悲嘆すべき事柄
今までさまざまな意志を持つ剣士を殺してきた。
彼らは私から見れば数多くの屍の一つでしかない。しかし、彼らには私などには理解できないほど強く硬い意思があった。その意思が彼らの剣だったといっても過言でない。
意思の乗ったそんな剣を全て私は無常にも叩き折った。四肢は切断し、急所は全てつぶし、首をはねた。返り血が宙に舞い、赤い爆発が連続し、その度に自分自身とも言える私の刀は強くなっていった。
その刀「悲嘆」は人の魂を食い物にする畜生の類の刀剣だ。
私はそれを振るうために生まれてきた。
そうして、血を吸い、悪魔のように成長していった「悲嘆」と似たような存在の私。そして今、目の前にいるこの男がこの世に残る最後の敵だった。
幾億の屍の上に私とこの男は存在していた。残るは剣を振るうのみ。私の頭はその修羅場の中でかつての検視のことを思い出していた。
「我が「正義」のため、貴様を殺すっ!」
その言葉にうそ偽りはないように見える。金髪の髪を血で濡らし、細身の長身に、黄金に輝く長い剣を握っている。その姿は「剣士」であり「勇者」ともいえるのだろう。
どちらにしろ、私とは正反対だということだ。
彼と私は夜の戦場の真ん中、多くの死骸に囲まれる形で戦の最後を飾るように戦っている。視界を埋める死体の数々は全て右手に握る「悲嘆」によって殺された者たち。人の魂を食らうこの剣の前では尋常な兵士が数を重ねようとあまりに無力だった。
その死体を目に移すたび、目の前の剣士の表情が苦しいものになっているように見える。彼の正義にとって、この数の死体が発生してしまう事態は受け付けられないのだ。そういう真っ直ぐな人間であるから「正義」を名乗れるのだから。
その長身から放たれる剣閃は持ち主の正義の念が乗っているのか、黄金に染まっているように見える。血の赤と暗闇の黒に囲われたこの戦場において、非情に目立つ閃光となっている。
その全ての黄金は人間にとって限界に近い速度で私に迫る。それも単発で終わらず、精錬された足裁きと重心移動によって放たれた斬撃。それらは全て、まとまった一つの動作に見えるほど連続したものになっている。
彼の技は全て、人としての限界の領域に踏み込んでいるのだろう。それは彼の持つ人智を越えた剣が手伝っているのか、それとも奇跡が生んだものなのか。
そんな技を用いる彼の表情におごりは無い。更なる強さを求めているようにも見える上、自分より歳が小さい私にも敬意を払っているように感じられる。
その上で、彼の意識の根底には冷たい殺意があった。
身も凍るような殺意が。
剣閃を彼が生み出すたび、殺意が垣間見える。冷たい、絶対零度のようなソレは私に向けて放たれていた。
「君、「正義」を名乗るのに。人を殺すんだね」
黄金の剣を往なしながら、私はそう言う。時間稼ぎのためではなく、純粋な好奇心が、彼の人生観を暴きたいと叫んでいた。
私がどのような生まれをして、どう育ったかは覚えていない。気づいたら「悲嘆」を持って人を殺し続けていた。だからこそ、私は「人間」をしりたかった。
私の剣で弾いた黄金の剣の軌跡を、次の軌跡に組み込む。そうして彼の剣は擬似的に速度を向上させる。そうしながら、彼は答えてくれた。
「貴様は四肢をもがれ、眼を潰され、剣を粉砕されたとして。人を殺そうとするのを止めるか? 私にはそうは思えん」
そう答えながら、彼は息遣いを先ほど前とは少し変える。たったそれだけの小さい変化。しかし今までの戦いで私には彼の戦い方を把握している。彼の戦い方は全て最善を行っていく。人間としての限界に迫るとはそういうことだ。最善の方法で相手の首を狙っていく。
そんな彼が息遣いを変えている。それは今までの攻撃とは違うものを繰り出そうとしているということだ。
それも、最強の攻撃を。
