第三話 魔法少女
俺は、渡し船に乗って、静かな川を渡っていた。
こちら側の河川敷では、子供たちが石を積んで遊んでいる。
対岸はお花畑だ。
ん?
川の向こうで手を振ってるのは、誰だ?
あの山吹色の武道着には見覚えが……………ああ!!
あなたは、ヤム〇ャさんじゃないですか!
どうしたんです?
また、サイ○イマンにやられたんですか?
解ってます。解ってますよぉ。あなたが弱いわけではないことぐらい。
周りの連中がバケモノ揃いなんですよね。
あのレベルになると、もう努力とか根性とかではどうしようもないんです! うんうん!
え? もう以前までの俺じゃない?
またまたぁ、ビッグマウスを。
え? なに? メラメラの実を食った?
……ンなまさか。
あなたがあんなチートな能力を身に着けられるわけが無いでしょう?
なんです?
怒ってらっしゃるんで?
え、ちょ……やめて、マジ…でやめッ!
ぎゃああああああああああああああああああああああ!!!!
激おこの拳から炎が放たれ、地獄の業火が俺を焼き尽くす。
「ヤンデレ娘への対応間違いました」的なバッドエンドである。
炭化している体を呆然と眺めながら、「こりゃあ、俺、もう死んだな」と、俺は意識を手放したのだが……
「はぁ、はぁ……!」
………………………………再び目を覚ます。
夢か。
悪夢だ。Z戦士のハンカチ王子枠ごときに焼き殺されるとか一体、何の禍事だ?
壁や天井ではあるが、見慣れぬが、見おぼえはある。
周囲を見渡すと、人の形をした焦げ跡があった。
俺はそれを見て、自分の皮膚と肉が焼け、体液が沸騰していく凄惨な感覚をはっきりと思い出した。
あの大家さんの部屋だ。『彼女』を横にしていた石室のベッドに、今度は俺が横たわっていた。
思わずゾクリと背筋が凍る。
半分は夢ではなかったのだ。
……い、いま、この美しい顔は無事だろうか?
思わず顔を触ってみても火傷の跡はない。もちろん美しくもないが。
しかし、夢じゃなかった。
助けた女に燃やされた。
確実にバッドエンドだと思ったのだが、なぜ生きている?
宿屋で一泊すれば、どんな怪我でもたちどころに回復しちゃったりするVRMMO的仕様?
それともタイ○ー道場をコンプリートするまで、オール・アイ・ニード・イズ・キル?
まぁ、なんでもありうる。
なにしろ、ここは『異世界』だからな。
とりあえず、今は深く考えないことにする。現状の確認の方が先だ。
「ピューイ、ピューイ!」
外から聞き覚えのある鳴き声がする。
窓から外を見ると、あのカメがいた。
「また来たのか、あいつ……」
そして、傍らで中腰になっているのは、あの小柄な少女。
一人と一匹で焚火を囲んでいる。
時刻はもう夕方だ。俺が漂着した時とは反対方向の空が朱に染まっている。
「ピュー、ピューイ!」
「$%$#&&%$###$%$%$%?」
カメになにか話しかけているが、彼女の言葉はどうしても聞き取れない。
彼女はもう裸ではなかった。すでに乾いていたのか、あの手術着のような一張羅の上から、俺のデニムのジャケットを羽織っている。
いや、いつのまにか全裸になってたのは俺だな。
幸い、俺のパンツとズボンが部屋干しされていたので、それを履いて外に出る。
「…………あの……」
「…………」
「………」
「………」
いやな沈黙だ。
彼女は俺を一瞥すると、無視するように炎を操った。
薪を触っているのではなく、手をかざすだけで、炎の色が変わる。
木材がガスバーナーのような青い炎で燃える。
こんなありえない現象は、やはり彼女が『魔法使い』だからだろう。
つまり、彼女が俺を燃やしたのは事実なのだ。
話しかけるのがちょっと怖い。言葉通じないし。
彼女の身を案じて介抱してたのに、いきなり攻撃された。いまだ不審者を見るような彼女の目つきは、俺を信用していない表れだ。
ここは俺から笑って語り掛けるべきなのだろうか?
しかし、攻撃を受けてへらへらと近づくのは、いかがなものか。
そういうやつは余計胡散臭いよな。いかにも下心がありそうだ。
とはいえ、寝ている間もとどめは刺されなかった。
敵視されているのなら少なくとも縛られていたりするはずだが、俺は自由の身だ。もし、彼女が自分の非をある程度認めているのなら、毅然とした態度で怒るべきなのだろうか?
