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Neva Eva  作者: 真樹
王の名を冠する者
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25/61

02

「―――― ちょうど良いところに」


 男は、シロちゃんを見て嫌な笑みを浮かべた。




 ……第一印象で決めた。


 オレ、こいつ嫌い。
















「……あれ?」


 先頭を一定のペースで歩いていたシロちゃんが、ふと足を止めた。


 ん? と思って見れば、シロちゃんの家と思しき家の前、何人かの男が一人の老人を取り囲むようにして立っている。

 言うまでもないけど、何かあんまり良くない雰囲気。ぶっちゃけ囲まれてる爺さん以外、判りやすくガラが悪いです。えーっと……見た目盗賊? ………………しまった、否定要素がない。

 とりあえず、一応シロちゃんに訊いてみることにする。


「えーっと……、アレ、知り合い?」

「……っ、あいつら……!!」


 弾かれたようにシロちゃんは走り出した。…………あーうん、今ので何か判った。

 何がって、予想大当たりなことが。


「招かれざる客、か?」

「でしょ。あー、ホント、判りやすく絡まれていらっしゃる。……ていうか、絡まれてるのアレ、ハクレン爺だよねぇ?」

「あぁ」

「何やってるかな、あのじーさんは……」


 あぁいうのに絡まれるようなヘマ、何かやったのかー? なんていうオレの呟きを拾って、フィルがポツリと呟き返した。


「…………ハクレンもお前にだけは言われたくないだろう」


 ……うん?

 フィル、お前、誰の味方?


 思わずじとっとした視線を向けてしまったオレを現実へと引き戻したのは、シロちゃんの叫び声。


「っじーちゃんを離せっ!」

「おぉっと」

「何だぁ? ガキ?」

「マシロ! 来るでない!」

「あぁ? ジジィの孫か?」


 ……あ、マズイかも。思考をあさってに飛ばしてる場合じゃない。


「フィル」


 頼む、と声には乗せずに名前を呼べば、小さく頷きが返った。すっ……と音もなくオレの横から影が動く。

 あんなに図体でっかいのに、その気になれば誰よりも素早くフィルは動くことができる。反則だよなー、とかちょっと思う。べつに僻んではないけど、その運動神経分けてくれ。オレでも人並みになれるかもだし。

 ……って今はそれはどうでもいい。


 乱入したシロちゃんへ向けられた視線も声も、当然のことだけど友好的とは言いかねた。距離がそれなりに離れてたせいか、男たちがオレやフィルに気付いたような様子はない。

 シロちゃんへ必死に手を伸ばすハクレン爺を嘲笑う男達の中、ハクレン爺の前に立ってた男がシロちゃんを見て唇を歪めた。


「―――― ちょうど良いところに」


 メガネを掛けた言うなればインテリタイプの男。取り立ててガタイが良いわけでもなく、ぶっちゃけ雰囲気が集団の中で浮いてるカンジがする。でも立ち位置から察するに、きっとコイツがこの集団率いてるんだろう。勘だけど、多分間違ってない。

 男は大声を上げたシロちゃんを見て笑みを浮かべた。……嫌な笑み。どうあっても好きになれない類の笑みだ。


 第一印象で決めた。オレ、こいつ嫌い。



「いかに頑固な老人でも、自分の孫が危険に晒されるとなれば、少しは素直になってくれるかもしれないね」



 決定。―――― オレこいつ大嫌い。



 何て言うか、いかにも三流悪党が言いそうな台詞を口にしたインテリメガネは、口元に嫌な笑みを貼り付けたまま、くいっと顎をしゃくった。それに反応したのはインテリメガネの両隣にいた二人。……おーい、子供相手に二人がかりか。

 呆れてオレが小さくため息を吐いたのと、シロちゃんへと伸ばされた手が、パンッ! と渇いた音をたてて弾かれたのはほぼ同時だった。


「っ、誰だ!? てめぇは!」

「……にーちゃん?」


 すいっと、音もなく男とシロちゃんとの間に割って入ったのは、フィルだった。

 いつまでたっても想像していた衝撃が何もないのを不思議に思ったらしいシロちゃんが、ぎゅっと瞑っていた目を恐る恐る開いてフィルの姿を認めるとポカンと口を開いた。


「え、何で……?」

「―― 無事か?」

「うぇ? あ、うん……」

「そうか」


 頷くシロちゃんの頭を軽く撫でて、フィルがくるりと踵を返す。

 その姿を、ハクレン爺が信じられないものを見るような眼差しで見やっていた。


「お主……」

「やい、てめぇ何者だっ!?」

「関係ねぇヤツはすっこんでな!」


 ハクレン爺の呟きは、荒々しい声に綺麗さっぱり阻まれた。

 シロちゃんから視線を外したフィルは、そのままその声の主達へと視線を投げる。―――― 瞬間、そこかしこで息を呑んだ気配がしたのは、多分気のせいじゃない。何人かは2・3歩後ずさったりしてるし…………フィル、お前、素で脅してね? 視線だけで圧倒してね?