彼が質問に答えてくれたのも、それを悟られないようにするためだろうか。それとも正義について疑問をもたれたからだろうか。
やがて足裁きも若干だが変化する。しかしそれらはきっと最終形への布石だろう。変化している足捌きから始まり、徐々に間合いをつめて、一番強い踏み込みから究極の黄金の剣を放とうとしているはずだ。
彼はその動きの中で言葉を続ける。
「貴様はそんな状態になろうと、人の血管を食いちぎろうとする意思がある! 黒く、歪んでいる殺意がな! 貴様を殺さなければ、他の人間が間違いなく死ぬ!」
だから、と続ける。
先ほどから間合いを広げようと裁き方を変えていたため、彼との距離は一歩や二歩で縮められるものではなくなっている。
しかし、彼はそれを言い切った途端に地面を人類の限界の力で踏み切り、今までの全ての速度を越えて私の懐に突撃してくる。両手には黄金のソレを抱えて彼自身の体の左の背後に空間に構える。
「その汚れ役は――喜んで私が背負おう!」
言葉が途絶えた瞬間。この戦いの中でもっとも黄金色の強い閃光が彼の剣から放たれる。私から見て右奥から人間としての最高峰の剣閃が美しい曲線を描き私のくび元へ高速で迫る。
私は右手に握った「悲嘆」をより強く握る。そして単純に振るう。
「正義とは人の死の上で成り立つ、ってことかな」
黄金の剣の軌跡、驚くほどの速度のソレにわざわざ重ねるようにして「悲嘆」を振るう。大昔の石器のように質素で素朴な外装をした「悲嘆」特徴といえば血を吸って、赤黒く変色しているということだ。
黄金の軌跡と、真紅の軌跡が衝突する。
そして、黄金は容易く真紅に飲まれ、延長した軌跡は人間には到底辿り着けない速度で彼の体を八つ裂きにした。
人間としての最高速、それでは「悲嘆」には遠く及ばない。
答えが聞ければ私には十分だった。
「正義」を信条とする剣士を殺してからどれだけの時間がたっただろうか。私は木々の生い茂る山辺で戦っていた。
右手にはより朱に染まる「悲嘆」。持っているだけの人外の心臓の鼓動が伝わっているようだった。その剣の周りが全てこの世ならざる何かに変わってしまいそうなまがまがしさを放っている。
そんな私と相対しているのは一対の短剣、つまり双剣を握っている男だった。肩幅が広く鎧から覗く肌色は筋肉がしっかりついていて熟練の剣士であることが見て取れる。 双肩は瑠璃色に装飾されていて芸術品のように見える。
「悲嘆」に一本の刀剣では打ち勝てないと思い至ったのか、二本の短剣を同時に「悲嘆」に合わせてつば競り合わせる。
「――――フンッ!」
一斉と共に「悲嘆」に圧し掛かる重さが激増する。爆発するような圧力が私の腕にかかってきて、つい後ろへ飛んでいく。振るった双剣に乱されて暴風が周囲を弄び、木々からは葉が落ちる。
間違いない。何時ぞやの黄金の剣を振るっていた剣士よりも数段強い。
それならば、私は聞いてみたい。なぜ戦うのか、何を信じるのか。
「君は何のために私を殺すんだい?」
一瞬で間合いを詰めてきたその剣士。向かい打つために「悲嘆」を相手に向けながらそう問いかける。相手は突然問いかけられて、少し戸惑っているようにも見える。
間合いを高速で詰める剣士。ただし動きは直線的ではない。視界を埋める木々の幹を隠れ蓑にして、私の懐へ飛び込むコースの予想を惑わそうとしている。
かつての黄金の剣士は正々堂々、と言うべき戦い方であった。しかしこの男は勝ちに貪欲だった。
私はその剣士がどこへ潜んでいるかをわからなくなってしまっていた。この土地は上下にも寄付が激しく、隠れながら接近するということに関しては最善の場だった。もちろん私がそれに乗じてこの環境を利用としていないというのもあるのだろうけれど。
