ギルド長マインツ 風のアワタール
第三都市ハイルンの未曾有の事態にもかかわらず、騎士団は逃げ出した。リリアーデ第三王女殿下をお守りするためだ。ベルンフリートの今回の行為はどう見ても罪にあたる。しかし、ベルンフリートや騎士団の上層部は古くからブルート国王のもっとも抑止力となる王妃イリアに忠誠を誓う騎士が多く存在する。リリアーデが強引に連れ去られるように第一都市ヴァルゴークへ帰還したとブルート国王が知ったならば、騎士団は確実に罪に問われるだろう。ただしその緩衝材としてイリア王妃が口をはさめば無事に済む。
なによりリリアーデは現王妃イリアの娘ではない。イリア王妃は元々は第二王妃で、側室でしかなかった。数年前にリリアーデの母親である元第一王妃が急病で亡くなった。穴を埋めるようにイリアが第一王妃となって以来、リリアーデとイリアの中はすこぶる悪かった。さらにイリアはどうやってか騎士団を手中におさめ、ブルーム王の王座ですらを虎視眈々と狙っている。戦う力はあったが、リリアーデはイリアと対立することを恐れ、第一都市ヴァルゴークを飛びだして第三都市ハイルンを統治していた。
リリアーデは身動きの取れない様にロープでがんじがらめにされながらも、第一都市ヴァルゴークへ連行された後に、父親であるブルートに事実を上手く伝えられるのか、などを思考して心を落ち着かせていた。
「リリアーデ殿下、ご安心ください。 あと五時間ほどでヴァルゴークです。そうすればイリア陛下にお久しぶりに面会できますよ。くくく」
悪魔のようにほくそ笑みながらしゃべるベルンフリートの言葉に、リリアーデは凍りつく。まさかベルンフリートが王妃派であると知らなかったのだ。実際に第三都市ハイルンにいる間にそんなそぶりは見せてこなかった。過剰なところはあったが、自分に忠誠を誓っていると思っていたのだ。
「おや? どうなされましたか? 涙を流して……そんなに義母上にお会いしたかったのですか? ふははは!」
悔しくて零れ落ちた涙が、頬を伝って馬車の床へと滴る。
ガタン!
馬が急停止して馬車が大きく揺れた。その衝撃でリリアーデは後頭部を強く打ってしまい意識が闇の中に飲まれていった。
「何事だ!」
ベルンフリートは、小窓を開けて馬車を操っている馭者にっ声をかける。
「あ、あ……」
「何があったというのだ! 落石でもあったのか!」
「あいつが……」
馭者が指を指した進行方向には、ベルンフリートが最も忌み嫌うギルド長マインツが見たことも無いような異形の蜘蛛型モンスターの背に乗っていたのだった。
「貴様ぁああああああ!」
馬車を飛び出したベルンフリートは、後続していた騎士たちに戦闘態勢をとらせ、自分自身は腰に下げていた宝剣の切っ先を老人へと向けた。その声には怒気が入り混じっている。どうして逃げたのがこんなにも早くバレたのか分からなかったのだ。なによりそれがマインツの手によって邪魔されたことに激高した。
「昨日ぶりじゃのうベルンフリート」
「どうしてここにいる! まさか先読みしていたのか! おのれ!」
喚き散らすベルンフリートを蜘蛛型モンスターの背の上から見下ろし、悠長に自慢のヒゲを弄る。マインツはたった一人だが、騎士団は総勢約千人。この状況で悠然としているマインツにベルンフリートの怒りは加速する。
「ほう…… 腐っても騎士だのう。惜しいところをついておるのぉ だが残念じゃが先読みではないぞ、もとよりこうなる予定じゃっただけじゃ。まあ本来なら半年のリザードマンの時にこうなるはずだったのじゃが、あのときは聞かん坊の殿下に救われたのぉ」
「何を言っている老害が! 者どもかかれ! 殺してかまわん! いや、確実に殺せ!」
「「「「「は!」」」」」
長槍を構えた騎士たち蜘蛛型モンスターとマインツに襲い掛かった。
しかし、突きだした槍が宙を舞う。金属が弾かれる音があたりを木霊した。蜘蛛型モンスターの八本もある太い脚のたった一本が騎士たちを横なぎにした。槍を弾かれ無防備となった騎士は、逃げるように後退するも、蜘蛛の脚の二撃目でその命を落とすこととなった。
見たことも無いモンスターを前に騎士たちがしり込み始める。多く居る騎士の中にスキル【鑑定】を持つ者が蜘蛛型モンスターのステータスを読み取って悲鳴をあげた。
禍津風ノ土蜘蛛
レベル 444 モンスターランク SSS
東国の災厄級モンスター…東国では『風喰らい』と恐れられている。
「ひぃいいいいい!?」
