<トラウマ>
昼下がり、人通りの多い中央広場、遠くには町を囲むように切り立った岩山がそびえ、山の向こうには気持ちの良い青空が覗いている。
広場に置かれた休憩所、丸太を半分に切っただけの簡単な机のひとつに集まって犬娘のミニス、ネコ娘のミア、フードとマントを装備した蟻人間のジャントがおしゃべりしていた。
日中フードとマントはいかにも暑苦しいがこれには仕方が無い事情がある。
残念な話だが、蟻人間は「御神体」を持たない種族として心無い人々から迫害を受けるので、フードとマントで姿を隠しているのだ。
遠目でシルエットが分からなければ意外とばれないので、人が多いところでは無用のトラブルを避けるためフードとマントを着用している。
「ふーん、そんにゃことがあったにょかー。」
全然本気で感心してないような声で相槌をうちながらスモークチーズに爪をつんと突き刺して器用に口へ運びもぐもぐするミア。
ミアは一寸特殊なグレース持ちなので寝るとき以外はほとんど爪を出しっぱなしなのだ。
「うん、それが5年前のことね。それはそれは、すっっごい冒険だったんだよっ!」
「こう、山のように襲い掛かってくる黒いのを、まだ子供だった私たち2人でおりゃー!って倒しながら洞窟を進んだんだよ。ね!」
最後の「ね!」はジャントに対する同意を求めるたものだ。
本気で取り合わないミアに一寸むきになりながら台詞に力をこめて説明する。
「(…同意)」
ジャントも少し遅れて同意のイメージを送ってくる。
一寸間があったような気がするが、多分気のせいだろう。
ちなみにジャントは蟻人間なので声を出すことが出来ないから、こうやってイメージだけで会話に参加するのだ。
「5年前かー、でも、そのわりに今でもミニスは全然ちっさいにゃ?」
といいながらミアがミニスの頭に手をのせてきた。勿論爪は当たらないように。
しかも、「ちっさいにゃ。ちっさいにゃ」と言いながら人の頭をぽんぽん叩きだす始末。
「ミアっ!おこるよっ!?」
「にゃはは、ごめんにゃー」
「(笑)」
最近一緒に行動するようになったネコ娘のミアになにか面白い話を聞かせろとせがまれて、子供の頃にジャントと二人でした冒険譚を聞かせてみたらこの反応だ。
その全然本気にしてない様子に一寸むっとする。
そこ、ジャントも一緒になって笑ってるんじゃないよ!
そういえばあの洞窟って今はどうなってるんだろう?
あの時壁一杯に広がって迫ってきた黒い奴は今でもたまに夢に見るくらいトラウマになってる。
夜中部屋から出てトイレに行くのもその性で怖くてたまらないくらいだ。
でも、そんなことはおくびにも出さずにいかに自分がその時勇敢に振舞ったかをミアに教えねば!
「じゃあ、次の冒険はその洞窟にしようにゃ!」
「へっ?」
「(驚)」
と思ったら、唐突にミアがそんなことを言ってきた。
マサカそんな会話の切りかえしが帰ってくるとは思っていなかったので一寸驚いた。
本気にしていなかったように見えてこの切りかえしって事は…つまり冒険自体をでっち上げだと疑われてる???
「まさか、怖いから行かないとか言わないよにゃ?」
「…怖くなんか、ないもん」
「(汗)」
そう言いながらミアは意地悪そうに目を細めてこちらを眺めてにやにやしている。
一寸ムッとしながらも話の流れ的にここは引くわけにいかない。
ジャントはなんだか行きたくなさそうだ。
「じゃ、きまりにゃー」
「ちょ、いつのまに行くことになってるのよ!?」
「(呆然)」
うまく乗せられてるような気もするがここはあえて乗っかっておこう。
5年前は逃げ出してしまったが、トラウマを克服するいい機会だとも思う。
成長した自分が今あの洞窟に行ったとしたら何が出来るのかも確認してみたいしね。
言葉ではミアに否定的な台詞を投げかけておくが、この流れだと絶対もうミアの中で次の目的地として決定事項になっているだろう。
それに、呆然としているジャントには悪いけど私もすっかり行って見る気になっていた。
宿に戻ったらさっそく準備しないとね!