風の音が相手の剣士の動く音を掻き消している。近くにはいないだろう。しかし彼のスピードはその距離を数秒で詰めることができる。
私は「悲嘆」を握る腕を寄り強く意識する。一瞬が、相手の攻撃を対処できるかどうかを沸けることになる。そう直感していた。
「悲嘆」は刃渡りが長い刀剣ではない。一本の刀剣ならほぼ必ず防ぎきることができるが、手数で不意を突かれたらただでは済まない。
周りの様子を探る。私がいる所から見渡せない場所はいくつかある。木々の背後、山なりになっている地面の、その向こう側。その二箇所だ。問題はどちらに潜んでいるかだった。山なりの地形は数がそこまで多くなく、木々は数は多い。普通なら木々に身を潜めるかもしれない。
そんな考えを私が張り巡らせているときだった。
私の向けている視線の反対方向から大きな音が響いた。乾いた音だった。その激しさは何かを破壊した音なのだと理解させるには十分。
つい、私はその方向へ視点を移動させてしまう。
そして、そこにあったものを捉えた瞬間。罠だとようやく気づいた。
そこには蒼い一本の剣のよって伐採された大木があった。そして、その蒼い短剣は投げられて底にあるのだろう。もう一本は――――、
「はああああっ!」
大木の轟音は注意を曳きつけるためであり、そして近づくときの移動音をかき消すためでもあった。どこから出てきたかは分からない。大木を見るために振りむいた、私の無防備な背中に向けてもう片方の蒼い剣が振り下ろされる。
「悲嘆」で向かい打てればどうにでもなる。しかし生身の肉体に向けて、人間としての限界を超えていてもおかしくない剣を受ければ無事では済まない……!
だから私はできるだけダメージを減らすために動く。
振り向いたときに大木へ向けた足とは反対の足で、剣を相手に振るうときのように地面を強く蹴る。瞬間、暴風に吹かれた木の葉のように私の体は彼に背を向けて加速する。
しかし、完全にはかわせない。
「ぐうぅっ!」
背中に暑い感触が広がった。一瞬送れて鋭い痛みが体の中を暴れる。それでも、「悲嘆」を手放さない。これを手放すことと死ぬことは私にとって同義だ。
宙を弾丸のように舞う私の体を、斬り込んだ彼は続けて追おうとする。同じように彼も踏み込む。その動作と同じ時、私の脚は大木の近くの地面に着地した。しかしこのままの姿勢でいることは危険だ数瞬の間に彼は蒼い剣で私を殺しにかかるだろう。
「悲嘆」を何時に無く力強く握り、構える。
斬られたのはどうやら右肩だった。つまり利き手でいつものように「悲嘆」を握ることはできそうに無い。
それでも、私は利き手に「悲嘆」を握る。目線は今まさに地面を蹴って宙を駆けているあの剣士。手には双剣の内の一本を握っている。
それを視認した次の瞬間。私の利き手にすさまじい重量がかかる。目の前には屈強な剣士。眼には確かな殺意が顔を覗かせていて、迫力はその殺意が本物であることを主張していた。
「何のためにお前を殺すのか、教えてやろう……」
切迫した状況下、彼は初めて意思ある言葉を吐いた。それを口にしつつも蒼い剣から加わる圧力に変化は無く、むしろ強くなっているようにも感じる。
「へえ、答えてくれるんだ」
強くなっている圧力に耐えつつ、僕は返す。
「悪魔にも冥土の土産は必要だろう。それに、年端も行かない子供を理不尽に殺すのは好かん」
悪魔、か。私としては自分を悪魔だとは考えていない。しかし、彼にしてみればそう映っているらしい。
そして彼は言葉を続ける。
「お前を殺せば、病に伏せている両親を救うだけの金が手に入る。俺はお前の命よりも両親の命をとっただけだ……!」
これで最後だ。そう言わんばかりに底の見えない力だがさらに湧き出してくる。もう手負いの利き手でこの攻撃を受けるのは限界だろう。
しかし、「悲嘆」の我慢も限界だった。
既に、飢えすぎている……!
