<空の掃除>
衛星の破片が作った幾つかの衝突跡は静止軌道上から光学的に観測してもはっきりと分かるほどの巨大なクレーターとなっており、クレーターのふちは外輪山を形成しすり鉢状の内部の殆どは計算上ジオイド面以下となるため、気温が下がればそこに液体化した水分が溜まり、今後は湖か海のようなものになると予想される。
また、衝突の際に砕け散った衛星の破片の内、最大サイズのものは原型をとどめた状態でクレーター中心に露出しているので、今後の地球化を進めていく際、段階としては降下艇を下ろした以降のナノマシンプラントが利用する重元素の補給先として期待できそうだ。
衛星が衝突した際に巻き上げられた膨大な物質は当初惑星の薄い大気圏を突破し、静止軌道にも大量のスペースデブリを生んでいた。
普通に考えたら航行の障害でしかないそれらのデブリは今回のケースの場合格好の材料となった。
スペースデブリの回収方法はいたって単純で、台所でよく見かける金タワシのようなものを用意しそれを一定期間放置し回収するだけだ。
普通の金タワシと違う部分は、スチールウールの代わりにCNTネットで作られているということと、それがある程度自立的に動くことが出来るという点だ。
勿論大きさも台所の金タワシとは比べ物にならないくらい巨大だ。
CNTは非常に優れた素材で、硬いのに柔軟性があるという一見矛盾した性質を両立出来る上、それ自体がバッテリーになり、動力源にもなる、MEMSを組み込めば独立したロボット的な働きも期待できる。
今回はこれを静止軌道上に複数個配置し、相互に最適なポジショニングが出来るように簡易的なネットワークを構築させてデブリの回収に当たらせ、ある程度のデブリを回収した段階で自動的に本船にデブリごと回収される動作を設定した。
今回のケースの場合期間的な制限は無かったので、このくり返しを延々、ほとんど無限とも思える回数繰り返しただけである。
本船が惑星の静止軌道に到達後、順調に反射鏡を生産しつつ漂うスペースデブリを回収し、資材としての加工を行った結果、いまではほとんどのデブリは回収しつくされてしまった。
大気圏内の様子も大分落ち着いてきたようで、観測初期の高温のガスと土砂が空間を埋め尽くすような天候は落ち着きを取り戻し、現在は何も動く者の居ない、蒸気と地表が露出しただけの裸の惑星が見える。
――惑星大気の温度が100度プラスマイナス10度の範囲におさまったので次の段階を実行する。
初期の予定通り、まずは藻類とデブリから合成した、育成に必要な栄養素およびバクテリアがセットになったものを大気圏内の気流に乗せてなるべく効率よく惑星全体に散らばるように散布する。
この藻類に関しては発光能力のほか、恒星(以降地球的な呼称を踏襲し太陽と呼ぶ)の光を効率よく吸収出来るように表面が黒くなるよう調整が施されている。
また、初期の極限環境に適応できるようシミュレーションに従いたんぱく質の高温適応等強化処置も施されている。
反射鏡が予備も含めて全て完成すれば地表温度の低下や日照不足に関しては問題がなくなるので現時点での補助的な措置としての改良といったところだ。
地球化をすすめてしばらくすると惑星の夜の面からぽつぽつと光が観測出来るようになった。
当然だが、初期段階では地表の養分は偏りが激しいので発光のカラーパターンもさまざまだ。
観測しているのが宇宙船の人工知能ではなく人間であったならこの光景を見てかつての地球の都市部の明かりを想像し、そこに人類文明を想い何らかの感情や情緒を元にした発言を行うのかもしれないがここにはそのような存在はいなかった。
◇ ◆ ◇
――藻類は順調に育っているようだ。
反射鏡の生産は順調だが、周囲に回収出来る物質がほとんど残っていないので近距離探査を行い回収可能な地点に小惑星や岩塊が無いかを調査する必要がありそうだ。
船体の修理は順調とは言えず、現状の機能を維持するだけなら今のところ問題はないが、もしイオン推進装置を修復するなら、一旦船体のほとんどを解体し再構成する必要があり、また、失ったセンサーマストに関してはそれを作るための工場設備をまず用意する必要があるため、現段階では検討もしていない。
破損した搭載降下艇の半数に関しては今回の地球化を達成するためにどうしてもこれらの機材が必要なわけではないので状況によっては修理を行うが、確実に不要と判断できた段階で地球化を行うための資源とした方がよいかもしれない。
船体制御システムの予備系統に関しては、修復するには同期を取るため一旦メインシステムも停止する必要があるので再起動が確実に出来る環境を確保できない限り実行する予定は無い。
次の段階で期待される大気温度は50度プラスマイナス10度。
本船のデータを元に環境に適応できる昆虫の改良種のシミュレーションを開始してその時を待とう……