いきなりお昼寝
心地よい風が吹く草原で春眠は、昼寝を始めた。周りには見たことも無いモンスターがウヨウヨしているにも関わらず。
「すー すー」
腰まであるツヤツヤな黒髪を束ねて枕がわりにし、運動したことないような華奢な体で小さく丸まって寝息を立てる。小顔で童顔なせいか女の子にしか見えない。服装は神様の優しさか、この世界の冒険者が着る動きやすいものだ。
完全に寝始めると春眠の神から授かったスキルが自動で発動した。
『スキル【睡眠学習】を発動します』
『【睡眠学習】施行中の、ダメージは全て無効になります』
このスキルが本領を発揮する――
◇魔境【死ノ草原】 『キマイラ』
キマイラはいつものように自分の縄張りの上を旋回していた。腹が減ったら草原を走り回っているケンタウロスや馬や牛を襲って食べる。敵が縄張りに入ってきたら殺すか追い返したり、戦いが何よりも好きなモンスターである。
空の主ともなるとそのサイズは規格外だ。普通のキマイラは全長3メートルもあれば大きい方だが、『グルー』の全長は10メートル超だ。グルーの腕の爪や牙は飛竜のそれよりも太く硬い。
名前持ちのモンスターは、恐れられている証拠だ。ついこの前も、縄張りを侵食してきた飛竜の群れを滅ぼしたばかり。
魔境【死ノ草原】という名がついたのも、グルーがいるからこそつけられたようなものだ。
魔境は人が決して踏み入れてはならない領域、たとえ一国の騎士団であろうとも、世界を平和へ導く勇者であっても、容易にこの地へは踏み込まない。
グルーは睡眠をとる時だけ大地へと降り立つ。
飛んで疲れた翼を休めるため、いつも寝ているそよ風の気持ちいい草原と深緑の森の狭間へ降り立った。
そして、グルーは降り立ったと同時に怒りの咆哮をあげた。
「GOGAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!!」
大事な縄張りに異分子が眠りこけていからだ。縄張りに入るだけでなく、グルーの寝場所を奪ったのだ。その怒りは計り知れない。戦闘モードとなったグルーの瞳は真っ赤になり、鋭い牙をむき出しにして、眠りこける獣人に威嚇する。
が、眠りこける猫獣人はピクリとも動かず、すやすやと眠ったままだった。
グルーはいままでどんな強敵であろうと、雑魚であろうと、その鋭いく強靭な爪で切り裂いて殺してきた。
丸太のような太い前足を振り上げて、強靭な爪を振り下ろした。しかし、その爪は見えない何かによって阻まれる。
『物理攻撃無効壁を発動しました。負荷ダメージを0にします』
『スキル【咆哮耐性】【威嚇耐性】【斬撃耐性】を睡眠学習しました』
「GURURUR?」
殺したはずの獣人が無傷で寝ている。グルーは爪の攻撃が効かないことを理解した。鋭い牙の並ぶ口を大きく開ける。大きく空気を吸引し、一気に吐き出した。赤く燃え上がる炎のブレスが、寝ている獣人を襲う。グルーのブレスは飛竜をも消し炭にする。
辺りはブレスの熱で乾燥し、ブレスの範囲は焼け焦げていた。
しかし――
『魔法攻撃無効壁を発動しました。負荷ダメージを0にします』
『スキル【火属性魔法耐性】【状態異常耐性】を睡眠学習しました』
『安眠妨害因子を確認。排除のため、スキル【夢喰】を発動します』
ブレスも効果が無かったことにグルーは驚き距離を取ろうとした。
寝ている猫獣人から悍ましい黒い何かがゆらゆらと立ち上る。
グルーは黒いなにかが闘ってはいけないものだと野性的な勘が働いた。大きな翼をめいいっぱいに開いて空へと飛ぼうとしたが、遅かった。
黒いなにかがヘビのように蠢いてグルーの前足に絡みついた。
「GAAAAAAAAAAA」
必死に振り払おうとすればするほど、黒いなにかがグルーの身体に絡みついていく。