「なっ……!」
彼の口から、初めて動揺した声が漏れる。しかし私にしてみればこれが最善の行動だ。この男とこれ以上正面から戦うのは難しいと思っていたから。
蒼い剣閃から伝わる力は私にとっては好都合だった。
私の目的は相手を剣同士の戦いで倒すことではない。ただ相手を殺せればそれで良い。よって、私はあの密着した状況から後ろへ跳んだ。
相手の剣は力の集中する点を虚空に放たれ、ついバランスを崩す。私は剣の勢いを受けて再び高速で後ろへ跳ぶことになってしまう。
そして、私は「悲嘆」を投げた。
次の瞬間。蒼い剣をもつ男の首が切断された。
普通ならば、小柄なこの体ではできないだろう。空中で刀剣を、正確に力強く投げることなど。しかし私にはできた。悪魔と呼ばれるほどの力を持っている私だから、「悲嘆」と一体化してるともいえる私だからこそできたことだった。
なんとなく大木のほうを見ると、投げられてきた蒼い剣が刺さっていた。近くで見るとやはり宝玉のように美しい。
手に取り、私はつぶやく。
「命の重要性には、優劣があるらしい……」
彼の言葉を思い出しながら、そう呟いた。同時に左手で私はその蒼い剣を砕く。宝玉は砕かれるときでも美しい音を立てていた。
懐かしい記憶だ。あの時となんら代わらない、小柄な肉体で私はそう思う。
今まで数多の剣を砕き、持ち主を殺してきた。それでもあれほど強く、それに見合う強い意志を持っていたのはあの二人と――。
目の前のこの男くらいだろう。
「何故、君は私を殺そうとするの?」
神か悪魔か、その両方か。目の前にいる剣士はそういった人外に魂を打ったのではないかと思うほどに強かった。他の二人も、たいていの兵士とは比類なき強さではあったがその二人とは比べ物にならない強さを誇っていた。
音を置き去りにする紅い剣閃。
振るわれる紅い刀身は触れてもいない地面に亀裂を作り出す。
間違いなく今までで最速の速さであり、衝撃の一つ一つも最強のものになっているはずだ。伊達に今日まで生き延びている存在ではないということか。
紅いその剣は長く、細身の長剣だった。それを握る目の前の剣士はその剣に似て、やややせ気味な体系をしていた。
しかし、どこからその力がわいてくるのだろう、と思うほどに激しい攻撃が連続する。剣の残光が視界を透き通る赤色で埋め尽くすほどだ。それらを利き手で握った「悲嘆」で受け打つ。一つ一つを丁寧に防いでいたら攻めるときはやってこない。相手の剣を防ぐため、そして「悲嘆」の刃を相手に届かせるために剣を選ぶ。
赤黒い「悲嘆」の刃と相手の紅い刃がぶつかり続ける。互いに人智を越えた威力の攻撃同士が重なれば周囲にすら大きな影響を与える。地面にはまともな平面は無くなり、振るわれた剣の延長線上にある木々や建物は全て切断されていった。
そんな暴力が全てを支配する場で私と目の前の彼は戦っていた。
既に私の敵は彼を残して殺しつくしてしまった。そして、最後に残った彼は今までの誰よりも強い。
件の彼は一秒を難度も分割した時間の世界で私と戦っていた。そんな中で余裕を見せて笑っている。加えて私の問いにも答えてくれた。
「何故って、愚問だぜ。俺は最強を目指しているからさ!」
豪快に大振りされる彼の紅い剣。しかしその動きに隙は無く、つい「悲嘆」をその剣の軌跡に合わせて力を込めて振るわせられる。次の瞬間を待たず、腕にすさまじい衝撃が伝わってくる。それでも「悲嘆」をその衝撃に対抗するように振るう。
二つの力が一点に集中し、爆発したかのように互いの体がそれぞれの背後に吹き飛ばされる。それでも彼の表情は明るい。彼がこの世界の最後の砦なのに、まったく敗北を危惧していないようだ。
「あんたを倒せば俺は最強……っ。合ってるよな? だから戦うのさ!」
言い切った瞬間。彼の体が私の懐へ入っていた。
