<惑星改造>
人類の言う物理学とは物質の構造の研究、法則の発見、物質の構成要素間の相互作用の解析を基本としている。
人類文明末期に作られたナノマシンは自然界の陽子、中性子、電子、ニュートリノを模倣して作られた人類による新しい物質の構成素材である。
分かりやすい例としてあげるならパソコンでプログラムを組む際にプログラム言語を利用すると思うが、それはある程度英語交じりのアルファベットの組み合わせになっている。
しかし、これは人間に分かりやすい形にわざとそうしているだけであって、実際パソコンの中では0か1の機械語で処理されている。
勿論人間に分かりやすい形で組まれたプログラムには作った人間の個性もでるし、無駄もある。
それどころか想定外の動作を要求された場合には動作が止まってしまうなどのバグと呼ばれる現象まで発生してしまう。
これがナノマシンの場合は機械語の代わりに単純な4つのパターンの組み合わせを用いて表現されており、自然界の構成素材と同様にハードウェアでありながらソフトウェアも兼ねると言うほぼ無限の可能性を持った技術である。
こういうと、じゃあナノマシンさえあれば船体の修理どころかもっとすごい宇宙船にアップグレードも可能じゃないか? と思ったかもしれない。
しかし、残念なことにその全ての可能性を検証、試験する時間は人類には残されていなかったため、せっかく手に入れた可能性も今のところはパソコンでプログラムを組む際と同じようにわかりやすい組み合わせを利用したあまり効率の良くない型どおりの動作に限られているのだ。
ついでに言えば、船体制御用人工知能に独創的なナノマシンの制御方法を考案するという使命は無く、意思も無かったため当然のように、元から用意されている使用方法のみを利用している。
そして今、ようやく静止軌道上に到達した宇宙船の人工知能は自分に課された使命を果たすため思案していた。
地球化の初期段階として現在残されている船内設備から選択できる有効性が高いものを検討。
惑星大気圏の温度が下がるまで実際の地球化作業はほぼすることが無い上、期間に期限が無いので短期的な効率ではなくシステム全体として負担のかからない方法を選択。
ただし、かかる時間は作業開始後最短で200年。
ナノマシンプラントを使用し保管されている生物情報から以下の生物を作成し、遺伝子改造を行う
1.藻類
2.繁殖力が高く藻類を主食とする昆虫
(ナノマシンで作成した擬似生物とも言うべきものは生物的な動作をさせられるほどの機能を持たせられないので)
――遺伝子改造内容――
藻類に関しては土壌の栄養素の偏りを発光によって表現する能力を付加。
昆虫に関しては高い走光性、低酸素環境下での生存能力、水中活動が可能となる能力を付加。
これにより土壌の栄養素の偏りを陸上および水中で藻類が発光することにより知らせ、その藻類の発光が昆虫の高められた走光性を刺激し誘引、効率よく食させることにより糞の形で惑星全体に養分を分散させる。
そのままでは地球の生物を再生した際、繁殖力、環境適応能力で負けてしまうので一定の成果達成を確認後、遺伝子調整された生物を除去するために自己増殖する分解用ナノマシンを散布。
地表の遺伝子調整生物が根絶されたことを確認出来次第、ナノマシンプラントを搭載した降下艇を地表に降ろし本格的なテラフォーミングを開始する。
その間、本船は積極的な船体の修復を進める一方で、次の2点の作業を実施する。
1.現在一時的に地表温度が上がっているとはいえ、もともとは地表に液体状の水が無かった惑星自体の地表温度低下を防ぐ目的で宇宙空間に厚みのないアルミの幕による反射鏡を設置。
反射鏡自体はMEMS(Micro Electro Mechanical Systems)技術を使用し、太陽電池としての役割と、制御コンピュータ、稼動シャッターをそなえ反射率および反射方向を自在に変えられるものを作成し、地表温度が適温に保たれるように調整する。
反射鏡は1平方メートル単位で作成し、順次連結を行い、微小隕石の衝突等で使用不可能になった箇所は自動的に分離出来るようにする。
2.微小物質の回収を進めて資材とし、その中から船体修復用の資材と惑星に藻類を繁殖させるために必要となる必須栄養素を作成する。
ここまでのプランを実行予約し、現在の惑星の温度のモニタリングを開始。
船体の修復作業と平行して反射鏡の作成を開始。
惑星大気圏の温度が下がるまで再び長い時間を待つ必要があるようだ。
その間にプランに問題が無いかシミュレーションを繰り返すことにする……