◇ ◆ ◇
グレースはその能力の行使以外にも、排泄や負傷による体液や部位の損失で失われる。
失ったグレースの回復方法は何通りかある。
勿論一番手っ取り早いのは「粉」を摂取することだ。
一般人程度のグレースなら、普通に食べ物や飲み物を体内に摂取する事によってでもゆっくりだが回復できる。
極端な話、回復量が微量でもよいなら地面の土をそのまま食べることですら回復する。
その理由ははっきりとはしていないが(一説には世界そのものが神の祝福を受けているためだとか)結果として事実がそうなので理由はあまり関係ないだろう。
だが、グレースに関して気をつけなければならないことがある。
例えば何らかのトラブルやアクシデントで大量のグレースを使った、もしくはこれから使う場合の回復方法として粉を使用するのはよいだろう。
だが、単純にグレース使用回数の上限を上げたいがために粉を使うのはやめておいたほうが良い。
なぜならば、粉の摂取によってあがったグレースの最大値は、その後の基準値となってしまうため、以降グレースの行使により失われたグレースを日常的な食事等で回復することが困難になってしまうのだ。
人間は使える力を我慢することが非常に難しい。
あれば使えるだけ使ってしまうのだ。
その時貴方の手元に「粉」が無ければどうなるだろう。想像してみて欲しい。
地獄のような孤独感と苦しみが何日も、グレースの最大値によっては何ヶ月も間断なく襲ってくることを。
そして、それに貴方はどのくらい耐えられるだろうか。
その時、身近な他人がもしも「粉」を持っていることに気が付いてしまったら、それに手を出さずにいられるだろうか?
はっきり言おう、そのような我慢は無理だと。
そして、ひとたびそうなってしまったものは「粉」がある限り「粉」を求め、グレースが回復しては能力の行使を行い、そのうち、「粉」を手に入れるために他人に対して攻撃の手段としてグレースを行使するようになる。
そうなった人間は人間として扱われることは無いだろう。
今貴方の手元に「粉」があるならよく考えて欲しい、その「粉」は何のために使うのか。と
目的無く摂取するのだけはやめておいたほうがよいだろう。
◇ ◆ ◇
徒歩での移動が当たり前(自前の翼があるものや水中生活が基本のものは除外)なので、街から街へと移動するだけでも結構な時間が必要になる。
近いところでも数日かかるのが普通だ。
間に休憩や睡眠を挟まず歩き続けられるなら話は又別だろうが。
もちろん、ミニスもミアも睡眠が必要だったし、蟻人間に蔑視を向ける人間達がどう思うかは知らないがジャントも普通に睡眠は必要だ。
それにくわえて、私達の場合、道中何か珍しいものがあるとミアがそっちに行ってしまうので余計に時間を取られている。
結果、目的の洞窟にたどり着くまでにかなりの日数が必要になった。
ここで本来なら生まれ故郷の村に顔を出しておくべきなのだろうが、ミニスにはちょっとした事情があり顔を出すという選択肢は無かった。
それがどんな事情なのか、というと。
実は、ジャントは御神体探しを目的とした探索の旅の途中で、ミニスは村を飛び出してそれに強引に付いて来ている最中なのだ。
最初ジャントは自分だけで行こうと思っていたらしいが、以前の洞窟探検の時についてきてもらったこともあり、ミニスはあの時不安を感じていた自分と同じようにこの友人が内心不安を感じているだろうことを見越して付いていくことにした。
それに、ジャントだけでは御神体の情報を集めようにもまず他種族の者がまともに相手をしてくれないのでミニスが一緒の方が助かるはずなのだ。
残念ながら蟻人間の御神体をどこかで見かけたという話はこれまで一度も耳にしたことがないが、今回のように黒いのを倒し「粉」を集めることが出来ればこれから旅を続ける活動資金にもなるので、仮に回り道になったとしてもこういったイベントは必要なのだ。
「やっとついたー!」
「つーかーれーたーにゃぁぁぁぁー」
「(疲労)」
記憶にある野原よりは小さく感じたが多分ここだろう。
おぼろげな記憶を頼りにくぼ地を探したところ、積もった枯れ草や落ち葉で半分埋まった状態の、元はくぼ地だった場所を見つけて3人で力を合わせて洞窟の入り口を掘り出した。
ミニスは子供の頃から全然大きくならない自分の身体がコンプレックスになっていたが、こうやって洞窟を前にするとここに再び挑戦するために自分の身体はこの大きさを保っていたのでは?と不思議な納得の仕方をしてしまった。
狭い入り口をミアはネコ人間らしい身体能力で(ネコ人間は頭が通る隙間なら通り抜けられます)するっと通り抜け、ジャントは以前と変わらない体格だったので(蟻人間は生まれて1年ほどで身体的には成長が止まってしまう)難なく洞窟へともぐりこんだ。
考え事をしているうちに2人が入ってしまったのであわててミニスも洞窟に飛び込み、こうして3人の洞窟探検は始まった。




