06
あー……、うん。
そういえば、こういう事態が起きても不思議じゃないんでした。
「過去の記録を調べたが、『学院』の記録に君の年恰好に当て嵌まる“ラズリィ”という名前の人物はいなかった」
重々しくその事実を告げた教官に、オレは内心で遠い目になる。
それは、いないだろうなぁ……と。
衝撃の事実をお伝えしたいと思います。
何、ってアレだ。オレの年齢の話。
オレ、生まれ年で言えば今四十六歳なんだね!指折り数えてみたら、リアルに嫌なことになったよ……!
オレがここに入学したのがざっと三十六年前のこと。
その入学年度と名前で併せて検索掛ければ、確実に情報はヒットするような気はするけど…………何かそれはヒットした時の方が切ないような気がするので、敢えて口にはしません。しませんとも!
…………だって、さすがに四十六歳とか、ちょっと切ないの通り越して泣ける。記録と外見年齢との間に、ちょっとどうにも埋められない溝があるようです。
……なーんて思ってたら。
「―――― いや、そもそも“ラズリィ”という名前の魔法使いは、現在この『学院』に存在していない」
まるっと存在自体を否定されてました。余計に切ない……!
いや、あの、存在してます。
ここにいます! ……いますから、一応!
「どういうこと?」
眉を顰めてノイエが訊いた。
いや、うん、それオレも訊きたい。どういうこと?
存在そのものを否定されるとかさ…………却下されたことならあるけどね!?
「最終試験前に、受験生の身元照会をすることになっている。他の受験生の確認は取れたのだが……受験番号二十一番、君のデータには該当がなかった」
え、あ、そんなことしてたんだ?
再試験というのは、前提としてライセンスを取得した過去がなければいけない。だからこそ、こうやってまず受験生達が本当に過去にライセンスを取得しているかどうか、そんなのを確認する必要がある。
確かにそれはやらないとマズイよね。オレ、受付でフルネームすら名乗ってないもん。ていうか、むしろ名乗れなかったんだけどさ……。
申請、名前だけで乗り切っちゃったから、大丈夫かなって思ってたんだけど、こうやって補講期間中にちゃんと照会してたんだ。……で、オレのデータが見付からなかった、と。
うん、今に至る流れは判ったものの……えぇと、どうしたもんかな、これは……。
うーん……と多分すごく困ったカオになってるオレの背後で、「ラズリィ!?」「え、何? それ本名!?」とか、「チャレンジャーだなー……」とか、「さすが非常識……名前も一筋縄じゃいかない」とか、そんなことを言ってる声が聴こえてきた。ちょっと最後の二つ聞き捨てならない。チャレンジャーでも非常識でもないよっ!?
「データ……は、あるはずだと思うんです、けど……」
あるはず……というか、あるといいなぁ……!
今思うと、願うしかないよね、その辺り。三十年行方不明って……そのまま死亡扱いで除籍されてても不思議じゃないよね! うわ、改めて考えると怖い!ていうか、どうして今まで気付かなかったオレ!
言いながらその可能性に気付いて、ごにょごにょと語尾を濁したオレに、教官はぐっと眉間に皺を寄せた。……何か睨まれてます、オレ。怖い怖い怖い!
「“赤の宮”、“白の宮”、“藍の宮”…………すべて調べたが、該当する人間はいなかった。―――― それでも?」
告げられた言葉に、あ、と思う。
それは普通に該当しない、かも……?
いや、だって、オレの所属の宮、ちょっと特殊なんだもん。
赤でも白でも藍でもない。だから、それは最初から該当するはずもない。
オレの所属は、別の宮にある。
少しだけざわめいた後静寂が訪れた室内で、オレはどう説明したものか頭を抱えた。
い、いろいろとややこしい……! 説明するにはオレの説明能力ってか語彙力が足りない!
ホントにどうしたもんかなー、これ……。
「―――― もういっこ、あるっしょ」
不意に、そんな声がした。
静寂の中、その声は良く響いて、なのにオレはその意味を理解するのが少し遅れた。
もうひとつ……? ……って、え? レイ??
「赤、白、藍の他に、もうひとつ。そこ、調べました?」
机に頬杖を付いたまんまのダルそうな体勢で、レイは言った。眠そうな瞳を教官へと向ける。
その視線と言葉を向けられた教官は、少し戸惑ったようにまた眉を寄せた。
「どういう……」
「いや、だってもういっこあるっしょ。教官殿が言ってるのは“赤の宮”、“白の宮”、“藍の宮”の三つだけだから、もうひとつ残ってるはずですがー?」
あくまでも淡々と言葉を紡いだレイの隣で、「えー? そんなのあったっけ?」とノイエが首を傾げている。他の受験生の反応も似たりよったりで、けれどその中で「まさか……」とか、「あの、幻の……?」とか、「実在していたのか……」なんていう呟きも聴こえてきた。
……何か妙な単語雑じってなかった? 幻って何。実在してたのかってどういう意味だ。
周囲のそんな反応にはまったく頓着せずに、レイはただ眠そうに瞳をぱちぱちと瞬かせた。
「待て。君が言っているのは、もしや……」
「ええ、『学院』の中でも謎の多い宮 ―――― 幻とも囁かれる、“紫の宮”……そこの、話です」
教官の言葉を遮り、レイはそこもちゃんと調べた方がいいですよー? と付け加えた。
ていうか、また幻とか言われた……! 何だ、どういう扱いなんだ!? オレの宮!
