今宵の踊りのお相手は
葉月は卯月と別れ、とある場所に向かっていた。
「お待ちしておりました。それではストレッチから始めていきましょうか」
スタイルの良い長身の若い女性が葉月を出迎える。
「はい、先生」
「大森さま、表情が少し硬いですよ?リラックスしてください。そんな表情では相手に失礼になりますよ」
「はい、気を付けます」
「まだ硬いです。やはり踊りは嫌いですか?」
「嫌いという訳では...」
「来週のパーティーでは色々な名家の御子息様との社交ダンスなんですから、そんな調子では駄目ですよ」
「......はい」
男の人...。
しかも社交ダンスだなんて...。
「大森家のご令嬢は暗くてイマイチなんて噂になったらお父様が...」
「が、頑張りますから!大丈夫ですから!愛想笑いも頑張りますから!」
葉月は暗い表情を押し込めて、笑顔をつくる。
「及第点といったところでしょうか。同年代の男性は騙せるかもしれませんが、まだまだぎこちないです。今度表情を作る特訓を行いましょう。吉澤さんとご一緒に。あの方はそもそも表情を作ろうともしない人ですし、あのままでは婚期を逃してしまいます」
「本人は遠慮しそうですが、伝えておきます」
その後、葉月はみっちりとダンスレッスンを受け、表情の指導も軽く受けた。
休日が終わり、学校が始まった。
「ねえ卯月、休日は何してたの?ささやきにいなかったよね?」
「なんで?弥生ちゃんとなんか約束してたっけ?」
「約束はしてないけど...。ただ何してたのかなーって思っただけだから」
「そんなに気になる?」
「気になるっていうか...気になってる」
「そうなんだ。でも秘密なんだ、ごめんね」
「...そ、そうか」
弥生の表情が死んだように見えたのは、気の所為だろうか。
「来週、ピクニック行こう。草原でブルーシート敷いてさ」
「...そうか」
弥生は先程と変わらないトーンで返事をした。
「あれ?弥生ちゃん、ピクニックとか嫌いなの?」
「...そうか」
三度、同じトーンで返事をした。
「弥生ちゃーん!ピクニック!」
卯月は弥生の身体をぐわんぐわんと揺らしながらピクニックを連呼した。
「ピクニック!弥生ちゃん!ピクニック!」
「はっ!なになに!?なんで私揺すられてるの?」
ようやく正気に戻ったのか、そうか、以外の返事をする。
「だから、来週ピクニック行こうって話!」
「あぁ、ピクニック。わかった、ピクニックな」
「そういうことだから、今週は放課後と休日は秘密なことするから弥生ちゃんとあんまり話せないけどよろしくね」
「おう。ピクニック...ピクニックだ......ピクニックだな......」
「弥生ちゃん、大丈夫?」
「ピクニックだろう......つまりピクニックだ...」
どうやら弥生の頭の中はピクニックで埋め尽くされているようだ。
その週の水曜日、放課後ゆりのささやきにて。
「あの、百合恵さん。吉澤さんが今何処に居るか分かりますか?」
「葉月ちゃんが知らないならぁ、私も知らないわよぉ?」
「そうですか...。それはそうですよね...」
「そんな暗い顔してぇ、折角の可愛い顔が泣いてるわよぉ」
「暗い...ですか...?」
「ええ、すっごく」
やはり付け焼き刃の笑顔では百合恵さんのような大人を騙す事は出来ないらしい。
「まああれねぇ、葉月ちゃんは年頃の乙女だしねぇ。悩みが有るなら相談してみなさい?」
「それじゃあ少しいいですか?」
「どぉーんときなさぁい」
手で軽く叩いた胸がよく揺れている。
「最近、吉澤さんが私を避けているようなんです」
「まあ...なかなかデリケートな話題になりそうねぇ」
「あ、そんなに重い感じではなくて。朝も夜も会いますし、普段通り何ですけど、私が学校終わってから夕食までの間はどこかにに行っているようで...」
「それで、何処で何をしているかを知りたいとぉ?」
「そうですね」
「吉澤さん本人にはぁ、聞きましたかぁ?」
「はい、秘密だって...」
「それはつまりぃ、葉月ちゃんには知られたくない何か、ということじゃないかしらぁ」
「まあ、秘密にしているくらいですし」
「そう、秘密ぅ。な、ワケですよねぇ」
「は、はい...」
「吉澤さんにもぉ、プライベートはあるわけですしぃ、本人が秘密にしている事を裏でコソコソ聞き回るのわぁ、吉澤さんも嫌なんじゃないですかぁ?」
「......そうです...よね...」
ぎゅっ。
「!?...百合恵さん?」
百合恵が突然葉月をぎゅっと抱きしめた。
「吉澤さんはぁ、大丈夫ですよぉ。あの人は常に葉月ちゃんを第一に考えてますからぁ」
「......」
「甘いものでも食べましょうかぁ」
「そうですね」
百合恵の柔らかい胸に抱かれて、少し気持ちが楽になった気がした。