スキル持ちの騎士が逃げ出したことをきっかけに騎士たちは隊列を崩す。完全に他の者たちが恐れおののいている状況で、ベルンフリートだけは今だに最前列で宝剣を構えていた。マインツはそんなベルンフリートに感情も何もないような無表情を向けていた。
「何者だ! なぜ東国の化け物を貴様が使役している!」
「知ってどうするんじゃ? お主らの死は免れんぞ、この状況が分からん奴でもあるまいに」
「く……」
ベルンフリートが死を覚悟してその場にとどまったのだ。マインツはその姿を見て感心したように、口を開いた。
「冥途の土産にいいものを見せてやろうのぅ」
マインツがごそごそと内ポケットから取り出したチェーンのついたアクセサリ。そこには歪な髑髏を逆さの十字架が貫いたエンブレムが描かれていた。それを見たベルンフリートが、目を見開いた。そして恐怖が全身を包み込んだ。
「アワタール!? そう言うことだったのか、私は…… 私は! 貴様に踊らされていただけだったのか」
「ようやっと理解したようじゃの。お主の行動の全ては数千年前から決まっておったのじゃよ。儂の手の内で転がされておっただけじゃ」
「……そうか、この国はすでに貴様らの手に堕ちていたのか」
アワタール。その存在は謎に包まれている。ただ世界のどこの国でもその存在と、絶対に触れてはならない逆さ十字のエンブレムだけは、はるかに大昔から言い伝えられてきた。その言い伝えには、世界の確変と均衡を齎す十の災厄がアワタールだと記されている。そして、この数年で滅亡した国があった。青銅国よりもランクの高い白金国が、一夜にして消え去ったという。それを行ったのがアワタールであると、世界中で恐れられていた。
「さてのぉ これ以上喋れば儂の命も危ういしの 風は何処までも情報を運んでしまうのじゃよ」
「貴様は風のアワタールだったのか」
「ふむ。そういうことじゃ」
「殺せ」
「もとよりそのつもりじゃよ。さらばだベルンフリート」
全てを諦めたベルンフリートは宝剣を手放した。
ベルンフリートの胴体を蜘蛛の脚が貫いたのだった。隊長の死に怯えた騎士たちが、蜘蛛の子を散らすように武器を放棄して逃走する。しかし蜘蛛によって、約千人の命が刹那の内に刈り取られたのだった。
マインツはリリアーデの安否を確認する。幸か不幸かリリアーデは馬車の中で気絶していた。もし起きていたとしても記憶を消す魔法で、マインツがアワタールであることだけを消去するつもりだったのだ。
「悪いがこのまま寝ていてもらおうかの。あの娘っこたちが街を防衛し終えたら、お前さんの恋する儂の孫が白馬に乗ってやってくるぞい」
マインツはアワタールであり孫のギンとリリアーデの恋路を全力で応援するただのジジイでもある。じつはリリアーデとギンはお互いに身分の違いがあり接近はしなかったが、惹かれあっていたりする。
リリアーデの涙をマインツは服の袖で拭きとると、ベルンフリートに向けていた無表情とは違う優しい笑みを浮かべた。
「安心するんじゃ。 街はあ奴らだけでも守りきれるからの」
マインツが遠く眺めた第三都市ハイルンの上空はおびただしい数のモンスターに包まれていた。
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*バハムートのグランカッソさんに夢喰いが発動した理由*
バハムートさんは、完全に睡眠状態の春眠に魔法攻撃の一つである【テレパシー】を使って話しかけてしまったのです。悪意があろうがなかろうが、夢喰いには、それが攻撃で眠りを妨げるであるか否かでしか判断できません。故に【テレパシー】は魔法攻撃であると認定され、夢喰いが発動しました。
寝ぼけていた春眠を肩を揺すったギンが何故に夢喰いが発動しなかったのか、それは春眠が完全に睡眠状態には入っていなかったことにあります。寝ぼけながらもギンの取り調べには一応答えているのは分かりますよね? 冒険者になりたいということを伝えているのです。完全な睡眠状態ではなかったことが読み取れると思います。春眠の夢喰いが発動するときには、『スキル【睡眠学習スリープラーニング】を発動します』という声が必ず流れるのですよ! 感想を読んだら気が付いてくれた方もいましたが、不思議な人も多かったようなので説明しておきました。
あとトラックの運転手に関して感想をいただいたのは驚愕です。みなさん慧眼すぎです。そんなところに気が付くなんて。でも、安心してください。とだけ書いておきます。ネタバレになるのでこれ以上は……