も衝撃から十分に立ち直っていた。

 あの子供の行動を一部始終聞いて、愉快そうに笑うぐらいには。


「相変わらず後先を考えん子だな」

「どっちかってーと、本能で生きてますね。あれは」


 理屈も何もあったもんじゃない。

 あの子供は色んな意味で規格外で、必要なものすべてを本能でカバーしていた。いっそ天晴なほどに。

 記憶を失くしても根性で自分の名前だけは覚えてたことや、あの白き光を恐れなかったことなんかその最たるものだろう。

 ……つーか、やることなすことムチャクチャなんだよな。


「他人が張った防護膜の内側に、新しく結界張ってくれやがりましたよ、あの魔法使いサマ」

「あぁ…………まぁ、やるだろうな。それぐらいは」


 …………やるのか。

 やんなよ、って思う俺が変なのか。だってフツーやんねぇぞ、そんなの。つーかやれない。出来ない。

 他人の魔法の有効下で、自分の術を展開することの難しさを知っている。

 しかもあんな状況下で、呼吸するみたいに容易く魔法なんて使えない。


「アレは『学院』におった頃、“歩く非常識”の名をほしいままにしておったぞ」

「……すみません。そこ、笑うとこですかね?」

「あんまりにもハマりすぎて、誰も笑えなかったのが実情だの」


 あっはっはー、…………今正に俺も笑えねぇよ。


 思わず遠い目をした俺の耳に、爺様の呟きが届いた。



「…………相変わらずの、ようだ……」



 僅かに瞳を細めて、爺様は穏やかに微笑った。昔を懐かしむ表情だった。


 そこにどんな感情が込められているのかなんて、俺が知るよしもない。

 当人達にしか判らないものが、そこにはある。


「感謝する。コウ・セルテス。良い知らせを聞いた」

「いいえ、俺は何も。ただ偶然、王の帰還の瞬間に立ち会っただけですよ」

「王の帰還、か……。アレにこうまで似合わん言葉はないな」

「それはもう」


 自分で言ってて違和感覚えたわ。

 似合わねー、というかありえねー。

 そういえば、あの子供も散々そう言ってたか。


 だが、それでも。

 ありえなくとも、あの子供が王だ。


 どんなにその言葉が似合わなくとも、あの強大な力を前にして、尚も笑ってみせることのできる、あの子供が王だ。




 魔術師の王 ―――― ラズリィ・ヴァリニス。




 彼の名を、知らない者は稀だろう。

 それほどまでに大きなものとして、彼の存在は世間に認知されている。


 伝説の人物。

 どこか遠い、雲の上の人物のように思っていた。

 でも今は違う。少なくとももう雲の上の人物ではない。


 王の名に相応しい能力の一端は垣間見た。

 ああ、確かにあの子供は王なのだろう。

 それでも。


 どこにでもいるような、普通の子供だった。

 ……いや、あの運動神経は普通とはかなり掛け離れていたが、まぁそれはさておき。



 俺にとってあの子供が王であるのと同時にただの子供でしかないのと同じように、爺様の認識も世間のものとは多分少しだけ違うのだろう。

 懐かしむようなカオで瞳を細めるその先にあるのは、多分王の姿じゃない。

 ラズリィという名前の、ただの子供。



 ―――― 爺様にとって、あの子供はどんな存在だったんだろうな?





「『そのうち帰る』……か」



 ぽつり、と声が響いた。


 それは、あの子供の『伝言』を爺様が諳んじたもので。



 笑みを唇に乗せたままちょっと首を傾げて、爺様はあっさりと言った。




「……とすると ―――― 3年後ぐらいかの」





 …………ラズリィ、お前、ホントどんな認識持たれてんだよ。


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