プロローグ
『起きなさいってばぁあああああああ! 枕 春眠!!!』
「ふぇ?」
『「ふぇ?」じゃないわよぉ! アンタ自分の立場分かってんの? 死 ん だ の! 自転車居眠り運転してトラックに轢かれたのよ! なのになんで眠りこけてんのよ!』
今年高校生になって自転車通学が始まったその初日に居眠り運転してトラックに跳ね飛ばされたのだ。トラックの運転手が居眠り運転したのではない。春眠が器用にも自転車をこぎながら寝ていたのだ。
三度の食事よりも睡眠が大事だというまがった哲学の持ち主である。寝るためだけに、男でありながら日本人特有の黒い髪を長く伸ばしてマクラ代わりに使う。極端な運動は絶対にしてこなかったせいか、華奢で一見すると女の子のように見える。そんな春眠は死後の世界に御呼ばれしたのだ。それが分かった春眠は怒鳴り散らす幼女を一瞥して――頷くと瞼を閉じた。寝っころがる姿はとても可愛らしい。
『アンタ、私の事なめてんの? 神様! 創造神! って! ねるなぁあああああああ!』
幼女神のドロップキックが春眠のお腹に炸裂する。
「あぅ 痛い。 お昼寝の邪魔しないでよ、ロリっ子」
『私の神託より、お昼寝が大事って言うの!? とんだプーさんねっ!』
「すーすー」
『だから寝るなぁあああああ!』
幼女神に無理やり叩き起こされた春眠は正座させられた。春眠の横にはどこから持ち出したか分からないが、巨大なスピーカーがセットされた。マイクを持った幼女神がいろいろと話を進める。
『アンタの耳どうなってんのよ! 話してる私でも痛いくらいなのに…… まあいいわ。枕 春眠! アンタはなんで私がわざわざ呼び寄せたか分かる?』
「お昼寝を邪魔しに来た?」
『ちがぁああああああああああう!』
大音量にスピーカーがキーンと響く。
『ああもうっ! アンタと話してるとイライラするわっ と に か く! 話を進めるわよ。 アンタは死んだんだけど、本当は死ぬ予定じゃなかったの』
「ふーん」
幼女神が春眠の気の抜けた反応にずっこける。
『アンタの事なんだけどぉ? はぁ…… で、死んじゃった世界にはもう戻れないから、違う世界に転生か転移させようってわけ。分かった?』
「そっかー」
『うん。もうツッコむだけ無駄ね。 アンタが死んだのはこっちのミスでもあるし、少しだけ望みを叶えてあげるってことよ』
「たとえ何があっても、お昼寝の邪魔をされない無敵能力!」
キュピーン!っと起き上がった春眠に、幼女神は呆れて嘆息する。
『あーはいはい。そう来ると思ったわ。でも、その力のある世界は、地球とはかけ離れた世界でもいいかしら? それに、その能力を与えようとすると転生になるし、人間じゃなくなるかもしれなわよ? 魔法とかモンスターとかいるし……』
「昼寝に勝るものは無し! どこでもいい!なんでもいい!どんと来い!」
『……そう。昼寝は第一なのね。よーーくわかったわ』
「えへへ~」
『褒めてないわよっ そうね。分かりやすく言えば、アンタが昔やりこんでたVRMMOみたいな世界だから、ステータスとか見れるようにしとくわね。後は……路銀とか、必要最低限の物資もアイテムボックスに入れておくわ。何か質問はあるかしら?』
「なーいふぁああ」
『神に欠伸しながら返事するだなんて、ホントにアンタは! って怒るだけ面倒くさいわ。じゃあ転生するから、元気でね?』
「おやすみ~」
『別れの挨拶はさようならよ!』
こうして春眠は、剣と魔法と昼寝のファンタジー世界へと転生した。
春眠が目を覚ますとそこは、昼寝するには最高なポジションだった。心地いいそよ風が吹き、程よく温まる日差しの太陽が照らす、深緑と草原の狭間。そして、見たことも無い化け物たち。仰向けに寝転がった春眠の頭上、透き通った青い空には翼を生やした獅子がとんでいたり、深緑の森の方からは心臓が凍りつくのではないかというほどの殺気を纏った鳴き声が響き、草原には馬のようで上半身に人の身体がある生物が群れを成して大移動していた。
「うーーーんっ 最高にいいところだなぁ 兎に角、お昼寝しよ~」
この状況で心拍数の1も上がらず、眠りこける。たとえ此処が昼寝するにはいい場所かもしれないが、異世界の常識でいうところの、魔境の一つであることは、春眠には知る由も無かった。いや、知っていたとしても昼寝しただろう。周りの状況に気が付きもしないし、自分の頭に猫の耳が、お尻に尻尾が生えているなんてことにも、気が付いていなかった。