01
問題です。
自他共に認める、ぶち切れた運動神経のこのオレが、考え事しながら階段下りようとしたら…………さて、どうなるでしょーか?
―――――― 落ちるわな、そりゃ。
いや、もうね。
ホント、どうよオレ……。
階段落ちするのこれで何回目ー、とか。考えるだけムダ、とか思えてしまった自分が正直で悲しい……。
だってぶっちゃけ覚えてないもん。日常茶飯事的に落ちてるもん。階段だけじゃなくて、池とか崖とか。崖はさすがに命の危機をリアルに感じました。それでも生きてるオレってスバラシイ。ていうか、しぶとい。運が良いのか悪いのかよく判んないね!
とりあえず今回も、階段の結構上の方から落ちましたよ、って話で。
で、それなのに何故かオレはたいしたケガもなく無事でしたよ、って話で……。
「……っ、おい! いつまで人の上に乗ってやがんだっ! どけっ!!」
…………うん。とりあえず、オレは無事。
「えーっと……ゴメンナサイ。助かりました、下のヒト」
「いいからどけっ!?」
オレの下で強制的に地面と仲良くなっちゃってた人が、青筋を立てながら再び怒鳴った。
要するにオレが下敷きにしてしまったヒトです。勢い良く、べしゃっと。
……で、オレは無事、と。
…………そりゃ怒るよねぇぇっ!?
しかもオレがクッションにしたこの人、たいへんガラが悪いです。人相からして凶悪です。筋骨隆々って多分こういう人のことを言うんだろうなー、って外見に、この人に掛かればオレなんてぷちっと一瞬でやられそうだなーと嫌な考えが浮かびました。……ホントにぷちっと容赦なくやられそうだ。
人を外見で判断しちゃいけないと思いつつも、この人が一般的な生活に溶け込んでる様子をまったく想像できません。ていうか一般の人でないカンジがヒシヒシとしちゃったりしてます。あれどうしたら。
内心でダラダラと冷や汗を掻きながら周囲を見回せば、視界に入ったのは明らかにカタギではなさそうな人達……ぶっちゃけ『一般』という言葉から程遠そうなオレの下のヒトとご同類なカンジがするんですけれどもっ!
だってフツーの人はそんな剣とかナイフとか血の付いた棒とか持ってないっ! そんな「え、ソレ何に使うの?」みたいなトゲトゲしい特殊な形の武器とか絶対持ち歩いてない……っ!
んでもって、そーゆー武器持って、向こうに見える一般の人を脅そう、ってか現在進行形でボッコボコにしてたりとかしないから……っっ!!
「え、えぇっと……」
あー、何か切実に変な場面に乱入したよね、オレ。
階段から落ちて無事だったのは喜ばしい限りなんだけれども。
「あァ!? 何だテメェは! ぶっ殺されてぇか!?」
………………うん。
もしかしてこれから無事じゃなくなるかもしれません。
「ったくよぉ、何なんだテメェは。一体どっから湧いて来やがった?」
……湧いてません。虫じゃないし。
湧いたってか降ったんだもん。階段から落ちて。一般的な登場の仕方でないのは認めるけどさ。
ていうか、今オレこの人たちの注目独り占めしてないかーっ!? 嬉しくない、嬉しくないぞこの状況っ。
「イエ、通りすがりの一般市民になり損ねたちょっと不運なカンジの、それでもやっぱりただの一般市民なのでお気になさらずー……」
「あ゛?」
顔怖い顔怖い顔怖い! その手にした血のついた棒とかもっと怖い!
敢えてその用途とか知りたくないとか思うんですが、簡単に想像できちゃう辺りがちょっとアレだよね。優しくない。
そんでもって、何かもう対話不可能ってカンジに周りが殺気立ってきてるのが、ホントにもうオレに優しくない。
ちなみに、一番強い殺気はオレが下敷きにしちゃったヒトから感じます。
…………うん、ごめん! アナタに恨まれる覚えだけはオレにもキッチリある!
とりあえず、アレだ。―――― 状況の説明求む!
「えぇと、そこのお姉さん!これどういう状況っ?」
カタギでなさそうな集団の向こうに見えた、オレよりちょっと年上っぽい女の人に声を掛けてみた。
背後にボッコボコにされて倒れてる誰かを庇いつつ、ナイフを構えてたお姉さん…………武器所持な辺りちょっとコワイけど、とりあえず見た目的にはよっぽど一般人カテゴリのそこのお姉さん! 状況の説明して貰えると嬉しいんですけどっ。
……比較対象が間違ってるのはこの際気にしない!