俺が困惑していると、彼女はこちらを威嚇するかのように、ボウと炎を巻き上げた。
いかん。警戒されてる。
「ピューイ!」
俺が膠着していると、カメが炎を覗き込んで鳴いた。
それにハッとして少女が再び炎に手をかざす。
すると、薪の中心から、何やら炭化したものが浮き上がる。サイコキネシスだ。
炭化物はふわふわと浮かんで、カメの目の前に着地するのだが……
「……ピュイィ」
と、カメはものすごくがっかりした顔をする。
少女の傍らには、ぴくぴくとエラ呼吸する色鮮やかな魚が五、六匹、無造作に置かれている。
少女は、チッと舌打ちして、憮然とした表情で一匹をつかんで火の中に放り込んだ。
もしかして、先ほど取り出した炭化物は、魚だったのだろうか?
よく見れば、魚の痕跡を残した黒い物体が、他にもいくつか放り捨てられていた。
「………………イグニス」
焚火というものは、ぱちぱちという水分の爆ぜる音がするのが普通だ。しかし、彼女が呪文らしき言葉を唱えるとゴオオオオオオオ、と青い炎がまるで産業廃棄物を高熱処理しているかのような音で、燃え上がる。
これは一体、何の儀式だ? 悪魔崇拝か?
「ピュイー!! ピュイー!!」
カメがガス漏れ警報機のような警告音を上げる。
少女はフォースような力で魚を取り出すが、案の定、魚は見事に火葬されていた。
少女はがっくりと首をもたげ、深く溜息をついた。
「………」
俺は想像した。これはもしかして俺に対する威嚇でも、手札から儀式モンスターを召喚しようとしているわけでもなく、単に『焼き魚』を作ろうとしているのだろうか?
だとしたら、すさまじく間違っているな。
海の恵みを粗末にしているとしか思えない。
俺は、焚火から火のついた薪を一本拝借し、手ごろな薪や石ころを拾ってきて、彼女とは離れたところに簡単な竈を作る。魚を一匹いただいて、口に細い小枝を串替わりに突き刺し、焚火に向かって立てかけた。
その前に腰をおろしてしばらくすると、脂が滴り、磯の香りがしてくる。
「ピューイー!!」
その匂いに誘われて、カメが寄ってきた。
まんべんなく火が通るように何度かひっくり返していると、カメは期待を込めた目で俺の顔を覗き込んでくる。
串を外して焼き魚をカメの前に置くと、喜んでかぶりついた。まるで、三時間遅れてようやくやってきたピザにがっつく育ちざかりの若者のように。
そして、一匹目を平らげると、今度は自分から俺のところに生魚を咥えて持ってきたのである。
「大将! 次はこれ握ってくれへんか?」
と、寿司屋にクーラーボックスを担いでやってくる困った常連客のようなことを言ってるんだろうな、この生意気な知的生命体は。
しかし、魚を獲って来たのはおそらくこいつだろう。泳ぎは得意そうだし、コイツのものらしき歯形がついている。
ならば焼いてやらぬわけにもいくまい。たっぷり料理してやるぜ。
一方、女の子は、地獄の業火で三匹目の魚を焼きつくしてしまったところだった。
もう、涙目になってる。
あんな凄い魔法使えるのに、なんか、残念な子だ。
俺は見かねて焼き魚をひと串、彼女に進呈することにした。
俺が魚を差し出すと、彼女はおずおずと受け取ろうとする。
しかし、俺は、一度差し出した魚を遠ざける。
彼女はますます涙目になるが、俺は別に意地悪しているわけではない。謝罪と賠償を要求しているわけでもない。
「りゅうじ、だ」
「………?」
不満の表情を向けてきても、俺は魚をなかなか渡さなかった。
「リュージ」
「そう、りゅうじ」
言葉は通じないまでも、俺の名前ぐらい覚えてもらおう。
「リュージ」
「……」
しかし、俺は首を横に振る。
俺の名前をリピートするだけじゃだめだ。それは物心がついた頃から知ってるからな。
やがて彼女の口から、俺の聞きたい名前がこぼれる。
「エグゼリカ」
よろしい。
「はい。エグゼリカ」
「……ぐす」
よほどおなかが減ってたのか、『エグゼリカ』は俺が焼き魚を手渡すとぽろぽろ涙をこぼして食べ始めた。
それを見て、カメは「女の子を泣かすな」と抗議の視線を向けてくる。
俺が島に来て、最初に覚えたのはエグゼリカという名前とカメとのコミュニケーション手段だった。
考えてみれば、女の子を食事に誘ったことなんて、この日以前の俺にはなかったのだ。その場で相手を泣かせたと思えば、俺もちょっとしょっぱい気分になってしまったよ。
---
日が落ちた。
異世界トリップものの小説で、主人公が「いま自分がいる場所が地球ではない」ということをはっきりと自覚するのは、大抵、夜になってからだ。
その理由は昼間見えるものというのは、ある程度ごまかしが可能だからだろう。