 フィルは向けられる視線も罵声もまるで興味がなさそうに僅かに瞳を細めて、ゆっくりと口を開いた。


「すまないが、ハクレンに用がある」

「……あ?」

「退いて貰えると有難い」


 ……ていうか、何を丁寧に要請してんだろね、フィル。ほら、盗賊の人たちもちょっと呆気に取られてるじゃん。


「何をふざけたことを……!!」


 いち早く気を取り直したツンツン頭の男がフィルに掴みかかった。さっきフィルに手を弾かれてたヤツだ。

 胸倉を掴みあげられたフィルは、ほんのちょっとだけ眉を動かした。


「ふざけたことを言った覚えはないが……」


 ……いや、だから。

 何を真面目に答えてんの、フィル。

 お前が大真面目なのはオレには判るんだけどさ。初対面の、しかも非友好的な相手にはそれは判って貰えないと思うよ? ―――― なんて思ってたら案の定。


「てめぇ、冗談も大概にしろ……っ!」


 気の短いオニイサンが切れました。はい。

 あーもういっそ判りやすくていいカンジ。


 フィル……お前、コトを収めたいの? 大きくしたいの? ……どっち?

 や、お前らしいっちゃお前らしいんだけどさー、とか思いながら向けた視線が、ハクレン爺とばっちりと合った。



 息を呑む音が、聴こえてきそうだった。



 ……年取ったなぁ、とか言ったら怒られるかな、やっぱ。こんなとこで30年を感じるのもどうかと思うけど。

 30年……そりゃ『学院』辞めてこんな片田舎に隠居したりもしてるよね。孫とかもいたりするよね。…………やっぱ何気なく長いな30年。


 オレにとっては一瞬だった年月も、ハクレン爺にとっては当然一瞬なんかじゃなかったわけで。

 遠目にも判る瞳をいっぱいに見開いた、誰が見ても「驚いてますー」ってのが丸判りな表情でオレを凝視(いやもうマジ凝視。穴が開くんじゃないかってぐらいに凝視)しているハクレン爺には、とりあえずにっこりと笑い返しておいた。


 会えたのは嬉しい。懐かしい。でもね?


 今は再会を喜び合ってる場合じゃないのですよ。残念なことに。



「ふっざけんなぁっ!」



 …………ホラ、あぁやって怒っていらっしゃる方もいることですし?



「……ふざけてはいないんだが」



 ………………火に油を注いでるヤツもいることですし。



 いや、ホント……お前どうしたいの。

 真面目に応対してるのも悪気がないのも判ってるんだけど、こうまで見事に逆効果だとさすがに訊きたくなるよ。


 自分の胸倉を掴みあげているツンツン頭を困ったような表情(と言っても、傍目には完璧な無表情)で見やっているフィルに、インテリメガネはくいっとメガネのブリッジを押し上げながら口を開いた。何が楽しいんだか、インテリメガネは薄く笑んでいた。再認識。オレやっぱお前嫌い。


「―――― 生憎と」


 殊更ゆっくりと喋るインテリメガネ。

 何か聞き分けのない子に上から目線で言い聞かせてるような……って、それ丁寧だけど好意とは程遠いし。あー、何て言うんだっけ、こういうの。


「こちらの方が先約なんですよ。お引取り願えますか」


 …………あ、慇懃無礼だ。確か。


 ぴったりと嵌まった単語に、思わずひとりでポンと手を叩いたオレを余所に、インテリメガネのその言葉を合図というかお許し? と取ったらしいツンツン頭が、ハッと鼻で笑いながら拳を振り上げた。


「そうそう、とっとと帰りな!」


 振り上げた拳が向かうのは、当然の如く目の前にいるフィルで。

 にーちゃん!と焦った声を上げるシロちゃんとは裏腹に、オレはあーあ、と思った。


「うわあぁっ!?」


 あーあ、やっちゃった ―――― と。


 拳を振り上げたツンツン頭を投げ飛ばしたフィルは、一瞬後あ、と小さく呟きを漏らしてちょっとバツの悪そうなカオでオレを見た。……いや、そんな目で見られても。反射的にやっちゃったんだろ?反撃するなとは言ってないし、お前が黙って殴られなきゃならない、ってこともないんだから別に構わないし咎めないって。頼むって言ったのもオレだしね。