おそらくは突然のオレの乱入に、呆気に取られたみたいに目を瞬かせていたお姉さんは、オレの呼びかけにはっとしたように瞳を険しくした。
「見れば判るでしょ!? 集団で絡んできたロクでもないゴロツキ共と、ソレに絡まれてるか弱い一般人の構図よっ!」
…………うん、見たまんま!
でも何となくお姉さん、オレよりはか弱くない気がする。その堂に入ったナイフの構え方とか。
まぁそれ言うと、大抵の人間オレよりか弱くないけどね! ……うん、主に運動神経に由来する何かで。子供相手にすら負けるカンジの何かで。
……と、それはともかく。
「えーっと…………助けとか、いります?」
てか、そこでボコにされ済みのどなたかは切実に助けがいるような気がしますが。助けっていうか、治療。現実的に。
……いや、そこで「は?」みたいな、何言われたか判んないってか、何言っちゃってんの? みたいなリアクションされると、素でヘコむんですが、お姉さん。
「……って、アンタ……」
「ハ、ハハッ! こりゃあいい! おい、聞いたか?」
「ああ、笑わせてくれるぜ! ハハッ、助け? お前が?」
「テメェの方が助けが必要な状況なんだっつーの! 理解してっかぁ!?」
お姉さんの声は、ゲラゲラという笑い声に掻き消された。
……うん、まぁ、こっちの反応は予想通りっていうか ―――― まぁ、あるイミ真理というか。
オレに助けが必要なのは事実ですよー。主に日常生活面において。
……でもね?
ビミョーに日常と掛け離れた状況 ―――― ちょうど今みたいなこの状況の中だと、オレが助けになったりもするんだよ。不思議なことに。
……というワケで、遠慮なくいかせて貰うことにします。
『爆ぜよ、火連』
短縮した呪文を口にしたその瞬間、パンパンパン! と連続で大きな音がして、火花が散った。
「うぎゃっ!?」
「熱っ!? アチチチっ!?」
「何だ何だぁっ!?」
「……あ、しまった」
何か呪文の選択間違えたかもしんない……。
口々に悲鳴をあげた男達の中で、オレはひとり呟いた。
最小限に威力も抑えたとはいえ、この乾燥した空気の中で火系の魔法はやっぱマズかったかなー? 火花ぐらいなら、って思ってたけど、何かばっちりしっかり服に引火してるっぽいし……アレ、大惨事一歩手前ですかもしかして。
……後味悪いのも嫌だし、何とかしようと思います!
力を貸してくれた火の精霊たちにありがとう、と小さくお礼を言ってから、今度は水の精霊の気配を探す。
うん、ごめんな? ちょっと手伝ってくれると嬉しい。
「っ、テメェか!? 今何しやがっ……」
『―――― 降れ、水響』
オレの一番近くにいた男が言いかけた台詞を、皆まで聞かずに術を発動させる。
すぐさまオレの声に呼応するようにして、頭上から水が降って来た。
と言っても、せいぜいがバケツの水を引っくり返した程度だけど。短縮呪文だったしなー。
「どわぁっ!?」
「冷てぇぇっ!?」
「こ、今度は何だぁっ!?」
……まぁ、効果はじゅーぶんにあったみたいだけど。
って、アレ何かすんごい視線を感じる……?
視線の元は、すぐ目の前に立ってた人だった。オレがさっき台詞遮っちゃった人。
またしても口々に叫ぶ男達の中、オレの目の前にいたその人だけが、オレを凝視したまま動こうともしてない。頭から水引っ被ったってのに、それすらも気にならないみたいだ。
うん? 何故にオレはアナタに見詰められているのでしょーか。穴が開きそうなんですけどその視線。
「こ、こここ……」
「『こ』……?」
何だ? と首を傾げるオレを凝視したまま、その人は搾り出すような声を発した。
唇がわなないて、そして ――――…、
「こいつ、魔法使いだあぁぁっっ!」
「「「何ぃぃィィィ!?」」」
…………何か、化け物でも見たかのような反応を返されました。
* * * * * * * *
「ちぃっ! 一旦ずらかるぜっ!」
「おォっ! 生身で魔法使いなんざ相手にできっか!」
「畜生、覚えてろよぉぉっ!?」
口々に捨て台詞を残して、一般人でなさそうな男の人たちは去って行った。いや何かもうすんごい早かった。もう姿見えないし。
「逃げ足速いなー……」
思わずそう呟いてから、あぁそういやそんな場合じゃなさそうな人がいなかったっけ? と、ふと思い出す。何かあの人たちにボッコボコにされてたカンジの人。
大丈夫かなー? と、振り返った先 ――――、
「え……えええぇぇっと……?」
ナンかものすんっっごい目つきでこっち睨んでるお姉さんがいたりするんですけどあのちょっと。
ええっと、現在の状況!