ある日突然、中世ヨーロッパのような街にいたとしても、それは何らかのテーマパークかもしれないし、馬に乗った騎士様や鎧武者がいたって、撮影中のエキストラに出会っただけかもしれない。エルフやドワーフのような亜人だって特殊メイクした俳優かもしれないし、『サラダオイルの入ったヤシの実』や、『遠い海から来た爬虫生命体』だって、自分が知らないだけで、世界をくまなく探せばどこかに実在するかもしれないではないか。
しかし、夜だとそういう屁理屈が通じなくなる。
天体は、人がいくら知恵を使おうと偽装が不可能だからだ。よくあるパターンが月が二つあったり、満月が異常にデカかったりする。それで『主人公』は、ようやく自分が異世界に迷い込んだことを実感するわけだ。
この世界の場合はまさに天空の神秘『オーロラ』だった。
南の島でオーロラである。地球じゃありえない。
つまり、この世界には、俺の国籍を証明してくる国家は存在していないということだ。自衛隊による救助は絶望的だろう。
ただ、希望はある。
なにしろ、こんな絶望的な状況下にあっても、俺にはまだ『死兆星』はみえてないからな。
つーか、北斗七星も見えないんだが。
大家さんの石室は、今、魔法の光で満たされている。
『エグゼリカ』が大家さんが残した書物を読みあさっているのだ。
彼女には読めるらしい。つまり、彼女はこの世界の住人であり、どこかに帰る場所があるということだ。
おそらくだが、彼女は教養階級の人間なのだろう。大家さんの残した本を読み、二百十六あるという人骨を正しく並べるというのは、まずDQNじゃ不可能だろうな。
焼き魚ができなかったのは、たまたまキャンプの知識がなかっただけだ。
そして、エグゼリカは本物の魔法使いである。
俺を燃やした炎の魔法。おそらくだが、あれはガチだった。どうやら俺は丸焼けになったが、そのあと、彼女の回復魔法で一命をとりとめたらしい。
それはいいんだ。いきなり現れた『武器を持った男』を警戒してのことであって、俺を敵視しているということではない。……と思う。
無人島で男と二人きりっていう極限状況では、女は身の危険を感じるだろう。
自分の方が強いと、示しておかねばならない。俺にとっても教訓だ。
あれはお互いの通過儀礼だ。そう理解しておこう。
エグゼリカの能力はすさまじい。
火を起こすだけではない。
あの後、彼女は空気から水を作って見せた。
呪文一発でバケツ一杯分の水滴が空中に浮かぶのだ。
俺ならば、ほんの数十ミリリットルの蒸留水を作るのに、薪を集め、火を起こし、とんでもない時間と労力を要するわけだが、彼女はわずか数秒で大気中の水分を集めて、シャワーまで浴びれてしまう。
彼女が別の呪文を唱えると、あの固い岩が変形し、みるみる穴が開いていく。大家さんの遺骨はその中に収納した。あの岩盤にどうやって横穴を掘ったのか不思議だったが、『大家さん』もたぶん魔法使いだったのではないだろうか? 岸壁に穴を掘り、竈を作り、煙突を作り、この無人島でしばらく生活していたのだ。
また、裸足の彼女に、「靴はどうするのか」とジェスチャーで聞いてみたが、ボブ・サップより二回りはでかい岩と土でできた巨人(たぶん、クレイゴーレム)を作り出し、それに乗って移動するという荒業に打って出た。ていうか、スケールが違う。この巨人に殴られたら、俺なんてぺしゃんこだ。
家の周りに生えていた雑草も、彼女の風の呪文一発できれいに伐採されている。ウィンドカッターというやつだろうか? 人に放つと思ったらぞっとする。俺のカトラスが舞おうが唸ろうが、命を刈り取る形をしてようが、所詮、蟷螂の斧だったんだ。
エグゼリカは、火、水、土、風、そして、回復。なんでもできる。もしかしたら、これが五大元素使いってやつなのかもしれない。
片や俺には何の能力もない。襲うどころか、逆らう気にもなれない。なんかもう、生き物としてのスペックが違うのだ。
彼女の力がなければ、俺はたぶんこの環境で生きていくことはできない。
昨今の小説じゃ、異世界にトリップした人間が、現地人もドン引きするほどのチート能力を手に入れて無双するもんだが、この世界では俺なんて無双するどころか、彼女の助けがなければ野垂れ死にするレベルである。
となると、彼女が料理下手ってのは不幸中の幸いかもしれない。
もちろん、料理ごときで簡単にフラグが立ってしまうなんて、ラノベのヒロインじゃあるまいし、そんなちょろい女とは思えないけどな。
エグゼリカは、俺が介抱する際、服を脱がして裸を見たことに気付いている。もちろん、風邪をひかないようにという配慮だったのだが、俺は年頃の女の子を脱がして裸を見たわけだ。彼女は本当は俺など焼き殺してしまいたい、と思っているのかもしれない。
しかし、おそらくアウトドアの知識がない彼女は、ひとまずお互い協力しなければ生きていけないことに気づいて、俺を助けたのだろう。
そういう打算的な割り切り方ができる女なのだ。下手なDQNやスイーツより怖いな。
しかし、俺はふと考えた。
いや、まてよ?
