パンケーキに憧れた田舎者
卯月は上京してからずっと気になっていたことがあった。
存在はネットやテレビでしか確認できず、親に頼んでも別のものが出来上がってしまう。そう、それは───────
「ねえ桜、パンケーキって知ってる?」
「知ってますけど・・・それがなにか?」
知っているのか!?流石おっぱい。胸がでかい。
「やっぱりパンケーキ食べるとおっぱいも大きくなるんだね」
卯月は少しやさぐれ気味に桜の胸に視線を落とす。
「なりませんから!そもそもパンケーキなんて滅多に食べないですよ」
「あれ、そうなんだ。ザ・東京人な桜なら毎週食べてるのかと」
「ザ・東京人ってなんですか・・・私そんなに東京人な感じしますか?」
「するする、私のイメージしてた東京の一般的な可愛い女子高生にピッタリ当てはまるよ」
「そ、そうですか?なんか少し嬉しいです」
「やっぱり東京の女子高生は胸大きくて頭弱そうですぐ・・・」
卯月が言い切る前に桜が手で口を押さえた。
「ストップストップストップ!!今私凄く失礼なこと言われかけたような気がしたんですが、聞かなかったことにします。なのでパンケーキに戻りましょう」
「でも桜、パンケーキ食べないんでしょ?ならいいかな」
「ちょっ、え?私用済みですか?もう出番ないんですか?」
「じゃあパンケーキとホットケーキの違いってなんだか知ってる?」
「パンケーキとホットケーキの違い・・・ないと思いますよ?確か由来は一緒だったような」
「失格だよ桜、残念だ」
「え?違うんですか?」
「合ってるとか間違ってるとかじゃないんだよ、私の求めている答えは」
「そう・・・三浦桜は・・・卯月の意図を理解していない・・・」
いつの間にか南が会話にヌッと入ってきた。
「パンケーキとは・・・女子のステータスなんだよ・・・」
「ステータス、ですか?」
「流石南、東京人だね」
「あれ?私も東京人ですよね?」
「つまり、私はオシャレで女子がSNSで無意味に上げてるパンケーキに憧れてるの」
「今自分で無意味っていいませんでしたか?」
「桜、人生ってのはさ、無駄の積み重ねなんだよ。無駄のない人生なんてつまらないじゃない」
「なんか、なるほどです」
「ということで、行こう、パンケーキ屋へ」
卯月達三人は拳を突き上げて誓った。無駄を積み重ねてこそ人生だ、と。
「あれ、私誘われない?私はパンケーキ一緒に行けないの?」
三人の会話に入るタイミングを見失っていた弥生が誘われることはなかった。
パンケーキ決行日。
「今日予約したお店はEggs'n Thingsというお店なんですけど、行ったことありますか?」
桜は卯月と南に問いかける。
「もちろん私は初めて」
「行ったことないけど・・・知ってる・・・」
「どんなパンケーキなの?」
「写真を・・・撮りたくなる・・・」
「それってつまり見た目がやばいパンケーキってこと?」
「そうなんですよ。あれはなかなかのものですよ」
「気になるよー!早く行こう行こう!」
るんるんの三人は駅から徒歩5分、店の前に着いていた。
「これすごい並んでるね、あっ!なにあれ!?」
外のテラス席に座っている女性の目の前にあるのは巨大な生クリームだった。
「あれが今回の目当てなんです」
「あれ一人分なの?結構な量だよ?」
「甘いものは別腹ですよ」
桜が腹をポンと叩いた弾みに揺れる胸が別腹ということなのかな。
桜が予約しておいたおかげですんなりと店内に入ることが出来た。
店内は南国風で、都会!って感じはしないけどオシャレな雰囲気なのは田舎者でもわかった。
四人席に案内されて、壁に向かって右側に卯月と桜、卯月の向かいに南が座った。
「やっぱり、あのパンケーキみんなで一つにしない?」
「私は一人で食べられますけど」
「南はどう?」
「挑戦・・・あるのみ・・・だから」
南のその目は、決意の色に染まっていた。
「よ、よし、私も一人で食べてみよう」
こうしてそれぞれが巨大な生クリームのパンケーキを食べることになった。
「いざ目の前にすると、大きいね」
「美味しそう」
「いい・・・匂い」
大きさに圧倒される田舎者と普通に楽しむ東京人。
「あ、生クリームそんなに甘くないね」
「んー!美味しいですね!」
桜、まさかスイーツ大好きっ子だったのか。
「・・・・・・モグモグ・・・モグモグ」
南はものすごいスピードで生クリームとパンケーキを食べていた。
「まさかの早食い!?」
「卯月さん、いくらスイーツ好きでも時間をかけて食べると辛くなる時もあるんです。だから早食いもスイーツを食べる上では必須スキルなんです」
そういう桜のパンケーキは既に半分ほどになっていた。
これが、田舎者と東京人の違いなの!?
もしかして私田舎者ってバレてる?
「わ、私も少しペース上げようかなー」
スイーツを楽しむ為に来た卯月は、本来の目的を忘れて己が想像する東京人になる為に一心不乱にパンケーキを食べていた。
「あ、南さんのほっぺたに生クリーム付いてますよ」
「どこ・・・」
南は自分のほっぺたをぷにぷにと触って生クリームを探しているがなかなか見つからない。
「ここですよ」
ちゅぽっ。
桜は指で南ほっぺたの生クリームを取ると、そのまま南の口に自分の指ごと突っ込んだ。
「!?・・・・・・にゅぁ・・・」
にゅぽっと南の口から指を抜くと、そのまま自分のパンケーキに戻った。
「今のが・・・普通・・・なの?」
その問いかけが拾われることは無かった。
しばらく経って、卯月以外がパンケーキを完食していた。
「クレープも頼みましょうか」
「私は・・・いい・・・満足」
まだ食べるのかおっぱいは!
「卯月・・・ほっぺた・・・付いてる」
「え?どこ?とってとってー」
卯月の無邪気な表情に、南は少しドキリとしていた。
南の指が卯月のほっぺたをなぞる。
「ん・・・にゅぷっ!?」
先ほどの桜と南のやり取りを南は再現していた。
しかし、そのやり取りそっちのけでパンケーキと格闘していた卯月は知る由もなく、突然の挿入に驚きを隠せない。
ぬぽっ。
南は照れくさそうに指を抜くと、流石に紙で拭いた。
「え!?なにこれ、なんで今私指突っ込まれたの?なんで南は照れくさそうなの!?」
「これくらい・・・普通・・・だから」
「普通、普通なのか・・・」
こうして卯月の中の東京人像が歪んでいったのでした。
「あ、写真撮り忘れた」
「「あ」」