幼児退行
ゆりのささやきは混乱の渦に巻き込まれていた。
「あー!あははっ!すっごーい!」
「あっつーい!これぬいでいい?ぬいでいいよねぇ!」
「ねえちゅーしよ!卯月ちゅーって!ちゅーってしよ!」
「ちゅーってなあに?おいしー?」
「わたしとちゅーしよー葉月ー!」
今のは順番に葵、南、葉月、卯月、紅だ。
私が朝起きた時にはすでにこのありさまだ。
原因は不明だが、あの五人だけがまるで幼児に戻ったような、
いわゆる幼児退行が起こっていた。
「むぐぅ!」
幼児退行した紅が強引に葉月の唇を奪った。
「やぁっ!やめてよー」
「だめー」
幼児退行で、言葉は幼女のじゃれあいだが、身体は高校生のままなので、すごいことになっていた。
「もっとするのー」
紅は葉月の顔をしっかりと両手で押さえ、再び唇を奪った。
「ちゅーーー!」
「んーーーーーー!!!!」
嫌がる葉月を力で勝る紅が何度もキスをする。
葉月の閉じた唇の上に被せるようなキスをしていた紅だったが、
唇を絶対に開かないようにしている葉月の意図に気が付いたのか、
唇に舌を差し込もうとしはじめた。
「んーーーー!んーーーー!!」
「んふふ、ちゅぷー、にゅー、れろれろれろ」
「なめないでぇ、って、ひゃぁ…ん…ぁぁ」
なめられて思わず口を開いた葉月の隙を見逃さずに、舌を差し込む紅、恐ろしい。
「葵もぬごー!」
「やだー、ぬがないー!」
「わたしがぬげっていってるんだからぬげー!」
キスに気を取られていたらこちらでは衣服をはいでいた。
普段静かな南とは正反対で、活発というか、露出狂になっていた。
しかも相手にも脱ぐことを強要している分、見せるだけの露出狂より変態的で質が悪い。
「いやーん、下着とらないでー」
「あはははー!おおきいねぇ!なんでおおきいのかなぁ?ねえねえ?」
南が笑顔で葵の胸を直で揉んでいた。
「いたいよー、いたいからやめてよー!」
「いたい?わたしわかんない!わたしおおきくないからわかんないよー!」
純粋にわからないのか、それとも八つ当たりか、判断しかねる表情だ。
しかし、全裸の南が半裸の葵を襲っているこの状況、とりあえず動画化決定。
そんな身体は大人、中身は欲望に忠実な幼児の動画をとっていたら四人しかいないことに気が付いた。
「あれ、卯月は…?」
葉月から逃れ、もとい葉月が紅に襲われている隙にどこかに逃げたか。
卯月も確か幼児退行していたはずだ。
周りを見渡すと、お茶をしている二人組を発見。
というか普通に卯月と百合恵さんがいた。
「あの、百合恵さん。この惨状の中よく普通にお茶出来ますね」
「あらぁ、弥生ちゃんも動画撮影してたじゃなぁい」
「つい、使命感が」
「それにぃ、私は卯月さんを見ていたのでぇ、仕方ないというかぁ」
「そういえば卯月おとなしいですね。普通にお茶飲んでるし」
「やよいおねーちゃんもたべう?」
天使がいる。
「うん!ありがとうねー」
そういって卯月からせんべいを受け取ろうとすると、ひょいっとせんべいを引っ込められてしまった。
「ん?あれー、どうしたのー?くれないのかな?」
「たべものはすわってたべうんだよ、だからすわらないとあげないのー!」
可愛い。
「卯月はすごいねー、マナーが守れて偉いよー」
そういって卯月の頭を撫でる。
「えへへ、すごいでしょー、うじゅきはおとなだからね!」
「すごいねー。あ、もう座ったからおせんべいくれる?」
「うん!どーぞー」
「ありがとう」
バリバリとせんべいを食べ、お茶をいただいた。
「弥生ちゃんも卯月さんの、いえ、うじゅきちゃんの虜になったのねぇ」
「確かに、舌足らずの言葉とか破壊力がすごいです」
「卯月ちゃんさ、せんべい以外に食べたいものとかある?」
「よーかん!」
卯月は和菓子が好きなのか。なるほど。
「百合恵さん、ようかんって売ってましたっけ?」
「そうねぇ、吉澤さんがいたらすぐに用意出来たんだけどぉ」
「そういえば吉澤さんは今どこに?葉月があんなことになってるのに近くにいないのか?」
「別荘に行ってるわぁ」
「葉月の別荘?」
「そうなのぉ。どうやらぁ、別荘の地下の開かずの間があの現象の原因らしいのよぉ」
「それで、吉澤さんが解決策を見つけに別荘へ行ったと」
「そうなのよねぇ。だから私が保護者としてみんなを見守ってないとねぇ」
「助けないんですか?あそこの四人は色々問題が...」
「助けないわよぉ。見てて楽しいでしょぉ?」
「まあ、確かに」
幼児退行しているとはいえ、力はそのままなんだ。
叩かれたら痛いしな。仕方ないな。
「よーかんは?だめなやつー?よーかんはけーざいてきにみおくーやつなのー?」
ついにせんべいを食べ終えた卯月は、先程リクエストしたようかんが用意されていなくて不安そうな顔をしていた。不満顔じゃないのがまた可愛い。
「ようかんは私が買ってくるね。卯月ちゃんはどんなようかんが好きなのかな?」
「みじゅー」
「みじゅー?」
ついオウム返ししてしまった。
「わかんないのー?みじゅよーかんだよー」
水ようかんね、美味しいよね。
「みじゅね、わかったよ」
「みじゅー!」
みじゅー!
三十分後、近くの和菓子屋で水ようかんを買って卯月の元へ戻ってきた。
「お待たせ」
きっちりと包装された箱に入った水ようかんをテーブルに置く。
「おー!おくられてくるやつだー!」
お歳暮とかで贈られてくるんだね。
まあ和菓子屋のしっかりとした水ようかんをおやつに買う家は少ないよな。
「いっぱい食べていいぞー」
「ほんとー?たくさんたべてもおこんない?」
「もちろん」
「えへへ、やよいおねーちゃんすきー!」
「私も好きだよ」
「じゃーいっしょにだべうー!」
「たべうー!」
「ふふ」
背後からの笑い声に反応して振り返る。
「ちょっ、なに撮ってんですか!」
百合恵さんが動画を撮っていた。
「なにってぇ、動画よぉ。あの四人だけじゃあ卯月さんだけ仲間はずれになるでしょぉ?」
「後でデータくださいよ?」
「わかってるわよぉ」
「「んふふ...」」
その微笑みは悪魔のようだと、後で動画を見て思ったのだった。
舌足らずな台詞難しいですね。
それっぽいのにしたらなんで同じ発音のこれが喋れないんだとか色々考えてたらただ平仮名にしただけみたいな台詞が出来上がりました。
頭が幼児退行していて申し訳ない。
次回もよろしくお願いします。