今宵の踊りのお相手は3
私は、別に憎んでなどいなかった。
ただ、怖いだけ。
自分という存在が、どういうものなのか、周りの人からどう思われているのかを考えるだけで怖い。
「私は、誰も憎んでなんていません。憎むよりも先に、思い出すと心がざわざわするというか...お姉ちゃんは今何しているんだろうって」
「なら、よかったですわ。私は葉月が大好きですから。葉月が私を想ってくれている以上に、大好きですわ」
「神無お姉ちゃん、大好き...です」
「あらあらあら、照れた葉月も良い顔をしますわね」
「さて、それではダンスタイムと致しましょうか」
「ダンス...しないとダメですか?」
「ええ、もちろん男性とペアで踊るのですわ」
「わ、私...男性の方は苦手で」
「苦手!それはいけませんわ!それではいつまで経っても結婚出来ないじゃありませんか!」
「結婚って、そんな、私まだ女子高生ですし」
「女子高生でも結婚できますわ。それに貴女は女子高生である前に大森家の次女、更に鷺ノ宮家にも顔がきくとなれば引く手数多のモテモテお嬢様じゃありませんか!」
「そんな、そもそも次女ですし。義姉と義弟がいますし」
「貴女、本当になんにも知らないのね」
「それはどういう事ですか?」
「それなら、本人に直接聞いてみてくださいな。ちょうど今貴女の後ろにいますわよ」
葉月は言われたままに振り返ると、そこには車椅子に乗った女性と、中性的な男性と、吉澤さんが立っていた。
「......え?」
まさか、本当に転職を?
「葉月、久しぶりね」
車椅子に乗った女性が、親しげに話しかけてきた。
「どこかで、お会いしましたか?」
葉月の返答に、車椅子の女性は少し悲しげな表情を浮かべる。
「私は大森明音。貴女のもう一人のお姉さんよ」
「あ...ごめんなさい。その、本当にごめんなさい」
「謝らないで。謝られると、その分さらによそよそしく感じてしまうの」
「...その、ごめ...あ、いや、えっと」
突然のことに葉月は戸惑っていた。
大森家に養子に入り、数える程しか会っていない姉で、どう接していいのか分からないのだ。
「困らせるつもりはなかったの。葉月、許してくれる?」
「は、はい」
「先程、神無さんが葉月に憎んでいるか聞いてましたよね。その時、私はギクリとしました。だって、私の身体が弱くなければ、心臓が...弱くなければ、葉月を神無さんと離れ離れにさせたのは......私だから」
明音はそのまま胸を抑えて俯いてしまう。
「明音さま、大丈夫ですか?」
吉澤さんの問いかけに明音は手で制する。
「葉月に話しておく事があります。弟も、心臓が弱く、大森家を継げる状況ではなくなってしまいました」
弟が、心臓を患っていた。
その事実をたった今知った私は、本当になにをしていたのだろうか。
勝手に自分をいらない子だと思い、病弱な義姉と義弟を無視して一人気ままに暮らしていたのだ。
無知で周りを無視し続けた自分が、憎かった。
「お父様から、伝言があります。これを」
明音から手紙を渡された。
『我が娘、葉月へ
大森家にきてから葉月は笑わなくなった。鷺ノ宮家にいた時の葉月を知っている私は、その状況に心を痛めた。そして、病弱に産んでしまった明音と優希にも本当に申し訳ないと思っている。しかし、私は大森家の当主として、後継ぎを探さなくてはならない。そこで、葉月の結婚だ。吉澤に聞いたところ、想い人が既にいるようで、私は葉月の気持ちを尊重したい。という訳で、本日は吉澤にその想い人を連れてこさせた。葉月は想い人に想いを伝えるといい。それはそうと、一回くらいお義父さんのところに顔を見せに来てくれませんか?寂しいです』
手紙の内容自体は真摯に受け止めるしかないと思ったが、私の想い人については心当たりがない。
どういうことなのか?
「葉月さま、少し耳を」
吉澤さんが葉月の近くにより、耳打ちをする。
「話を合わせてください。事情は後で話します」
「え?それはどういう...」
葉月の疑問に答えることなく、話は進む。
「手紙の通り、想い人をお連れいたしました」
「白井月と申します。鷺ノ宮神無さま、はじめまして」
中性的な男性が神無に挨拶をする。
「あらあらあら!はじめまして、可愛らしい顔をしてますわね。葉月の好みそうな顔ね」
白井月。
白井...月?
白井......卯月!?
卯月さん!?
「葉月さん、一緒に踊りませんか?」
「ええ、よろしくお願いします」
葉月と白井月は男女が踊っているエリアへと歩いていった。
「明音さん、葉月が迷惑かけてごめんない」
「いえ、迷惑をかけてるのは私の方です。それに、神無さんと葉月を引き離してしまって申し訳ないです」
「そんな、気にしないでくださいな。今日も大好きって言ってもらえたし、私は満足ですわ」
「やはり、本当の姉妹には勝てませんね。私にも、葉月に大好きって言ってもらえる日がくるのでしょうか?」
「きますわ、絶対に」
「そう、ですね」
明音の頬は、少し濡れていた。