すぐさま振るわれる紅い剣、その軌道を咲に読みきり「悲嘆」をあわせる。数瞬後、想定通りの軌道を描く双方の剣が同じように激突し、衝撃で両の体が宙を舞う。
これで何度目だろう。私は宙にいながらに考える。全力を尽くしているように感じているのに相手を殺しきれない自分がいる。彼のほうも同じらしく、だからこそ何度もこちらへ同じ手法で向かってくるのだろう。
彼の姿が消える。合わせ、前に出た。
「そういえば――あんたは何のために人を殺して回ったんだ?」
紅い剣が再び私に襲い掛かる。何度目になったか分からない動きでそれを「悲嘆」で弾き返す。轟音は遅れてやってくる。
「え……?」
「えっ、じゃねえよ。人に質問するならよぉ――――自分も同じ質問されることを想定しろよぉっ!」
数え切れないほど繰り返した、しかし毎回軌道の違うその紅い剣が再び襲う。疲労をまったく見せないその剣捌きは私に対して一瞬の油断も許さない。「悲嘆」で最初から何も変わらない、相変わらずの合わせる。しかし、今度は弾き返すのではなく間近で力のつば競り合い賀始まる。
全力で「悲嘆」を相手の剣に重ねているが、一方的にその暴力を振り切ることはできない。生まれて始めて私は均衡した状態を味わっていた。
「生きる意味か、この「悲嘆」で人を殺すことになるかな?」
「それだって何かの目的への経過じゃねえのか? その先に何がある?」
先、私はそれを考えたことは無かった。ただこの手に収まる「悲嘆」を使うために生まれてきていたから、「悲嘆」のためにひたすら人を食らうことが生きる意味だと思っていた。
しかし、改められるとそれは何のためなのだろう。その先に、きっと私の戦う意味があるはずなのだけれど。
ある剣士は「正義」だと言っていた。どんな人間だろうと、それを殺すのは難しい。だからこそそれを請け負うのだと。
ある剣士は「両親」だと言っていた。私を殺した褒美で手に入る金で両親を救おうとしているのだと。
それらは自身の命を危険にさらし、人の命を奪ってまでも実行すべきことだった。それが「意味」というものだ。しかし、私にはそれほどのものがあるだろうか。
私は「悲嘆」を持っている。普通の人間と比べて危険にさらされているわけではない。人の命を奪うのは目的ではなく経過だ。ならば私はその「意味」を持つだけの条件を達成できないことになる。
その迷いが剣に伝わってしまった。
安っぽいフェイントに私は反応することができなかった。重ねようと放った「悲嘆」は紅い剣を捕らえることはできず、紅い剣が私の体を襲う。回避は不可能。それほど体の重心を攻撃に向けていた。
「気を抜いてんじゃねえぞ」
私の体から、紅が噴出した。
体は噴火で放たれた岩石のように、無作為に、それでいて高速で宙に投げられた。そしてそれだけの勢いを持って地面に激突する。傷口がその衝撃で強引に広げられより紅い血が地面を濡らしてしまう。
「――――がぁっ」
普通の人間はあの剣を体に受ければ、その瞬間に身体が弾け飛んでいただろう。それも「悲嘆」がなんらかの効力を発揮していたようだ。しかし、完全に負傷を防いでいるわけではない。
そんな惨状になりながらも、私が第一に心配したのは「悲嘆」その刀身に欠陥がないことを確認すると、あの剣士がここへ来るまでの短い時間を考え事に使おうと考え至った。
「なんのために、いままで「悲嘆」に人を食わせてきたのか――」
そのために生まれてきた、それしか覚えていなかったのだ。だったらそれをするのは当たり前じゃないだろうか。私の思考は既に行き詰っている。血が歯止めのかからないほど激しく腹部から流れていて、貧血によって思考が働かないのかもしれない。
「でも、もしそれが終わったとき。私には生きる意味がなくなってしまうということになるのか」