そして、グルーの全身を黒いなにかが包み込んだ。あれだけ暴れていたグルーがピクリとも動かなくなると、黒いなにかと共にグルーがそこから霧散し消滅した。
魔境【死ノ草原】の主 グルーが消え去った瞬間だった。
『安眠妨害因子の排除完了 スキル【夢喰】を停止します』
『ハルミ・マクラは、死ノ草原ノ主を討伐しました』
『ハルミ・マクラはレベルアップしました ハルミ・マクラはレベルアップしました ハルミ・マクラはレベルアップしました ハルミ・マクラはレベルアップしました ハルミ・マクラはレベルアップしました ハルミ・マクラはレベルアップしました ハルミ・マクラはレベルアップしました ハルミ・マクラはレベルアップしました ハルミ・マクラはレベルアップしました ハルミ・マクラはレベルアップしました ハルミ・マクラはレベルアップしました ハルミ・マクラはレベルアップしました 』
『ハルミ・マクラは、称号【死ノ草原の覇者】【絶対強者】【強敵撃破者】【眠王】を得ました。ステータスに補正が付きます』
『ハルミ・マクラは、スキル【夢喰】により、スキル【威嚇】【咆哮】【獣結界】【飛行】【爪撃】【火属性魔獣魔法】の簒奪に成功しました』
心地よい風が吹き、温かい日差しの草原に、機械的なアナウンス音がひとりでになっていた。
「ん~ 良く寝たぁ~」
春眠は寝ている間の事は何も知らずに、四つん這いになって呑気に気のびする。猫の耳と尻尾が絶妙に春眠の猫っぽさを引き出していた。
「もうすぐ夕方かぁ お腹すいてきたし、人のいるところに行かないとな~ ふぁ~あ」
大きなあくびをしてから立ち上がった春眠は、自分のからだに尻尾が生えていることに初めて気が付いた。起き上がった時に手にフサフサしたシッポが当たったのだ。
「そっか~ 神様が言ってたもんなぁ 人じゃなくなるって…… まいっか! それよりもここが何処かってことなんだけどな~ 確か僕がやってたVRMMOと同じ仕様だって、これも神様が言ってたような…… 寝ぼけてたからうろ覚えだなぁ 取り敢えず『ステータス』オープン」
春眠の視界の中にだけ、半透明のステータスウィンドウが表示された。「おぉー」と声を洩らしたのは、かつて春眠がハマっていたVRMMOと全く同じステータスの表示だったからだ。
名前 ハルミ・マクラ
性別 男
種族 獣人 タイプ【猫】
LV 10
職業 —
称号 【死ノ草原の覇者】【絶対強者】【強敵撃破者】【眠王】
スキル【睡眠学習】【夢喰】【威嚇】【咆哮】【獣結界】【飛行】【爪撃】【火属性魔獣魔法】【咆哮耐性】【威嚇耐性】【斬撃耐性】【火属性魔法耐性】【状態異常耐性】
「なんか良く分からないのいっぱいだなぁ~ ん?【飛行】って飛べるってことだよね」
春眠の猫耳と尻尾が嬉しそうにピクピクと動いた。空中睡眠とかやってみたかったのだ。寝ながら空を飛びまわる夢はたくさん見てきた。
「スキル【飛行】発動! フライアウェーイ!」
不可視の実態を持たない翼が羽ばたくように風を起こして、春眠は大空へと飛び立った。
「おぉー とんでるよー あはははー」
どうせならと、春眠は空の旅を始めることにした。
春眠が昔やっていたVRMMOと同じ仕様で、『ステータス』には『マップ』の機能が付いている。半透明の視界に写る『マップ』は3Dだ。スキル【獣結界】の範囲である【死ノ草原】においては、何所にどんなモンスターやアイテムがあるのかまで表示される。【獣結界】の範囲外は、何所に街があるかだけが表示された。
「この辺りで一番近い町は~ 【青銅国領 第三都市ハイルン】ねっ 進行方向は南! 全速前進っ!」
春眠の最良の寝床を求める、異世界生活が始まった。