怖いで済むのか? この状況は……
この世界の人間がみんな彼女ぐらい魔法が使えるのであれば、無能力者なんてNEET同然の役立たず。もしかしたら被差別人種ですらあるのかもしれない。
焼き魚なんて、難しい料理ではない。単に彼女が世間知らずだっただけで、よほどの馬鹿でない限り誰でもできる。いや、この命がかかわる状況下に置かれたら、馬鹿でも死にもの狂いで技術を覚えるだろう。
俺にはエグゼリカのような能力はないが、エグゼリカは見様見真似で俺の技術をコピーすることはできるのだ。ある程度の知識を身に着けたら、彼女は俺を必要としなくなる。
今思えば、あの涙は空腹に耐えかねてではなく、そういう悔し涙ではなかったのだろうか?
「いつか見てろよ、お前なんて、利用価値がなくなればポイだ」と……。
いや、たとえ、そんな腹黒い子じゃなかったとしても、だ。
この異世界の文明レベルがどれほどかは知らないが、おそらく彼女は箱入りの町育ち。どこかのお嬢様かもしれない。
さいとう○かおの漫画でもいたよな。
無人島でのサバイバル生活に順応できずにヒステリー起こしちゃう女が。もちろん、キャラクターをディスってるわけではなく、現代人にとっては、ある意味リアルで、無理もない話だってことだ。
エグゼリカだって無人島に取り残された身の上。いつ情緒が不安定になってもおかしくない。
ひとたび心を許しても、女心は秋の空のごとく変わりやすいものだと昔から言われている。まして、言葉も通じない異国の男。無人島生活に精神を病んでいけば、特に理由がなくてもちょっとイラッとしただけで、俺を衝動的に見捨てかねないのでは?
殺して死体を遺棄しても、ここには警察なんていない。
やばくね? これ。
亜熱帯の夜なのに、冷たい汗が背中を滴っていく。
そんな世界で言葉も通じず、一人ぼっち。
「ああ、なんてこった」
俺は心底恐怖した。
それこそ、奥歯がガタガタ震えるほど。
せっかく生き延びても、たった一人の同居人に軽蔑され、孤独よりもみじめな無人島生活。
というか、この状況。ある意味、一人無人島サバイバルよりひどいんじゃないだろうか。
みじめなのは、孤独よりも嫌だ。
ひとしきり恐怖に打ち震えたのち、俺は決心した。
恋愛感情になんて発展しなくてもいい。
俺は、彼女に、人間扱いしてもらわねばならない。
彼女の役に立つことを証明し、あの子の信頼を勝ち取らないと、いつ見捨てられてもおかしくない。
もしそれができなければ、死ぬしかない。
「………やるしかない」
彼女に全身全霊で尽くすんだ。
スチュワーデスがファーストクラスの客に、酒とキャビアをサービスするように。
俺は、意を決して立ち上がると、明日の彼女の朝食を探しに、夜の海へと赴いたのである。
Charactor profile No.2
エグゼリカ・セレスティ …… 14歳 治癒師・魔導師
身長151センチ 体重38キロ
冒険都市ゼフィーリアの治癒姫。
自由同盟が擁する最高のヒーラー。
髪:栗色 瞳:群青 おっぱい:おっきい
魔法・火 LV1 … 今のはメラゾーマではry)
魔法・水 LV5 … ウォータージェットによる木材加工は得意。
魔法・風 LV3 … 気圧操作、流体操作など。
魔法・土 LV6 … ゴーレム召喚など。
魔術・治癒 ??? … 測定不能・系統不明