視線だけで人が殺せるなら、軽く2・3人は葬れそうな勢いで睨まれています! 誰にって一応『一般人』カテゴライズのお姉さんに。……アレ? 一般人て言ってもホントにいいですかこれ。
何か怖いとかそういうの通り越して、もはや固まるしかないような視線です。あ、石化するってこんなカンジー? ……なんて、貴重すぎる体験をしてる場合でもなく!
「あのーぉ……」
「―――― 魔法使い……」
低い声音で、お姉さんは呟いた。それを聞いて、オレはまた動きを止める。
だって、この声は……。
「アンタ、魔法使いなの……っ!?」
叩き付けるみたいな、鋭い声だった。
この声を聴けば、いくら鈍いオレにだって、判る。
つよい声と眼差し。
そこに潜んでる感情。
あぁ、と思う。
「……っ、どうなのよっ!?」
この人は、“魔法使い”を憎んでるんだって、理解ってしまった。
「―――― うん」
ホントは、今オレのライセンスなんてどうなってんのかまるで判んないし、職業としてソレが名乗れるかと言われれば微妙なとこなんだけど。このお姉さんが訊きたいのは多分そういうことじゃないんだろうな、って思ったから、ただ頷いた。
うん、オレは、魔法使いです。
「……っ! 来ないでっ! 魔法使いになんて用はないわ!!」
案の定、瞳をますます険しくしたお姉さんが、そう言い放ってオレを睨み付けた。
拒絶の言葉。要するに、この場からとっとと消えろ、ってことなんだろうけど……。
………………うん。
ごめん、お姉さん。
今すんごい気になることがあるんで、その要請は却下させて頂きます。
「ちょ……、何、来ないでよ! 来ないでったらぁっ!」
あー……、何かこう、自分が変態にでもなった気分を味わってみたり。…………切ない。
と、まぁ、そんな変態気分の元凶であるところのお姉さんはこの際置いといて、だ。
その脇をすり抜けるようにして、そこに倒れ伏してる男の人の傍らに膝を付いた。何かフィルぐらい身長ありそうだ、この人。身体つきもがっちりしてるし。オレとひと回りぐらい年齢も違うんじゃないかなー、ってお兄さん。
でも今は、身体のあちこちが腫れ上がってるうえに、いたるところに血が滲んでて見るからに痛々しい。とりあえず呼吸が思ったよりもしっかりしてるのを確認して、ほっと安堵の息を吐いた。
……だってさ、もう視界に入っちゃったんだもん。見ちゃったんだもん。そしたらすんごい気になるじゃん。
大丈夫かなー? とか。い、生きてますかー? とか ―――― あー、何かオレにもできることがあるんじゃないかなー……、とか。
思っちゃったんだもん。もうオレ的にしょうがないよねぇ? ってカンジだ。
今度はため息っぽいのを吐き出して、すいっと手をお兄さんの顔の上辺りに翳したオレに、お姉さんはサッと顔を蒼褪めさせて食って掛かってきた。
「……っ、シドに何する気っ!?」
「えと、とりあえず治療しようかと」
切実に必要そうだし、それぐらいならできそうだから。
お兄さんの傍らに膝をついたままそう言ったら、お姉さんの動きがえっ、て止まった。
「何、を……」
信じられない、みたいな。そんな表情で呟くお姉さんをじっと見上げる。今は拒絶よりも困惑の方が強い。
……ふむ?
「何で、アンタがそんな……」
「だって、ケガ酷そうだし。オレそれ見ちゃったし。そんでオレにやれることがあるんなら、やるよ?」
ホラ、猫の手でもないよりマシー、みたいな? …………っていうか、オレのレベルはせいぜいが溺れる者が掴む藁ぐらいでしかないのは知ってるんだけどさ。うん、でもせめて猫の手!
とりあえず、困ってる人見て、それでできそうなことがあったら手助けする、っての、それってフツーのことじゃない? と首を傾げたら、お姉さんの表情がぐしゃりと歪んだ。
泣き出す一歩手前、ってカンジのカオ……って、え、ちょっと!? オレ今何かマズイこと言いましたかーっ!? な、泣かせちゃった……っ?