“紫の宮” ―――― それが、昔オレが所属してた宮の名前。
「“ラズリィ”という名前の魔法使いが、いなかったワケじゃないっしょ。少なくとも昔、“紫の宮”にひとりいたはずだ」
頬杖を付いていた手を外してゆっくりと背筋を伸ばしながら、レイが更にそう言い募る。
……ん、あれ?
ちょっと待って。それって……。
“紫の宮”。
昔オレがいた場所。
そこで、“ラズリィ”と呼ばれていたのは、オレ以外にはいなかった、はずで……。
…………あれ?
とてもとても今更なんだけれども、レイは何を知って ―――― というか何を確信して、こんなことを言い出してるんでしょーか?
や、ちょっと今までスルーしてたけど、結構これってスルーしちゃ駄目なことっぽいよね!?
あ、あれー!?
混乱して、意味もなくレイと教官との間で視線を彷徨わせているオレと同じように……もしかしたらそれ以上に、教官は混乱したらしい。
レイの告げた言葉の意味を探るように沈黙して、オレへと鋭い視線を投げてきた。いや、だから視線怖い。視線イタイ。
硬い表情のまま、色を失くした唇が「まさか……」と声なき言葉をかたどった。
―――― と。
「? なーに? 何か外騒がしくない?」
不意に、決して小さくはないざわめきが室内に届いた。
皆の胸中を代表するようにして、ノイエが軽く首を傾げながらひょいっと窓の外へと顔を突き出す。ちょうどノイエが窓際に座ってたからこそ出来た芸当だ。
うん、でも確かに何かちょっと外が騒がしい。何だろ?
他にも数人がばらばらとノイエに倣って窓から外を ―――― 正確には少し下方にある、中庭を見下ろした。
「え、あれ……」
「もしかして、“試験官”、か……?」
中庭を見る受験生の口から次々とそんな呟きが漏れるに至って、あ、そういえば午後から最終試験やるんだったっけ、ということを今更のように思い出した。
初日に白の宮のお偉いさんが試験官で来るとかどうとか、そんなことも聞いてたっけ。外の騒ぎは、どうやらその“試験官”が到着したため起こったものらしい。
「うわ……、本気で大物が出て来たなぁ……」
誰かが、そう呟いた。紛れもない感嘆の声だった。
「あら、ホント。アレ、“白の宮”の懐刀じゃない」
窓枠に肘を付いたノイエが、のんびりとそんなことを言う。その声にレイが興味を惹かれたみたいに、ノイエの頭の上からひょいと下を覗き見た。
「へー……、あの人がそーなん?」
「そ。“白の宮”守護役。噂の実力派」
「ふーん、初めて実物見た。思ったよりも若いさね」
「確かあたしらとそう変わんないんじゃなかったかしら? まだ二十代だもの、あの人」
「ほー」
ざわめく周囲も何のその、といった具合のマイペースさで、レイとノイエが会話してる。
っていうか、やけに詳しいね? ノイエ。年齢までキッチリと把握してるのは、さすが女の人の情報網ってカンジだ。
んー……、“白の宮”守護役、ねぇ。
オレがいた頃は、ハクレン爺がそれだったなぁ……。確か。
ハクレン爺はもうシェルローズに隠居してるし……ということは、代替わりしたんだね、守護役。レイやノイエが言うようにその守護役が若いのは、多分代替わりしたばっかりとか、そいう理由からだろう。
そんなことを考えてる間にも、周囲はどんどん騒がしさを増してゆく。
うん、ていうかですね、こんだけ窓際に人が集まると、その噂の守護役とやらがオレからはまったく見えないんですがっ?
くっそう、皆背がたっかいな! オレがちっこいだけなんて思わない。思わないよ!
「うー……、ちょっと、ごめんなさい!」
“白の宮”守護役。懐刀。
どんな人なんだろ? と思ってようやく覗き込んだ窓の下、話題のその人とばっちりと目が合った。
………………あれぇ?
うん、何かものすごい見覚えのある顔っていうか。
「コウさんじゃん……」
ポツリと呟いた声が届いたのだかどうなんだか。
目が合ったコウさんは、そのままの体勢でピシリと固まった。