 仕方がないなぁ、と笑って、オレはひとつ息を吸い込んでからゆるりと口を開いた。




『歌え、歌え、光纏し水の流れ。我が意に沿いて、彼の者たちに裁きの雨を。―――― 降れ、水響ミズキ




 言葉を紡ぎ終えたのと同時に、ザバァッ! とバケツを引っくり返したみたいな音……を更に掛ける数倍にしたようなすっごい音がした。



 …………アレ? 何今の轟音。



 水の呪文スペルを選んだのは ―――― まぁ何というか頭を冷やせとかそういう思惑があったりなかったりするわけなんだけど…………うん。結論から言うと、アレだ。効果が出過ぎた。


「…………えっと……」


 一瞬静まり返った後、これでもかというぐらいの大騒ぎになった空間を前に、オレは引き攣った笑いを浮かべて首を傾げた。


 どうやら、この辺の精霊たちは、たいへん協力的な類であるらしい。

 オレの言葉に応えるようにして、オレの予測よりも大量の水を盗賊たちの頭上に降らせてくれた。


 …………えーっと……、こーゆーのも目測を誤った、って言うのかな。いや、ちょっと頭冷やせばいいんじゃね? ぐらいの軽いノリだったんだけどさ、うん。明らかにその範疇超えてるよね?


「………………ま、いいか。別に良心痛まないし」


 問題ない問題ない。

 ちゃんとフィルとかシロちゃんとかハクレン爺とかも避けて水降らせてくれたみたいだし。……うん。フィルの視線がちょっとばかり痛いけど。


「冷てえぇぇっっ!?」

「何なんだ、一体っ!?」

「何、ってただの水。ちょっとは頭冷えたろ?」


 悲鳴とも怒声ともつかないような叫び声を上げる盗賊たちに、オレは極めてのんびりと声を掛けた。


 絶対に降らせすぎたとか言いません。…………言いませんから。


 力を貸してくれた精霊たちに、ありがとうと小さく声を掛けながらゆっくりと歩を進める。何かモノ言いたげなフィルの背後できょとんと瞳を瞬かせているシロちゃんに、とりあえずにっこりと笑いかけながらそちらの方に近付いた。唐突に頭上から降って来た水にパニックになっている盗賊たちが、そんなオレの行動を止めることはなかった。


「魔法……?」


 ふと、怒声に紛れて、小さな呟きが聴こえた。

 ん? と思ってそちらを見れば、驚きに少し目を見開いたインテリメガネと目が合った。うん? もしかしてこのメガネ、魔法の素養があるヒト?


 そこで初めて、フィルの隣に立つオレをようやく他の面々も認識したようだ。

 口々に「こりゃテメェの仕業か!?」だの「あぁッ!? 何だとォっ!?」だの「ざけんな! 冷てぇじゃねぇか!」だの今更感が漂う台詞を口にする奴らを無言のまま片手で制し、インテリメガネはオレをひたと睨み据えた。

 その表情からは、もう笑みが消えていた。鋭い目つき。多分こっちが本性だろう。


「……お前、魔法使いか?」

「うん。まぁ一応そうかな?」


 低く尋ねる声に、オレはあっさりとそう頷いてみせる。


 実際問題、今オレのライセンスとかどうなってんのかまるで判んないので、職業としてそれを名乗れるかどうかってのは不明だけど。そんなのはわざわざ言いません。言いませんとも。黙ってれば判んないしね!

 その辺の裏事情は隠しつつにっこりと笑ってやれば、インテリメガネは苦々しげな表情でチッと舌打ちした。うわぁ、ムカつく態度。


「ハクレンと、お前…………さすがに魔法使いを二人相手にするのは分が悪い。―――― 出直しましょう」


 出直すなよ、と心の中で突っ込んだ。

 諦めて帰れ。ていうか二度と来るなよ。


 咄嗟に口を突いて出そうになった台詞は、けれど喉元で凍り付いた。


 別にそれを口にするのが怖かったとか口にするのも面倒だったとか、そういう理由じゃない。

 何て言うか…………人間びっくりすると、思考が真っ白になったりするよね。



 ちょうどオレの位置からじゃ、見えなかった。多分、フィルの位置からでもそうだろう。

 ガタイのいい男の影になってて、見えなかった。



 こんなに近くにいたのに、気付かなかった。



 インテリメガネの号令に従い渋々ながらも踵を返した男達の中、見つけた背中はひどく細く見えた。

 盗賊なんていう集団にそぐわない雰囲気。静かな空気。



 気付かなかった。気付けなかった。



 隣でフィルが息を呑んだ気配がする。




 視線の先で翻った、少し長めの黒い髪。




「―――― あれ、ぇ……?」




 躊躇わずこちらへと向けられた背中に、思わず声が漏れる。



 いや、ホントにワケ判んないし。





「…………何で……」







 何でお前、そんなトコにいるの。


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