おろおろと意味も無くオレは周囲を見回した。
だ、誰か……っ! 助け…助けを……え、何これどういう状況!? 何かある意味さっきよりも確実に困ったことになったような気がするんですがどうすれば……っ。
え、ちょマジで助けて。こういう時どうすればいいですかっ!? 誰かマニュアル作ってマニュアル! 参考にするから!
「何で……、何でよ……っ」
「え、あの、え、お、お姉さーん……?」
「何でよっ、魔法使いの、クセに……っ!」
魔法使いのクセにとか言われたー!? ……って、いやいや、確かにそこツッコみたいところではあるんだけど、今はちょっと脇に置いておこう、脇に。
だってさ……。
「何で、そんなこと言うの……っ。魔法使いのクセに ―――― あたしや皆から大切なもの全部奪ってく魔法使いのクセに……っ!!」
理不尽だ、って怒ることはできた。
お姉さんの口ぶりから、そういうことをする魔法使い、ってのがいるんだろう、っていうのは理解出来た。実際にお姉さんはそれの被害に遭ったんだろう、っていうのも。
大切なものを奪ってく ―――― 奪われた、っていうその言葉も多分本当。
そんな“魔法使い”と一緒にするな、って怒ることもできた。
だけどさ。
「何で、よぉ……!」
……泣いてるんだもん。このお姉さん。
オレに攻撃的な言葉を投げたその分、自分も同じぐらい傷付いたカオして泣いててさ。それ見たら、何か怒るよりも悲しいなぁ、って思った。
あぁ、そういうのは悲しいなぁ、って。
……別に今正にオレが泣きたい心境に陥ってるとか、そういうわけではなく。
泣いてない、泣いてないから。……滲んでもないから!
ていうか、困った状況継続中……!
助け……は来ません。当然の如く。本気でマニュアルが欲しいと思う今日この頃。……が、頑張れオレ!
「あの、さ……、確かにオレは、魔法使いだけど……」
お姉さんの嫌いな“魔法使い”なのかもしれないけど。
「それでも、奪ってくばっかりなのが魔法使いだって、それが全部だって ―――― そう、思わないでくれたら、嬉しいな」
それは、あまりにも悲しいから。
にっこり笑ってお姉さんを見上げると、涙に濡れた瞳と目が合った。ううぅぁあ、ごめんなさいっ。何か泣いてる人には無条件で謝りたくなりますごめんなさいっ!
え、ええぇぇっと……とりあえず!
『願え、願え、切なる祈り。救いの手を差し伸べ、小さき者たちにせめてひとときの安らぎを与えん。―――― 紡げ、癒風』
口にしたのは、回復の呪文。ふわり、と感じた風の精霊の気配に、ちょっとだけ唇の端で笑んで見せる。
うん、ありがと。ちょっと力貸してくれな? 助けて欲しい人がいるんだ。
呪文に応えるように緩やかに風が舞った。不思議なぐらいに優しい風。
あ、良かった。ちゃんと発動したみたいだ。
回復系はね、実のところあんまし自信ないんだよね。ストック少ないし、攻撃系よりよっぽどバランスとか難しいし。使うのも久しぶりだしー……って、考えるのやめよう。マイナス要素しか浮かばないこの状況が怖くなってきた。集中! 集中します、はい!
ふわりと舞った風はくるりとお兄さんの周囲で渦を巻いた。くるり、くるりと、全身にある傷を撫でるように、包み込むように何度も渦を巻いて、最後にぐるりと大きく円のような軌跡を描く。
暖かさを感じる風を頬に受けて、オレは瞳を閉じた。風の音に紛れてくすくすと小さな笑い声が聴こえたような気がした。助かった、ありがとう、とその声に向けて小さく呟く。
ありがとう。応えてくれて ―――― 助けてくれて。
「傷……治ってる……」
呆然とした呟きが聴こえて、オレは閉じていた瞳をゆっくりと開いた。声に見合った呆然としたカオをしたお姉さんと目が合う。……あ、良かった。目が赤いけど、もう泣いてない。
「えと、多分表面的な傷だけじゃなくて、骨とか内臓とかそういう損傷も治ってるとは思うんだけど……一応」
あくまでも一応。
…………。だだだだだだって回復系の魔法使うのなんてすんごい久々なんだもん! なんていうか、だいたいオレ治療される方だし! 治療する側になることなんてそうそうないんだ! …………アレ、そう考えると今すんごい貴重な体験してるね、オレ。
「治して、くれたの……?」
オレの言葉にゆるゆると視線をお兄さんへと向けたお姉さんが、またポツリとそう呟いた。オレはそれにうん、と頷く。
「これぐらいならオレにもできそうだなぁ、ってことで、頑張らせて貰いました」
うん。あの状態見てそのまま放っておくってのは、オレの精神安定上にも良くないし。
いやいやいや、実は『これぐらい』がちゃんとできるかどうかちょっとドキドキだったなんてのはここだけのハナシです。い、いいんだ、成功したんだから!
