モンスター襲来でもおねんね
「ぶっころ」
【ブリザード】を呼びに来た騎士をぶん殴った春眠は、その勢いのままで店を飛び出した。
「待てハルミ!」
ギンが叫んだが時すでに遅し、春眠の怒りメーターは振り切れていた。眠りの邪魔をされた春眠に声は届かない。
「ハルミさんの実力はどのくらいでしょうか?」
落ち着いていたマイアが、ギンにハルミの戦闘能力を窺う。決してレベルが低くないであろう騎士をぶん殴り、さらにモンスターが来たからやってくることを分かっていた。騎士を倒す力に、なにかしらのスキルを持っていることはマイアにはお見通しだったようだ。
「わかりません。でも俺よりか確実に強いと思います」
「そうですか。なら戦力になりますね。私達も早く向かいましょう!」
「はい!」
流石はSランクパーティーの【ブリザード】のメンツだと、ギンは嬉しくなった。街は未曾有の事態だが、こんなパーティーと共に戦えることはめったにない。
「ふんっ 大食いでは負けたけど、闘いじゃ負けないんだからー!」
「……うん」
春眠に何故かライバル心を燃やすミーアが、クリスタの手を引いて店を飛び出した。
「あの【冷徹姫】はどこに?」
「まだいないわ。たぶん戦闘が激化したら現れると思います」
「此処に泊まっているんじゃないんですか? 俺、呼びに行きますよ?」
走っていくクリスタを見た後に何かを確認したが、マイアは首を振った。渋い顔をしてギンに答える。
「此処にはいないのよ…… 兎に角、後で姿を現すのは確実だから大丈夫です」
戦闘に参加してくれるならどうして初めからじゃないのか、疑問が晴れないが兎に角ギンたちは北の防衛ラインへ全力で走った。外に出て空を見上げるまでも無く、みんなの視線の先には大量のモンスターが空を覆っていた。
「おいおいこんなのもう無理だろ。この街はもう終わりだ」
「ああ…… リザードマンの時の比じゃねーぜ」
北の防衛ラインで武器を構える冒険者たちは、迫り来るモンスターの大群に戦意喪失していた。空からは奇声をあげて飛んでいるデスコンドル、ハーピー、飛竜、が、地上からは木々を薙ぎ倒してやってくるケンタウロスやオーガの群れ。そして極めつけが、【死ノ草原】の最強種であるキマイラが数百体。どの魔物もグルーとグランカッソを恐れて大人しくしていたが、その二匹の強者が居ない今、無法状態となっていた。手を組むはずのないモンスターたちが、人間を襲い喰らうと言う一点だけで、モンスターは徒党を組む。モンスター故なのかもしれない。
そしてこのモンスター襲来の原因となった問題児が、防衛ラインへとやってきた。後始末をしに来たのではない。眠りを妨げられた怒りでここまでやってきたのだ。
黒髪のロングヘアのネコミミ少女が、冒険者たちの間を縫って足音も無く最前線に歩み出た。熟練の冒険者がいたにもかかわらず、春眠が先頭に立つまでだれも気が付かなかった。
「おい! お嬢ちゃん! あぶねーだろ!」
「なんでこんなとこに餓鬼がいんだよ! 隠れてろ!」
「五月蠅い 黙ってよ。 おじさんたちも死にたいの?」
「「——っ!?」」
「うん。黙っててね? 間違って一緒に殺しちゃうかもしれないから」
春眠のスキル【威嚇】と殺意の籠った声に、寒気がした熟練冒険者たち、さらに春眠の表情を見て凍りついた。完全に獲物を見下すときのモンスターと同じ目をしていたのだ。
春眠は内心ブチギレながらも自分のステータスを確認して、大量のモンスターを一斉に蹴散らす手段を考える。実はキレて飛び出したはいいが、何も案が無かった。一匹一匹ならいくらでも戦えるが、集団戦闘となるとそれなりな技が必要となってくる。この世界に転移してくる前に壊滅させた不良グループとの一対多の闘いでも、春眠はとある戦い方で不良共を根絶やしにした。それと同じようにこのモンスターたちにも有効な手が無いか、ステータス画面を覗く。
名前 ハルミ・マクラ
性別 男
種族 獣人 タイプ【猫】
LV 102
職業 —
称号 【死ノ草原の覇者】【絶対強者】【強敵撃破者】【眠王】【闇ノ大森林の覇者】【無情ノ王】【夢想無双】
スキル【睡眠学習】【夢喰】【威嚇】【咆哮】【軍団指揮】【索敵】【テレパシー】【陸海空域結界】【獣結界】【高速飛行】【爪撃】【翼撃】【奇声】【光合成】【自己再生】【自己回復】【魔力回復】【限界突破】【超硬化】【火属性魔獣魔法】【水属性魔獣魔法】【光属性魔獣魔法】【咆哮耐性】【威嚇耐性】【斬撃耐性】【火属性魔法耐性】【状態異常耐性】
「良く分からないなぁ」
なやみながらも春眠が攻撃手段として選んだのは、【魔獣魔法】すなわち、魔物が使う魔法の事を指す。どういった攻撃かというと、簡単に言えばブレスだ。ブレスにも色々な種類があるが、春眠が思いついたのは火炎放射器のようなブレスを放って全部焼き殺そうとしたのだった。
(たぶん同時に発動できる。火と光を合わせて爆発とかできなかな)
大きく息を吸って北からやってくるモンスターたちに口を向ける。肺がいっぱいになるほど空気を吸いこんで、一気に吐き出した。
春眠の口から発射されたのは、巨大な電撃の塊だった。電撃の塊は一直線に飛んで行った。
バチチチチチ
雷もさながら速度で土ぼこりを巻きあげて、進んで行った雷撃は巨大化した。直径100メートルはくだらない球状の電撃の内部では、モンスターたちが焼き爛れ、悲鳴を上げる。その様子はまさに阿鼻叫喚の地獄絵図だった。しばらくすると電撃球は、集束して辺りには焼け死んだモンスターと、真っ黒になった地面だけが残っていた。そしてモンスターで埋め尽くされていた空が開けた。
「「うそだろ……」」
見ていた冒険者たちは、あごが外れるぐらいに口を開き涎を垂らし、目玉が飛び出すほど目を見開いて涙を流していた。驚愕を通り越して何も言えない。今起こった事実を受け入れる脳みそがパンクしかかっていた。
『ハルミ・マクラは、デスコンドル、ハーピー、ケンタウロス、オーガ、etcを討伐しました』
『ハルミ・マクラはレベルアップしました』
『ハルミ・マクラは、称号【雷帝】を得ました。ステータスに補正が付きます』
『ハルミ・マクラは、スキル【同時発動】【魔法融合】【雷属性魔獣魔法】を習得しました』
「ふぇ!?」
初めて聞く声に驚く、寝ているときにあれだけなっていたのに寝ている間の記憶はない。初めて聞くのは当然だ。驚いてステータス画面を覗くとスキルの欄に【同時発動】【魔法融合】【雷属性魔獣魔法】が追加されていた。
「おぉー」と喜んでいるのはつかの間。
まだ今の一撃では、襲撃してくるモンスターのたった一部しか倒していなかった。開けた空が再びモンスターの大群によって閉ざされたのだった。
本日二回目です。