闘いと鴉の終わり
多面百手巨人が春眠によって倒されたちょうどその時、ギン、マイア、ミーア、リリアーデに冒険者たちは、ハイルンに到着した時だった。
騎士団が残していた馬車を利用して、一人でも街から人々を逃がそうと焦っていた。街の北側に見える多面百手巨人の巨体を視界に入れつつ避難している人々を誘導していると――
最初に異変に気が付いたのはミーアだった。魔法使いで非力なミーアは救助には参加しないで多面百手巨人の行動を監視していたのだ。
多面百手巨人が暴れ出したかと思うと、顔の半分が黒い何かに飲み込まれて消え去った。善戦で戦っているイロリの技ではないことは分かったが、勝利を確信して騒ぎそうになった。
「やったわ! ……え!? 再生してるっ!? きもいってーの!」
しかし、半分体を失った多面百手巨人はすぐに再生して元のデカイ顔に戻ってしまう。おまけに頭に生えている無数の巨腕が何かを狙うように一斉に動き出した。だがその攻撃はミーアが良く見たことがある【冷徹姫】であるイロリの十八番の技によって弾かれていた。
「リーダーかっこいー! 負けたら承知しないわよ!」
そして、イロリが多面百手巨人の攻撃を防ぎ切った後、再び黒い何かが多面百手巨人を丸のみにしてしまった。太陽の光すらを遮るほどの黒い何かが立ちののぼり、気が付くと多面百手巨人は消え去っていた。
「うそ…… 消えちゃった…… 何かあったんだってーの……」
自分の目が信じられなかったが、今ので確実に多面百手巨人が消滅したことだけは理解できた。呆然としているのはミーアだけでは無かった、街にいた者すべてが、北に顔を向けて硬直していた。
そしてそのうちの誰かが――「奇跡だ!」と騒ぎ始めると、ハイルンの街は歓喜で満ちていった。
「妾が逃げる羽目になるだなんて、いったいなんだったのよあの猫ちゃん……」
鴉のアワタールである美女レイは、元勇者がマイアたちに倒された地点までスキル【影支配】をつかい影の中を移動してきていた。白金国を滅ぼしたときに手に入れた駒である元勇者は、まだ利用価値があった。残念ながらちゃっかりした冒険者によって黄金の鎧は回収されてしまっていたが、身体の数倍はある巨大な黄金の大剣は放置されていた。さすがにこの大剣を持っていけるような強力の持ち主はいなかったのだろう。
「あらあら? いつまで死体ごっこしてるのかしら? 起きなさい」
「……ん? ああ、また死んでたのか。本当に我は神に嫌われているな。 それにしてもレイ。貴様がそんな満身創痍な状態になっているということは、それほどの敵だったのか? あの化物は」
「そっちじゃないわ。多面百手巨人はたいしたことなかったのよ? うふふ 楽しみが増えたわ」
蠱惑的なレイの笑みに元勇者は背筋に冷や汗が伝う。
「ほどほどにしておくんだなレイよ。 また国もろとも消すとかはよせ」
「あらあら? ここは妾の管理地区じゃないのよ そんなことしないわ~ たぶんね」
元勇者を回収し終えたレイは、影で潜り込もうとしたその時だった。
「何処に行く気じゃ、鴉?」
蜘蛛のモンスターの背に乗ったマインツが、レイと元勇者の帰還を止める。
「あらあら? おじいちゃん、何しに来たのかしら? 妾が尻尾を巻いて逃げる姿でも見に来たって言うの?」
「…………」
レイの挑発じみた言葉に、マインツは無言で何も返さない。元勇者はこの時、レイから感じる恐れと同じものを感じていた。黄金の大剣を拾い上げ、マインツへとその切っ先を向ける。
「元勇者ちゃんは先に帰ってなさい」
「しかし――」
レイは有無を言わさず元勇者を影の中に入らせる。
「で、おじいちゃんは耳でも遠くなったのかしら? 妾にかまっている暇があったら事後処理に動いた方がいいんじゃないの~?」
「そうだのう。 我らアワタールの掟を遂行しなければならんからのぉ」
「お姫様も無事助けてあげられたけど、知ったものの死の掟は逃れられないわよ~ 貴女の孫もね」
「知ったものの死か、じゃが掟には続きがあるじゃろうて……」
レイはようやくマインツがこの場に現れた理由を理解した。知った者の死、知られたものの死。アワタールにはこの掟がある。アワタールになった者すべてに当てはまるかもしれないが、アワタールは全員強すぎる。一人で国を滅ぼすのはお手の物。己の敗北や死はあり得ないのだ。知ったものの死という掟を遂行することはいつもの事だが、後者などあり得なかった。
「知られたものの死じゃよ、鴉!」
「——っ!?」
全快であればレイの方がマインツよりも強かったかもしれないが、春眠の【夢喰い(ナイトメアイーター)】で深手を負ったレイは、マインツと闘うことすらできなかった。
もちろんその攻撃を避けることも。踊り子の衣装は衝撃で破れ、美女の裸体が露わになるが、そこには大きな風穴が空いてしまった。マインツが乗る蜘蛛の脚が、レイを貫いたのだった。
「妾は…… わら…… わ…… は……」
「…………」
マインツはなかなか死なないレイへと止めを指す。蜘蛛を操作し違う脚で今度は頭を吹き飛ばさせたのだった。吹き飛んだ首から舞う鮮血が無表情のマインツの頬に一滴だけ滴るのだった。
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次回で一章ラストです。