続・幼児退行
大森葉月所有の別荘に、吉澤さんはいた。
「吉澤さん、恐らくこの文献に、地下のことが書いてあるかと」
別荘を管理しているメイドから、一冊の本を受け取った。
表紙、裏表紙ともに文字はなく、黒一色に染られたその本を受け取った吉澤さんは、表情を変えず、そのメイドに問う。
「いかにもな感じで怪しいですね、私が開いても害はないと?」
「では、私が開きましょうか?」
「いえ、やはり私が開きましょう。同僚を疑うなんて失礼な事を、どうか許してほしい」
「いえ、お気になさらず」
そのメイドの口元は、僅かに笑っていた。
一方幼児退行組の所には、応援が駆けつけていた。
「あらあらあら!本当に幼児退行してますわ!」
幼児退行で混沌とした空間にお嬢様と、黒いスーツを身にまとった女性が現れた。
「百合恵さん、あのいかにもなお嬢様は誰なんですか?」
基本カフェテリアなどは一般向けに開放しているが、現在は非常時なのでここの住人以外は入れないはずだ。
しかし、見覚えがない。
いや、どことなく誰かに似ているような。
「彼女はぁ、鷺ノ宮神無さんですぅ」
やはり百合恵さんの知り合いだったか。
「ここの住人ではないですよね?見たことないし」
「まあそうねぇ」
「百合恵さんが呼んだんですか?」
「いえ、呼んでないですよぉ」
そんなことを話していたらお嬢様改め、鷺ノ宮神無が葉月を抱きしめていた。
その横で、黒いスーツの女性が紅を動けないように組み伏せていた。
「百合恵さん!あれ誘拐じゃないですか!?葉月誘拐されちゃうって!」
弥生の大きな声には反応して、鷺ノ宮神無が再び口を開いた。
「誘拐とは失礼なことをおっしゃいますのね。ただ抱きしめているだけではありませんか」
その声に、今の今までぐったりとしていた葉月は突然元気を取り戻し、衝撃の言葉を発した。
「おねえちゃん、おねえちゃん!おねえちゃんだ!」
「お姉ちゃん!?」
どういう事だ?
まるで意味がわからない。
だってさっき、鷺ノ宮って、苗字が違うのに、あれぇ?
「そうですわ!お姉ちゃんですわ!んー、葉月は可愛いですわー!」
笑顔で抱き合う二人は、確かに姉妹のようで、顔もどことなく似ていることに気が付いた。
「あの、百合恵さん、これは一体...?」
「離れ離れの姉妹のぉ、再会ねぇ」
葉月に苗字の違う姉妹がいたなんて、衝撃の事実だ。
しかし、葉月からこんな話は一切聞いたことがない。
おそらく他人には話せないような事情があったのだろう。
「あ、くろさわ、紅のことは放してあげて」
葉月にくろさわと呼ばれた黒いスーツの女性は、葉月に従い紅から手を離した。
「そうですわ!葉月、久しぶりに一緒にティータイムにしましょう」
鷺ノ宮神無の提案で、急遽ティータイムになった。
テーブルには葉月や鷺ノ宮神無の他に、百合恵さん、卯月、弥生が集まった。
「申し遅れました。はじめまして、吉澤と申します。それでは紅茶を用意しますので少々お待ちください」
吉澤?
今吉澤って名乗ったのか?
「あの、吉澤って、葉月のメイドの吉澤さんと関係が?」
私の質問に、鷺ノ宮神無が答えた。
「あらあらあら、顔を見て気づきませんでしたか?葉月の世話をしている吉澤の姉ですわ」
吉澤さんの姉の吉澤さん。
確かに似ている。無表情な所とか。
なるほど。葉月がくろさわと呼んでいたのは、普段から黒いスーツを着ている吉澤さんとメイド服の吉澤さんの呼び分けだったのか。
「こちら、紅茶とクッキーです」
吉澤さん(姉)が紅茶とクッキーを用意して戻ってきた。
「あの、鷺ノ宮さんは何故このタイミングでここに?」
「呼ばれたんですわ。吉澤に」
「吉澤というのは、普段私が会っている方の?」
「そうですわ、それに、こっちの黒いスーツ方は普段から黒澤と呼んでるので、吉澤と言ったらメイド服を吉澤ですわ」
「そうなんですか。でも黒澤さんは吉澤って名乗ってたような」
「いいんですわ。だって、メイド服を頑なに拒否する黒澤が悪いんですから」
「そうなんですか?黒澤さん?」
「仕える者として、スーツは譲れません。吉澤です」
反論ついでに吉澤を主張する黒澤さん。
「黒澤さんはぁ、なんでメイド服を着ないんですかぁ?吉澤さんはメイド服で仕えてますよぉ?」
確かに、吉澤さんはメイド服で完璧に葉月の世話をしている。
つまり、理由は別にあると。
「妹は関係ありません。吉澤です」
「黒澤、紅茶」
「すぐ用意します」
神無の空のティーカップを下げて紅茶を淹れる。
「お待たせしました」
「ご苦労。それで、黒澤がメイド服を着ない理由ですが、単に恥ずかしがって着ないだけですわ」
「あらぁ、黒澤さんにはぁ、メイド服似合うと思いますよぉ?」
「いえ、似合いません。吉澤です」
ご主人様以外にはいちいち訂正する黒澤さん、少し面白い。
「似合うと思いますよ、黒澤さん、吉澤さんと似てるし」
まあ姉妹で似ているのは当たり前か。
「そんな、妹と違って私は可愛くないですから、メイド服なんて似合いません。吉澤です」
いやー、変わらないと思うんですけど。
それに吉澤さんも可愛い系というよりは美人系だと思うんですけど。
「あの、百合恵さん、提案した私が言うのもなんですが、あそこのほぼ全裸の方々は放置していて構わないのかしら?」
完全に忘れていた。
というより慣れてしまっていた。
鷺ノ宮神無のその言葉に、ティータイム中だった全員が幼児退行している三人の方を見た。
全裸の南と半裸の葵、そして何故か紅まで半裸になっていた。
「いやー、あれですね。水ようかん食べます?」
「そうねぇ、水ようかん食べましょうかぁ」
「あらあらあら、私、洋菓子好きですが、和菓子も好きなんです。是非頂きますわ。葉月も...」
鷺ノ宮神無が止まった。
「あの、どうしたんです......か...」
気になって鷺ノ宮神無の目線の先を追ったら、卯月に馬乗りになる葉月の姿があった。
「静かだと思ったらぁ、あらあらぁ」
「はは、キスしてますね、キス」
我ながら感覚が麻痺していると思う。
「さて、水ようかん食べますわよ」
鷺ノ宮神無は何事もなかったかのように水ようかんの話題に戻った。
しばらくカオス空間でくつろいでいたら、百合恵さんの携帯にメールが届いた。
「あらぁ、幼児退行は呪いみたいねぇ。あの子達は何故かその場でかからずぅ、数日経ってから幼児退行したみたいねぇ」
「で、呪いを解く方法は?」
「大体一日経てば元に戻るそうよぉ」
「よかったー、元に戻るんだ」
「......幼児プレイ......イケますわ...」
「神無様、思考が漏れてます」
かくして、ゆりのささやき春の幼児退行事件は解決したのだった。
次回は、今回の話を補足する話にする予定です。