この状況から彼を殺し。全ての剣士の魂を「悲嘆」に食わし切らせれば、私の生きる意味が達成し、完了してしまう。その場合私のその後の未来はどうなる? 普通に生きることはできない。
「わからない……」
それでも一つだけわかっていることがある。この死に瀕している状況で思い出すあの二人の剣士のことを、羨んでいることだ。生きる意味を持ち、戦う意味を持って全力を尽くしていた彼らをいまさらながら羨んでいた。
「私はどうしたら良い? 「正義」にはほど遠いし「両親」なんて存在しているのすら分からない……!」
そう、私にあるのは「悲嘆」だけ。これを持って人を殺すことしかできないのだ。
「人を殺すしか――できない」
だったら、人の生きている意味を全て打ち砕いて私は生きているとも言える。
「そんな私の生きる意味なんて、存在して良いの?」
つい呟いてしまうその言葉。それについて考える暇は、無かった。
突然のことだ。激しい土煙、それと着地音と思われる爆音が近くに地面から発生する。
「おいおい、のろのろと追いついてみれば座り込んでいるだけ? 諦めたのかよ」
「…………」
おそらく先ほどの戦場から跳んできたのだろう。比喩は無い。彼ならばあの位置から一度の踏み切れでここへの跳躍が可能だろう。
それほどの運動をしても、やはり疲れは一切見えない。大してこちらはかつて無い致命傷を負った身体。もはや勝機は無いのかもしれない。しかし、「悲嘆」は自分であり、剣である。剣であるなら戦うべきだ。
十分に機能しない足腰を強引に働かせて立ち上がる。
いつもと同じように「悲嘆」を正面に構えて相手と相対する。距離は関係ない。そんな領域
の戦いなどそもそもしてなったはずだ。
「これで最期だ。何か言い残すことは――ー。いや、生きる意味は見つかったか?」
彼はそんなことを私に言う。言っていることは油断から生まれているのではない。それだけの実力を持っているのだ。
「わからないよ……」
「そうか」
少し残念そうに彼は笑う。その表情を見て私に一つの考えが浮かんだ。もしかしたら彼も私と似ている人間ではないのだろうか? 最強になるというのも本当の生きる意味への経過でしかないのでは。
だが、私には関係ない。
「これで最期にしてね」
ああ、と言い切った瞬間。彼の姿が常識を外れた速度まで加速する。音を引き離す神速がその身から現れる。私はその速度から放たれる剣に「悲嘆」をあわせることはできないのだろう。そしてそのまま死ぬ。
ならば、と。私は「悲嘆」を投げた。
蒼い剣士のときとは違って、狙いをつけずに。しかしそれで十分なのだ。
次の瞬間。紅い剣の軌跡が宙に放られた「悲嘆」のある場所を通過しようとして「悲嘆」が砕け散り――――紅い剣が同時に砕け散った。
私が「悲嘆」を操って相手の紅い剣の衝撃を往なさなければ、こうして正面から激突すれば双方の剣が砕け散るのは当たり前だ。数時間前の私なら「悲嘆」を守るためにこの手は採らなかっただろう。しかし、今の私にはできる。
次の行動へ移るのは、この策を考えた私のほうだ。
砕けた「悲嘆」の刃の欠片を呆けた相手の脳天に投げつけた。弾丸のように加速した破片は相手の脳天を水風船のように破裂させた。
「「悲嘆」が砕けたなら、私の使命も終わりだね……」
もうこの世界に剣士はいない。私の存在を知ってまで剣士になろうとするものはいないだろう。そんなことを言いながら近くに落ちていた「悲嘆」の欠片を手に取る。
そして、自分の心臓に向けて放つ。
私の休部に大きな風穴が開いた。
「生まれた意味だった「悲嘆」を破壊すること。それがきっと私の生きる意味……」
私は納得しているだろうか。それはわからない。
ただ、次に生まれるときは、今まで見たあの二人の剣士のような人間になりたい。そう、強く思ってしまうのだ。




