峠の幽霊
噂はすぐに広まった。
『タカシのスイフトが軽トラの幽霊にちぎられた』と。
帰ろうとしていたギャラリーの一人が、偶然にも追い抜かれるタカシのスイフトを見ていたのだ。
「俺、見たんだよ。農家のおっさんが使うような何の変哲も無い軽トラが、スイフトをぶち抜くのをさ。
あれは衝撃的だったね!いつ軽トラがジャックナイフするのかと冷や冷やしたぜ。」
S峠の麓には老人ホームがあり、定期的にそこの住人で老人会が開かれている。その場でも、
「いや~まだ源さんがヒョっこを懲らしめたらしいべ!」
「ハツゑさんとこの孫だってよ!時間の流れははえぇもんだなぁ」
「「んだんだ!」」
と噂になっていた。
この老人ホームを経営している矢作という恰幅のよい壮年の男がこの噂を耳にし、老人たちのもとを訪れた。
「おお!矢作さんじゃねえべか!げんきしよったかいの!」
「ええ、おかげ様で。日向さんもお元気そうで安心しました。」
「あたりまえじゃけぇな!朝も体も毎日ぎんぎんになっちょる!ガハハ!!」
この威勢のよい老人は、日向鉄雄(93)
情報通で老人ホームの長老と呼ばれている。
「ところで、ワシのとこくるっつうことは何かあったんかいの?」
「ええ……実は……」
矢作は、息子の省吾が毎晩のようにB湖周辺の林道を車で暴走しており、親の制止も聞かず荒れている事、S峠にはローリング族を懲らしめた軽トラがいるという話を耳にしたということを話し、
「日向さん、軽トラのドライバーに何とか連絡をとることは出来ないでしょうか……」
「まかせちょけ。あいつに赤帽勧めたんはワシじゃけぇ、今晩手配したる。矢作さん、息子さんにS峠に来るよう仕向けてやっておくんなせぇ。」
「……!!本当ですか!ありがとうございます!!息子の友人伝いで息子に伝えておきます!!」
「おーう、駄賃はキューバ葉巻でええからの!」
「さて……」
鉄雄はアイフォンを取り出すと源次郎に電話をかけた。
「おお、源次郎か?」
「何でい鉄雄さん。また揉め事かい。」
「いや、また今晩S峠にローリング族がくるそうじゃけな、懲らしめてやってくれんかなって。」
「……」
「駄賃はメビウス1カートン」
「何時ですかい?」
「何時でもかまわんが、日課ついでにやってくれたらええ。」
「わかったわい。準備しますわ。」
源次郎は電話を切ると、そそくさとサンバーから農機具を降ろした。
「明日は雨らしいからの……」
源次郎はサンバーの荷台に茣蓙を重ねたものを積み、明日に備えた。
そのころ、矢作の息子である省吾も噂を聞きつけていた。
「S峠に軽トラの幽霊?」
「そうそう、スゲーんだってよ!スイフトをぶっちぎったって噂でここらは持ち切りだぜ!」
省吾は嫌味ったらしく鼻で笑うと、
「スイフトの運転手が下手糞だったんじゃねぇの?B林道で最速の俺とエボ8が負ける訳ねぇだろ!負けたら引退してやるぜ!」
と言い放った。利便性のみを追求したたかだか660ccの軽自動車に2000cc350馬力のランサーエヴォリューションⅧが負けるわけが無い。そう考えていたのだ。
誰もがそう思っていたのだ。
「おい!ニュースだぜ!今晩あたりS峠に幽霊が現れるらしいぜ!S峠麓のダチからラインが回ってきた!」
「今晩か。なるほどな。おい!ギャラリー呼んどけ!ポンコツの軽トラなんざスクラップにしてやるよ!」
省吾は完全に見くびっていた。が、セッティングを怠ることはしなかった。
公道で高いグリップ力を発揮する合法パーツの「Sタイヤ」を装着するなどの準備を行い、夜の峠に繰り出した。