……と、それはともかく。
「ええと……だから、ってワケでもないんだけどさ、魔法使いにはこんなこともできるよー、っての……知って貰えないかなぁ……?」
うん、さすがにね、奪ってばっかって思われるのは、ちょっと寂しいかなぁ、と。
そういうのばっかりじゃない、ってのも知って貰えたら嬉しい。
ね? と首を傾げたら、ちょっと間を置いてまたお姉さんのカオがくしゃりと歪んだ。
……って、え、ちょっとおぉ!? オレまたしても何かマズイこと言いましたかーっ!? え何また泣かせた? 泣かせちゃった? ていうか何で泣くのお姉さんっ?
またしてもオレはおろおろと意味もなく周囲を見回す。
だ、誰かっ、本気で助けて……っ! もしくはマニュアルくださいマニュアル! 今切実にそれがいるような気がするんだ! 読んでる暇もなさそうだけど!
(―― あ)
ふと、おたおたと彷徨わせてた視線が、気になるものを捉えた。
お姉さんの頬に擦り傷。
お兄さんのケガに比べれば、ホントにちっちゃな傷だったけど、場所が場所だけに何かすんごい気になる。だって女の人のカオだよ? あー、さっき呪文唱えた時には気付いてなかったから治せなかったんだなー。
……あ、やっぱ気になる。治しとこう。
すっと手を伸ばしたら、お姉さんの肩がびくって震えた。
…………。変態気分再び、とか思ってない。思ってないよ?
「な、何……?」
「え、あ、えっと……カオ怪我してるから、治そうかと」
「え……、っ、痛……っ」
お姉さんが自分の顔へと確かめるように伸ばした指先が、傷口をモロに引っ掻いた。たいしたケガじゃないとはいってもアレはちょっと痛いと思う。ていうかちょっと血滲んできてるし。
「……ええと、治療させて貰っても、いい?」
「別に、これぐらい……」
「させて貰ってもいい?」
「え、えぇ……?」
お姉さんは良くても、オレが気になるから。
というわけで、問答無用で治療行きます!
にこぉ、と笑顔で手を伸ばしたその瞬間、
「―――― っ、フィリから離れろっ!」
ちょっと焦ったみたいな怒声が、背後からした。
え、と思って振り返ると、そこにはいつの間にかお兄さんが起き上がってて…………ナンかものすんごい目つきでこっち睨んでたりするんですけどあのちょっと。激しくデジャヴ。
「お前もアイツらの仲間だなっ!? フィリに何をしようとした!」
「へっ?」
わーお兄さん迫力ー……なんて暢気なこと考えてる場合じゃない!
「あ、あの、ちょっ、それ誤解……!」
かなり誤解だから! オレあの『一般人じゃなさそうな人たち』の仲間とかじゃないから! オレ一応一般人…………そのフツーでなさげな人たちに化け物みたいな扱いされたりもしたけどそれは脇に置いといて!
……って、あぁこの体勢か、お姉さんに手を伸ばしてるこの体勢が悪いのか!
「問答無用! 覚悟はいいな!?」
よくないです!
「いや、ちょっと待っ ――――……」
…………問題です。
繋がってない運動神経の持ち主であるこのオレが、慌てて後ずさろうとしたら…………さて、どうなるでしょーか?
―――――― ほぼ10割の確率でコケます。
しかも自分の足に蹴躓くなんていうベタな方法でコケます。
更にそのままその辺の壁に頭ぶつけるなんていうオチも付きます。
……付くんです。そーゆーオチが。
ガチン、と鈍い音がして脳裏で星が散った。
痛い、と思う間もあったかどうか、目の前が真っ黒に塗り潰されて意識が遠くなる。
「違う、シド! 待って! ……ちょ、アナタ、大丈夫!?」
お姉さんの慌てた声を聴いたと思ったのを最後に、オレは僅かにあった意識を完全に手放した。




